書体のはなし 平成明朝体

●財団法人日本規格協会文字フォント開発普及センター/リョービ/小宮山博史 1989年

●ワープロ時代の申し子

 1980年代は、パーソナルコンピュータやワードプロセッサが新たな情報処理機器として、また個人の文書作成用として急速に普及を始めた時期でした。
 当時、それらの情報機器に使用するデジタルフォントは種類が乏しく、「JIS C 6234 ドットプリンタ用24ドット字形」(1983年、現JIS X 9052)や「JIS C 6232 表示装置用16ドット字形」(1984年、現JIS X 9051)、あるいは各社が独自に開発したビットマップフォントが主流でした。

写研製JISドット字形
表示装置用16ドット字形・ドットプリンタ用24ドット字形
いずれも写研がデザインを担当した。「JIS C 6234 ドットプリンタ用24ドット字形」は石井明朝体NKLのデザインを踏襲していることが分かる。
(印字には「JFドットjiskan16s」「JFドットjiskan24」を使用)

 このような状況の中、これまで写植機メーカーや活字メーカーが独占的に制作・使用してきた書体を独自に開発し、高品位なデジタルフォントを普及させることを目的に、旧通産省の主導の下で、「財団法人日本規格協会文字フォント開発・普及センター」が1988年に設立されました。情報機器・写植・印刷会社等の開発会員(出資)を募り、書体の開発を行ってその書体の使用権を開発会員に還元するものでした。

 この文字フォント開発・普及センターにより、明朝体とゴシック体(のちに丸ゴシック体も)の開発が進められました。
 デザインの決定にはコンペティション(競技)形式が採られ、まず明朝体の選定が行われました。
 新規にデザインされ、横組みに適し、電子機器への使用やアウトラインフォント化を視野に入れたものという条件の下で募集し選考した結果、写植会社「リョービイマジクス」が制作した「新明朝体」が第1位を獲得しました。
 平成元年にデジタルフォントの開発事業を開始したため、「平成明朝体」と名付けられました。

「新明朝体」を基にリョービイマジクスで原字の制作とデジタル化が進められ、1990年に平成明朝体W3のデジタルフォントが完成しました。1991年〜1992年にかけて開発会員に配布されたといいます。ファミリー化(W5、W7、W9)もこの頃から行われました。

→参考:公益社団法人日本印刷技術協会「澤田善彦 著作集 フォント千夜一夜物語」

平成明朝体ファミリー
平成明朝体ファミリー(印字には「DFP平成明朝体」を使用)

 その後、平成明朝体はアウトラインフォントとして順次ワードプロセッサ専用機等に搭載され、ビットマップフォントから徐々に置き換えられていきました。
 1992年に Macintosh の日本語OS「漢字Talk 7.1」へ TrueType として搭載、パッケージ売りのデジタルフォントとしては、ダイナラブ・ジャパン(現ダイナコムウェア)や日本情報科学(現ニィス)などデジタルフォントメーカーから発売されました。
 また、レーザープリンタやデジタル複合機にも搭載されました。
 このように、平成明朝体はあらゆる情報処理機器に採用され、当初の目的を達成することができました。

●課せられた使命のために

 平成明朝体の特徴は、課せられた使命による独特なデザインにあります。

既存の明朝体と平成明朝体
従来の写植用明朝体と平成明朝体
従来の明朝体は滑らかな曲線で構成され、文字本来の形が尊重されているが、平成明朝体は直線的な漢字と細部の表情を排した懐の広い幾何学的な線質の仮名で構成されている。また、リョービイマジクスが平成明朝体の制作を担当したこともあり、硬質な本明朝の特徴を引き継いでいる。

