写植機カタログ閲覧会

2007年12月30日(日)
於:名古屋市中区鶴舞「NIRO CAFE」 


●驚きの発掘

 2007年11月、印刷関係にお勤めだった方からネットオークション経由で写植機のカタログを多数譲っていただき、これだけの資料が揃う事はまずないと思ったので、カタログの閲覧会を催すことにしました。

写植カタログ全景
上段左〜中段右:モリサワ手動写植機(古い順)
下段:写研SPICA-AP、写研PAVO-JV、モトヤタイプレス
写真は譲っていただいたうちの一部です

・モトヤ「タイプレス」(年代不明)
・写研「PAVO-JV」(1979版)「SPICA-AP」(1980版)
・モリサワ「MC-6」「MM」「MM-31」(以上1973.3.30版・以下重複機種除く)
 「MM-II」「MD-C」「MD-M-II」(以上1978.6.10版)
 「MC-P-II」「MD-PDX」(1978.9.5版、1979.1.12版)
 「MC-101」(1978.9.20版)
 「MC-P-III」(1979.10版、1980.2版)
 「MD-P-II」(1980.1版、1980.11版)
 「MC-102」(1980年代前半)
 「MC-P-IIIJ」「MC 60」「MC 60S」「MT-70」「ROBO V」「ROBO A」(1985.11版)
 「ROBO 15XYII」(1980年代中期)

 早速、同じ名古屋圏在住である「文字の旅人」のNORIさんに連絡し、せっかくなので見る機会を作りましょうということでそれぞれ参加募集をかけましたが、「手動写植機」のしかも「カタログ」なので二人でこっそり見ることになるだろうと思っていました。しかし……募集をかけた直後に一人、開催直前に二人の申し込みがあり、思いがけぬ嬉しい誤算がありました。

 当日の参加者は、NORIさん(文字の旅人)、FeZnさん(FeZn.comほか)、狩野宏樹さん(イワタ)、Mさん(元写植オペレータ)、筆者の5人。狩野さんは東京から駆け付けてくださいました!

●1970年代の写植機のすがた

 今回の催しは、本当に「写植機のカタログを見る」だけの会でした(笑)。しかしその中でのぼった話題は非常に濃いものでした。
 Mさんは「PAVO-10」(写研)や「MC-6」(モリサワ)からの写植機を経験されていて、電子制御になる前の写植機もご存知の方。当時(1970年代〜)のお話をたくさん伺うことができました。

 文字盤が一つしか乗らない小型機は標準で62Qまでしか印字できず、それ以上大きな級数を印字するときはレンズを写植機の上から差し込む方式を採っていたそうですが、精度が悪くて苦労されたそうです。

 当時の写植機は歯車がむき出しになっていて、実際に1H送ると歯車も1歯進むのようになっていたので、クレヨン等で印をつけて送りの量が分かるようにしていたそうです。


手動写植機MD型の歯車(以降、写真は全てモリサワ・写研のカタログから引用)

 現在の写植機のように印字をモニターで確認できるような装置はなく、「点示板」に打たれたインクで印字位置を把握していました。
 写研のPAVO型はガラスの板を裏から点示する方式でしたが、モリサワの初期のものは鉄板状のものがついていて、インク面が鎖でぶら下がるような状態で表から点示していたそうです。のちにドラム式へ変わっていきました。
 仕事が終わると点示板のインクを拭いて消すのですが、使っているうちにインクが取れなくなって大変だったようです。


インク点示板(写真上部の格子が引かれた円筒状のもの)


写研「PAVO-JV」(1979年)のインク点示板とツメ確認用のビジュアル・ディスプレイ
この機種で初めて写植機にディスプレイが搭載されました
「VD↓」は写研のカタログにあったものです

 写植業は大変だったけど楽しかった。大分儲けさせてもらいましたし、とMさん。一番驚いたというお話を聴かせて頂きました。「スーボ」がまだ珍しかった頃、バラ打ちを5本ぐらい頼みに行ったらそれだけで5000円もかかったという……長屋だった会社があっという間にビルに変わったそうです。現在の貨幣価値で2〜3万円、今だったらとても出せません。

●“機械のモリサワ”

 モリサワの写植機カタログは写研のものよりも解説が詳しく、「機械のモリサワ」といわれただけあると思います。完全機械式だったものが少しずつ電子化されていき、シャッターや送りだけが電動ボタン操作になった機種があるといった過渡期的な写植機が掲載されているなど写植史を探る上でも非常に興味深いです。


