ベタ組みではダメなの?
『DTPWORLD』2008年12月号

2009年1月


●あらまし

 DTP雑誌『DTPWORLD』2008年12月号で、2大ページレイアウトソフト「InDesign」と「QuarkXPress」を比較する特集が組まれていました。
 その中に、「文字組み基本の『き』」と題し、文字組の基礎知識をまとめた記事(P.50〜55)がありました。(→記事画像
 トラッキング、カーニング、混植といったものが取り上げられていましたが、じっくり読んでみると違和感がありました。

どうしてベタ組みではダメなのか」。

 こう小見出しで始まった記事は、日本語は漢字や仮名、英数字が混在した複雑な文字構成であり、「無設定で文字組みを行ってしまうと、全体を見渡したとき、文章の密度が異なってしまい、可読性が損なわれることが多い」(以下、かぎ括弧は記事からの引用。太字は筆者による)とあります。
 “可読性が損なわれる”ことの理由として漢字と仮名の墨の密度の差を挙げていて、「この差ができるだけ出ないようにすることが、文字組み処理のひとつの考え方につながってくる」としています。

 この記事に組み見本として掲載されているのは芥川龍之介『蜘蛛の糸』をヒラギノ明朝体W3で組んだもの。横組み見本は40字詰め、縦組み見本は26字詰めです。
「べた組み」と「文字組設定後」との比較になっていて、前者は字送りベタ(※)で禁則処理なしとしたもの、後者は字送りプロポーショナルで禁則処理ありとしたものです。

※ 記事の組見本を見ると、段落の最終行とそれ以外の行で字送りが違うので、ベタ組みができているとは言えません。旧来のDTPのように適当なサイズのテキストボックスを作成し、両端揃えをしているか。また、記事の枠外に「こんなややこしい設定をしてベタ組みをしました」というような注釈がありますが、両ソフト共素人でも簡単な操作でベタ組みができます。

●気になった点

 組見本の文章は文学作品で、ある程度行長が長い組み方なので、私は単行本の本文を組む場合を想定しているのでは、と判断しました。
 それなのに「ベタ組みではダメ」とする解説を初めて見たので戸惑ってしまいました。そういった組み方をする単行本は見たことがないからです。また、本文組版の場合にベタ組みをすることで可読性が向上する理由が根拠を持って説明できるからです。

 記事の例のようにツメ組みをすると行のラインが出ますし、濃度差が少なくなって全体として美しく見えることは理解できました。
 しかしながら、それは画像として「見る」ための文字の場合で、見出し用途やビジュアル重視のデザインをするための組み方だと思います。
 全体の見た目が美しいことと読みやすい(可読性が高い)ことは同じことではないと私は考えています。

 また、「本来手書きのときは、原稿用紙のマス目に入れるようには書かず、自然と文字間や行の調整を行って読みやすくしている。」とありますが、確かにそうだとしても印刷用の書体は正方形の仮想ボディ(枠)の中に収まるように設計されるなどの制約がある字形のため、肉筆と印刷用の書体とでは骨格が違っています。(それに、原稿用紙やマス目は手書きにとって特殊な状況なので引き合いに出すのはどうかと思います。)
 ですから、一律に手書きと印刷用書体に同じ考え方を適用することは難しいと思うのです。

 記事の執筆を担当されたのは、主にグラフィックデザイナーとして活躍される海津ヨシノリ氏。大日本スクリーン製造のサイト「タイポグラフィの世界」にも海津氏の文字組み処理についての文章が掲載され、パッケージものを主に手掛けられデジタル化後にページ物を始められたという観点から語られています。(蛇足ですが、原稿用紙が「文字は四角形に収まる。あるいは納めるものという固定概念を生んだ」としたら、マス目がない通常の手書きの場合でもマス目に置かれたように書く筈ですが、現実には大多数の人はそうしておらず、この論は矛盾していると思います。)
 ですが、上段のような理由から、書籍よりもグラフィックデザインの印象が強い海津氏をなぜ起用したのかがよく分かりませんでした。

 そこで、DTPWORLD編集部にメールを送りました。
 記事に疑問を持ったいきさつと以下の質問3点です。

1 様々な組版のプロがいる中で海津ヨシノリ氏の組版への考えを採用された意図
2 記事が指し示す組版の対象(見出し、本文など)や用途(文芸出版物、雑誌、新聞広告、ポスターなど)
3 貴誌がお考えの現状における最適な組版
 (どんな文字要素でも一律プロポーショナルがいいのか、書籍の本文はやはりベタ組みがいいのか)

●DTPWORLD誌からの回答

 質問のメールを出してから1日で回答を頂けました。

 (※以下メールから抜粋。私の本名と改行以外は原文ママ)