 先述のように、情報処理機器での使用を念頭に置いた書体として開発されたため、従来の明朝体に囚われない独自のデザインがなされています。
 これは当時の情報処理機器の性能の低さによるものでした。
 横組みの印字や表示が多く、ベタ組みであることが殆どだったため、そのような条件でも字間が目立たないように広い懐を持たせてあります。
 当時のプリンターの出力解像度では微妙な曲線を再現できなかったため、漢字等の縦・横画は直線で構成されています。これはフォントのデータ量を少なくすることにも貢献しています。
 また、同じ理由で、はらいなどの先端は尖った部分が切り取られ、ある程度の太さを持たせることで低解像度出力でも確実に黒みを出せるように考慮されています。
 この書体の制作に携わった小宮山博史氏によると、「平成明朝というのは元々低解像度用、三百dpi位を目標として横組みに適するようにということをコンセプトにしていますので、錯視の調整は全くしていません。」(小宮山博史・府川充男・小池和夫『真性活字中毒者読本』p.239)とのことです。

平成明朝体W9とリュウミンの拡大
一般的な商業印刷用の明朝体(リュウミン)と平成明朝体との比較
平成明朝体は「情報処理機器で使用する」ことを目的として制作されたため、商業印刷用の一般的な明朝体のような微妙な表情をできるだけ排し、低解像度での出力を前提とした割り切った設計がされている。

 平成明朝体をそれまでの明朝体と同じくタイプフェイス・デザインという視点から観察した場合、現代的ではありますが硬く荒削りで情緒がなく不格好な印象を受けます。それはこの書体が背負った使命を達成するために必要な処理を行った結果だったのです。

●平成書体は役目を終えたか?

 このように平成明朝体は、現在から見れば過渡的な時代に生まれたデジタルフォントであると言えます。
 この書体はその使命を果たすべく普及が図られ、現在でも企業や家庭で広く使用されています。
 一方で、プリンターの解像度は飛躍的に向上し、平成明朝体の制作時に想定した300dpiに比べ何倍にも精細化しました。パーソナルコンピュータやスマートフォン、タブレットといった情報処理端末の画面の解像度も300ppiを超えるものが出現しました。また、1990年代以降の写植・活字メーカーのデジタルフォント事業進出や、デジタルフォント専業メーカーの出現とともに書体の種類は増え続け、各社から個性豊かな明朝体が発売されています。
 そういった状況の中、古い設計のままの平成明朝体を積極的に選択する意義は特になく、「平成明朝体は役目を終えた」と言うことができます。

 しかしながら、印刷以外に目を向けてみると、平成明朝体が活きる用途はまだ残されています。それは、鉄道の車輌にある方向幕や駅の発車標のような、LEDなどによる低画素数の電光掲示板です。
 冒頭に述べた16ドット、24ドットビットマップフォントも現役で使用されていますが、東海道新幹線のN700系の車内にある電光掲示板などには平成明朝体が使用されています。
 電光掲示板の高精細化も年々進んでいますが、素子の一つ一つが視認できなくなるほどLEDを密集させることはできません。今後LEDによる電光掲示板が液晶などの高精細ディスプレイに置き換えられていくのか、継続して使用されていくのかは分かりませんが、このように解像度に制約がある場面でこそ、割り切った設計がされている平成明朝体が活きるのです。

【筆者のコメント】

 平成明朝体は筆者がどうしても好きになれない書体の一つです。上記のような経緯で生まれたと分かっていても、明朝体というと商業印刷用の書体の印象が強く刷り込まれていて、野暮ったく、時には醜く感じてしまうのです。1990年代後半からはテレビのテロップ、2000年代からは商業印刷物で見掛けるようになり、対価を払うようなものには使わないでほしいとも思っています。
 しかし、それでも使われている現状は、使い手が平成明朝体が生まれた背景を知らなかったり、コンピュータに最初から入っていたり、フォントが安価だったり、そもそも適切な書体を選ぶという概念自体がなかったり(明朝体なら何でもいい)することによるものなのではないかと考えています。
 あらゆる道具に役割があるように、書体にも役割がある。情報処理技術の発達とともに誰もが書体を自由に使えるようになったからこそ、子供の頃から「書体を選ぶこと」の大切さを教える機会が必要なのではないでしょうか。

●ファミリー

書体名/書体コード
発表年
平成明朝体W3 1989
平成明朝体W5 1990以降
平成明朝体W7 1990以降
平成明朝体W9 1990以降
平成明朝W3(リョービイマジクス・写植)/RHM-W3 不詳
平成明朝(モリサワ・写植)/書体コード不詳 1991

→書体のはなし

→メインページ