MM型に搭載されていた電動操作ボタン
機械式の印字レバーとこのボタンが両方ついた過渡期的な機種です

 写植機の進化の裏には涙ぐましいまでの工夫がありました。例えば「スポット罫線」。今まで罫線用の記号を一文字分ずつ繋いで(━━━)印字していたものが、光の点を走らせて描くようになったものです。
 写研の機械ではマガジン(印画紙の入っている箱)が固定されているのでプリズムによって光を飛ばしていました。それに対し、モリサワの機械ではマガジンが可動式になっていて、スポット光が当たってからマガジンが移動し始めるのでは光の当たり始めが滲んでしまう(光量オーバー)ので、マガジンが少しバックしてから助走して、ガーッ! と一気に罫線を引くといういかにもモリサワらしい仕組みだったそうです。(写研の機械でも助走はさせているそうですが、可動部が軽いので音が静か。)
 モリサワの助走するスポット罫線、一度見てみたいです。なお、モリサワの写植機の進化型「ROBO」ではマガジンが助走することはなくなったそうです。

 モリサワの写植機の光源ランプは映写機用のものと兼ねていて、使っているうちに切れたり均等に明るくならなくなったりしてすぐ買い替えなければならなかったのが、買い替えたPAVO-10は専用のランプでそういう悩みは解消されたそうです。

 Mさんはモリサワの「MD-P-II」という小型の写植機を使っていらっしゃったそうで、カタログをじっくり見て頂きました。値段は約200万円。モリサワの営業の方は「写研の写植機いいですよね。でもまずうちので稼いで写研の買ったら?」と言われたそうです(笑)。


MD-P-II全景(1980年)
「ボディは堅牢性を象徴する“ゴールドブラウン”
そして、操作パネル部は、目の疲れない“アップルグリーン”。
機能美あふれるツートンカラーのデザインです。」(カタログから)

 点示器には青と赤の2つのインクが装着されていて、それぞれ文字と罫線の位置を示すようになっていました(写研の手動機では文字の位置を示すのみでした)。ところがこの点示器、赤がよく詰まり、半年ぐらいで使えなくなってしまったそうです。それですぐに赤インクだけサインペンに変わりましたが、それでも結局使っているうちに乾いてしまい駄目だったそうです。文字に加えて罫線の位置が分かるというアイディアとしては素晴らしいものですが、ちょっと残念な話です。


2色になったインク点示器(MD-P-II)

●“書体の写研”


スピカAPのカタログ表紙(1975年)
卓上写植機であるスピカシリーズの進化型で
電子制御化がかなり進み、PAVOと同等の性能を実現していました

 写研の「スピカ」は露光がストロボ式で耐久性があまりないことと、スピカ用の文字盤は薄くて透過性が劣ること、62Qまでしか印字できないこともあって、「どうせ買うならPAVO」だったそうです。PAVOの先代「SK-3RY」は“やぐい”(立て付けが悪い・丈夫でない の方言)ので、丈夫なイメージのあるモリサワを選ばれたそうです。
 ところが写研が「ナール」などの新書体を出し、PAVOが出てあっという間に立場が逆転してしまった、と。「石井賞」のようにいち早く書体の大切さに気付いた写研は立派だったと言えるでしょう。

 目玉書体がないモリサワの写植機を使っては「いつかは写研」と思っていたそうです。写研の写植機はモリサワのものよりも高くて営業の人はモリサワの方が親切だったとはいえ、モリサワの書体の数の少なさは辛いものがあったそうです。組むと文字の並びがゆらゆらして見えるなど、当時から写研書体とは歴然とした差があったようです。

 モリサワが「ゴナ」に対抗して作った書体には、「新ゴ」以前に「ツデイ」や「ミヤケアローG」がありますが、仮名の方が漢字より大きかった(ツデイ)など完成度がいまいちで、お茶を濁したような野暮ったい印象がありました。モリサワの写植でよかった書体は「特太楷書」と「見出ゴシック体MB101」と語ってくださいました。

 モリサワの写植機で仕事をしていても「写研の書体がいい」というお客さんはいるわけで、ナールがないから「じゅん101」で組むなどしていたそうですが、当時のじゅんは精度の関係もあってぽてっとして野暮ったい感じだったものが、DTPの書体になるとシャープになって可愛らしい印象に変わったそうです。
 モリサワでは「Hi-Fi文字盤」を開発して印字にむらが出ない工夫を文字盤側からしていましたが、デジタルフォントでは光学的な問題はほぼなくなり、非常にシャープな字面になりました。それが逆に、今までの金属活字や写植が持っていた柔らかさが失われてしまったと感じる人が少なくないことにも繋がっているのですが……。


モリサワの写植機用の文字盤(メインプレート)
写研のように完全な1枚ではなく、枠によって6枚が一つに固定されています


モリサワの「Hi-Fi文字盤」に搭載されている文字
白い(透明な)部分を通る光の量を調節するために
網点が敷かれているのが判ります。
更によく見ると、画線の交わる部分が微妙に凹ませてあります