ご質問いただいました件につきましてですが、まずは、誤解を与えましたことに対して深くお詫びさせていただきます。
下記に、今回の件の真意をご説明させていただきますが、長文になりましたこと、重ねてお詫び申し上げさせていただきます。

小誌2008年12月号特集内のP50-55に記述の真意、つまり本当にお伝えしたかったことは、べた組みを否定するもではなく、文字組みの基本として、カーニング機能やトラッキング機能、合成フォント機能などを活用することで得られる読みやすい組版というものを、各機能の特徴に落として紹介し、機能を使いこなしていただきたいというものです。
ここで、「どうしてべた組みではダメなのか」という小見出しがはじめに躍ってしまいましたので、誤解を与え、ご迷惑をおかけしてしまったと反省しております。

もちろん、ご指摘いただきましたように、全てのフォント、用途に関してべた組みが最良ではありません。
べた組みに最適化されたデジタルフォントの存在も承知しておりますが、ここでは、調整することでの変化とその効果を具体的に体験していただきたいというのが趣旨でございました。

その観点で、アプリケーションに精通され、文字組みにも造詣の深い方にご意見をいただきましたのが、今回の記事でございます。
**様からご質問いただきました件につきましては、下記にてご回答させていただきます。

1 様々な組版のプロがいる中で海津ヨシノリ氏の組版への考えを採用された意図
海津さまは、DTP黎明期から活躍されているクリエイターであり、文字組み全般にも造詣の深い方であります。
アプリケーションの基本的な操作法を主眼に置いておりますので、海津さまにご意見をいただきましたが、このページ内で、海津さまも私どもも文字組みに1つの答えはない、とのスタンスで進めて参りました。
**さまのおっしゃられます、他の様々な組版のプロの方との比較につきまして、コメントはございません。

2 記事が指し示す組版の対象(見出し、本文など)や用途(文芸出版物、雑誌、新聞広告、ポスターなど)
ここでの組版の対象は、本文でございます。用途はとくに限定しておりません。
前段で申し上げましたとおり、アプリケーションの基本的な操作法を主眼に置いておりますので、用途は限定しておりませんでした。

3 貴誌がお考えの現状における最適な組版
 (どんな文字要素でも一律プロポーショナルがいいのか、書籍の本文はやはりベタ組みがいいのか)
私どもが考えます、最適な組版につきましては、現状試行錯誤を重ねており、各方面の方々にご教授いただきながら、理想とするものを模索しているところ、といったところが、当方からのご返事になるかと思います。
現状、私供が誌面で展開しております組版が、試行錯誤の結果でありますが、この現状の組版も、適宜検討を重ね、バージョンアップを図っている最中でございます。
文字組みという、ひとつの答えを見つけにくい問題に対して、私どもはいろいろな方のご意見をご紹介することで、読者の皆様それぞれに答えを見つけていただきたいと考えておりますが、アプリケーションの操作方法を理解しなければ、思い描くものを手に入れることもできないと考え、このようなかたちでご紹介いたしました。

しかしながら、文字組み版のとらえ方につきまして、誤解を招く表現が確かにあったことは、深く反省しなければならないと考えておりますし、詳細なお断りが必要な部分も省略してあったと思います。
**さまのように、小誌をたいへん熱心にご愛読いただいている方に
ご指摘をいただけたことは、たいへん幸せなことだと考えておりますが、より一層引き締め、本誌の編集にあたらなければと、改めて痛感いたしております。

 記事の趣旨は、アプリケーションで行うことができる様々な文字組みに関する機能とその効果の紹介が主であるということで理解しました。
 そのためにアプリケーション及び文字組み全般の精通者である海津氏の意見を採用したということだったようです。
 アプリケーション操作を主とした記事であるため想定する組版は用途を限定せず、対象は本文であるとのことでした。
 期待していた「D誌が考える組版」そのものについての回答は歯切れが悪く、こういう根拠で記事を書いた、という点が判らずすっきりしませんでした。

 記事の趣旨は理解できたのである程度納得できましたが、やはりあらゆる用途に対して(ヴィジュアル重視の雑誌から文芸書まで)本文組版に字送りプロポーショナルとするのはいかがなものかと思います。
 D誌としては現状の誌面で展開される組版が試行錯誤の結果だとしていますが、本文は全て字送りプロポーショナル、使用書体は中ゴシックBBBと見出ゴMB31で、10年前のQuarkXPressとツメ組みソフトを使って組まれたような印象です。処理は楽そうですが、見出しのような太さの文字が見出しのようにみっちり続く本文は読んでいて息苦しいです。
 これが、DTP界を牽引してきたD誌が10年以上試行錯誤してきた結果、最適と判断した本文組版なのか……。

