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 今回は趣向を変えて、10年を縦断する“年賀状特集”をさせて頂きます。ご案内は桂光亮月です(パンダキングと同一人物ですが、気分的に交代したかったのです)。

 1995年・1996年のものを探しましたが、前者は既製の柄付き年賀状に干支の絵を描いたもので、後者は1枚だけイラストを描いて友人に送ったので手元に残っていません。展示できないことをご了承ください……。


 最初は1997年用のものです(旧亮月2)。この作品は『スレイヤーズ』好きの友人のために描いて送ったものですが、自分用に複製したものが遺されていました。
 なんということもない普通の“旧亮月”らしい絵ですが、当時はかなり気合いを入れて描いていました。当時の日記には、この年賀状について「2枚組でしかも4人のイラストという豪華さ、勿論オールカラーである。」と書かれていました。おそろしく思い上がっていますが、最後には「今年一番お世話になったから」と。やっぱり気持ちで描いた絵なのでした。
 それでも手がうまく描けず、何度も何度も描き直しました。着物の柄を考えたり、ようやく覚えたグラデーションを使ったりと友人に失礼のない絵を描いたつもりでしたが、家族に「着物が変」と言われたりもしました……。
 2枚組みだったこともあり、送った相手は「度胆を抜かれた」ととても喜んでくれました。絵の左にある黒いシミのようなものは文章が描かれている部分で、読めない状態で複製されて遺っていました。

 次は1998年用ですが(旧亮月21)、なんといっても写植書体の初使用が目を引きます(私だけか)。とはいっても、本から欲しい文字だけをスキャニングして使ったものなのですが。「よ」だけはどうしても見つからなかったので、ひとまわり太いウェイト(書体の太さ)を使ってしまいました……。あと、今では絶対使わない「平成明朝体」を使っているのも驚きです(私にとっては)。この時も着物を描いて、また「おかしい」と言われてしまったので、それから長い間、着物を着た絵は封印されることになったのです。懲りずにどんどん描けばよかったのに〜。

 3枚目は受験生だった1999年用です(RY4、RY5)。勉強漬けの毎日でしたが、年賀状だけは何としてでも自分で描いて投函したかったので、じっくり時間をかけてちまちま描いていました。絵そのものにはあまり凝ることができませんでしたが、色鉛筆の使い方を妹に伝授してもらい(情けない)、今までのものよりは味のある絵になったような気がします。
 受験生と言えば前向き指向、ということで、錬金術師を目指すゲームである(?)『マリーのアトリエ』『エリーのアトリエ』(当時、どっぷりはまっていました。今でも好き)の主人公達の笑顔を描いて、「笑顔で、いこう。」と題しました。そのお陰か、この年の春は見事“桜が咲き”ました。

 4枚目は見ての通り、2000年代最初の年賀状です(pa23)。キャラクターは“超”がつく程マイナーなゲーム『Toys Dream』の“ミオ”です(知ってる人、いませんか〜?)。このミオが2000年の絵の部分を描こうとしているというイラストです。十年展で展示しているより古い絵もちょっと見えますね。
 この年賀状は、買って間もなかった「コピック」を使って描いています。18色しか持っていませんでしたが、少ない色数でそれらしく見せる工夫も楽しさの一つでした。「人が年賀状であまりやらないことをやろう!」というのがこの年辺りからのテーマになっていて、インクジェット用の光沢紙に300dpi(持っていたスキャナの限界)で印刷し、1枚1枚官製の年賀状に貼って数十枚投函しました。
 その甲斐あってかはわかりませんが、色々な人から感想が貰えてうれしかった覚えがあります。年賀状がただの新年の挨拶だけでなく、自分の思いを表現する場にもなったのです。思いが伝わる人も、そうでない人もいるわけですが、「亮月の年賀状だ」と思ってもらえていればそれだけでうれしいのです。


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旧亮月2/1997
スレイヤーズ
1996.12.7〜27
ミリペン・色鉛筆・上質紙

旧亮月21/1998
良い年で、ありますように。
スレイヤーズ
1997.12.6〜19
さじペン・色鉛筆・上質紙
ゴナDB・平成明朝体W5

RY4、RY5/1999
笑顔で、いこう。
マリー/エリーのアトリエ
1998.11.28〜12.25
色鉛筆・画用紙
石井太ゴシック体・麗雅宋

pa23/2000
2000年代の夜明けには
Toys Dream
1999.12.16
ハイテック-C・コピック・
漫画原稿用紙
石井特太明朝体・
石井中ゴシック体

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