●写植機の最後とこれから

 1980年代中期に開発された「ROBO」がすごくよく出来ていて、手動機と電算写植機の中間のような存在でした。タブやファンクションの内容をフロッピーに記憶できたり、仮印字(シミュレーション)したものに対して画面上で文字の位置を動かせて本印字にも反映させられるというDTPの編集に近い機能(「カーサー機能」)が搭載されていたりと写研の最終機種「PAVO-KY」よりも更に進化していました。
 価格はPAVOより若干安い600万円ぐらい。もっとも、その頃になると手動機は誰も買わず、電算写植機を買うような時代だったそうですが……。


モリサワ「ROBO 15XY II」全景(1980年代後半)
写研の「PAVO-KY」が更に進化したような高機能で“機械のモリサワ”を感じさせます
上部の見出しは「リュウミンB」、コピーは「ツデイM」あたりだと思われるので
印刷物としてはそんなに古臭さを感じさせません

「ROBO の最後の機種って知ってますか?」Mさんがモリサワ最後の写植機について話してくださった。
 大きな箱の中に文字盤が何書体か入っていて、入力はキーボードでやっておき、スタートさせると文字盤が箱の中でがちゃがちゃ動いて出来上がり、という、文字盤と機構だけ手動機で人がいらない、まさに「ロボット」だったそうです。
 書体は文字盤だから電算写植じゃない。だけど組版は自動制御でやってしまうから手動写植でもない。「SAPTON」のように円形の文字盤が高速回転して印字する「自動写植機」は知っていたものの、手動機を自動化したようなものをモリサワが売っていたことは知らなかったのでとても驚きました。

「写植をもう一遍やれと言われたらもう出来ないかも知れないですね。眼は疲れるし切り貼りばかりだったから。でも今から見ればまんざら捨てたものではなかった。今は単価が安いからね。懐かしかったです、ありがとう。」とMさん。たくさんの楽しいお話、本当にありがとうございました!

 私達にとって写植機は殆ど触れたことがない未知のものですが、経験された方は懐かしく思い出して頂けるようで、こういったお話をメールや掲示板でもよく頂きます。おそらく亮月製作所を来訪してくださる方は同世代(20代〜30代)よりももっと上のかたの方が多いのではないでしょうか。
 今回の企画では「写植機のカタログを見る」ものではありましたが、経験された方のお話を通じて立体的に写植機を知ることができました。写真植字は衰退してからそれほど時間が経っておらず、こうして生の声を聴くことがまだ充分にできます。
 筆者は写植が好きだからこういう事をやっているのですが、大きな目で見れば「記憶を引き継ぐ」ことに繋がるのではないかと思っております。「写植」の「カタログ」を「閲覧する」というきわめてマニアックで怪しげな会だったにも関わらず、ご参加くださってありがとうございました。

●その後……

 閲覧会を4時間やってもお互いに語りきれなかったので近くの居酒屋で2次会、狩野さんを見送ってからはNORIさんとFeZnさんとで3次会を行いました。

 狩野さんが「ただならぬものを感じ取って」はるばる東京から来てくださっただけあって、字形や文字コード、お勤めのイワタから出ている「イワタUDフォント」やその丸ゴシック版、丸明オールドと府川充男さん、石井書体と府川充男さん、文庫本の書体、一律一歯ヅメは何故好ましくないかとこぶりなゴシックの生い立ち、就職秘話(?)や書体開発などなどについて話してくださいました。
「筆で書く線は急に曲がれないけど、最近の書体は急に曲がっている(筆で描けない曲線の)ものが多い。折り返しが不自然なものもある。書体の良し悪しをレタリング的な感覚で判断するのではなくて、筆で書いた文字を基にしないと気持ち悪いものしか出来ない。」というお話に強く共感。(全て掲載したいのですが、話題がとても豊富だったため本稿では写植の話題に絞りました。すみません。)

 FeZnさんは知り合いの会社で頂いてきたという「PAVO-BL」というビジネス帳票・タブロイド紙用の珍しい手動写植機のカタログや写真など、充実した資料を持ってきてくださいました。まだ写植機があるところが名古屋圏内にいくつかあるのだとか……! ぜひ見に行きたいです。
(あと、個人的には、かつて「サッポロファクトリー」にあったという「天体工場」のお話と資料が、「クラフト・エヴィング商會」に通ずるものがあってとてもよかったです)

 かくして、恐ろしく強力なメンバー(筆者除く?)の下、亮月製作所初の試みだった純粋な写植限定企画「写植機カタログ閲覧会」は盛況のうちに終わりました。ありがとうございました。今後も他とはひと味もふた味も違う企画をしていきたいと思っております。……とお礼のメールを出したら「十二分に『三味』ぐらい違いすぎです。」とツッコミが……! お楽しみ頂けたようで光栄です。


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