「文字組みに1つの答えはない」「読者の皆様それぞれに答えを見つけていただきたい」とはいえ、D誌として、本文はどう組むのが最適かを“答えのうちのひとつ”としてこの回答の中で提示できなかったのは、何か理由があったのかもしれません。

●筆者の考え

 いずれにしても、D誌からの回答は、本文をベタ組みにするのはよくないとする意見に納得できる材料にはなりませんでした。
 しかし、本文に於いてどういった組み方をするのが最適かを深く考えるよい機会になりました。
 その結果私が辿り着いたのは、やはりベタ組みでした。

 現状の書体環境において、長文の場合の本文はベタ組みが最も可読性が高いのではないかと私が考えるのは、次の根拠によるものです。

 日本語は漢字の拾い読みである程度理解できるので、少なくとも漢字と仮名を区別できる程度の濃度差があった方が(見た目は綺麗ではないが)コントラストが高まり、区別しやすくなり、読みやすくなる。
 したがって、長文のように個々の文字を瞬時に判別して内容を次々に理解する必要があるときは、その手掛かりとして文字列に濃度のムラがあった方がよいと考える。
 (コントラストの閾値〔正反応率50%〕と実際の正反応率〔間違いなく読めるのが殆どだから少なくとも50%以上〕との間の余裕が増し、知覚に対する脳の負荷が少なくなるのではないか。)

 私の知る限り、多くの書体メーカーでは漢字と仮名で字面率を変え、黒みの大きさが一定にならないようにしている。その上、書体によっては「小かな」を用意している。
 佐藤敬之輔氏らが行った「速読テスト」という実験によると、字面が小さく仮名の固有の形が判る書体が読みやすい、行のラインを揃えると速読性が落ちる、と結論づけられている。※1

 また、特に縦組みの場合、無意識に隣の行も見ているので、ツメ組みで字送りのピッチが定まらないと次の文字の位置を認識するのに時間がかかり、可読性に影響があると思われる。
 (ベタ組みの場合、特定の空間周波数〔字送り〕に対応する選択的順応が起きているのではないか。)

 現行の和文書体の殆どは正方形の仮想ボディを持ち、その中に収まるように制約された中でのデザインがされているし、特に本文向け書体はベタ組みを前提として設計されている。例えば字游工房の「游明朝体R」の見本帳には「ベタ送りが基本」と明記されている。

※1 大熊肇氏「tonan’s blog」2008年3月13日付

 活版や写植に由来するようなベタ組みを前提とした書体がDTPでも多く使われていますので、こういった設計の書体を使う以上はベタ組みが適していると言わざるを得ないのではないでしょうか。(見出しは記事の通り、私もツメるべきだと思いますし、じっくり読ませる必要がないヴィジュアル重視の雑誌や図録のようなものの本文は、場合によってはツメても差し支えないかもしれません。)

 また、冒頭のあらましで挙げた「全体を見渡したとき」に「漢字と仮名の墨の密度の差ができるだけ出ないようにすること」が可読性に繋がるとするD誌の見解について反論するのは、全体の見た目の美しさを向上させることと人間が認識しやすくすることとは違う概念であると思うからです。
 ですから、デザイナーの審美眼のみで可読性を語ることは難しいのではないかと思います。それはあくまでひとつの見方でしかないので他の観点も取り上げなければならないということです。

可読性追究のために

 私が思うに、可読性を追究するひとつの方法として、従来の経験則や感覚に頼るものではなく(それも必要ではありますが)、脳の負荷が大きいかどうか、あるいは「速読テスト」のように、実験に基づいた認知心理学的観点から客観的かつ論理的に語られる必要があるのではないかと考えています。

 可読性が認知心理学と関係があるのではないかと筆者が思い始めたのは2009年に入ってからですが、2006年には既にそのことに気付かれている方がいらっしゃるようでした。※2
 2009年2月現在、文字関係のニュースなどで、大学などが可読性について一定の研究成果を得たという話は聞いたことがありませんので、まだその過程にあるのかもしれません。
 文字組みにひとつの答えはない。しかし人間の知覚には特性があるので、それに相応しい組み方はある筈です。現代版「速読テスト」とその成果が望まれるところです。

 ごく個人的には、活版・写植・DTPの専門家及び文字好きが協力し合い、あらゆる環境・読者層・媒体(紙・画面その他)・書体・字面率・級数・字送り(ベタ・均等ヅメ・プロポーショナルヅメ)・行送り・字詰め……などでこういったテストができたら面白いと思います。

※2 小形克宏氏「もじのなまえ」2006年6月7日付


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