書体のはなし 岩田細明朝体
 ※見出しは「イワタ明朝体オールド」で印字しています

●イワタ(旧・岩田母型製造所) 1951年

●読書の水先案内人

 金属活字時代から書籍の本文に使われてきた「岩田細明朝体*」。本好きの方にはお馴染みの書体ではないでしょうか。

 活版印刷は明治時代から昭和時代にかけて印刷の主力を担ってきました。写真植字の擡頭まではなおその座を譲ることはなく、戦後もしばらくは金属活字用の書体が各社で開発されました。
 1950年にベントン母型彫刻機を導入したばかりだった岩田母型製造所が、この彫刻機の特性に合った明朝活字として開発し、1951年に発表したのがこの書体でした(当時の呼称は「岩田明朝体」。この段落は、株式会社イワタのメールマガジン『イワタClub通信』〔2016.11.10発行〕による情報)。
 戦後は活版印刷からオフセット印刷へと徐々に移り変わっていき、1960年代にはそれに呼応するように、写植機メーカーの写研とモリサワから文字盤として発売されました。
 そして21世紀に入り、パーソナルコンピュータ用のデジタルフォント「イワタ明朝体オールド」として覆刻されました。デジタルフォント化を機に中から極太のウェイトのリニューアルを行い、現在に至っています。

 岩田細明朝体の特徴は、仮名の独特なデザインにあります。一般的な明朝体のように楷書をイメージする仮名ではなく、右へ左へとうねるように描かれ、ときには画線と画線が連続している形状のため、一文字一文字に表情があり、かつ古風で落ち着いた印象があります。
 また、文字ごとに大きさや形状の変化があるので判読の手がかりになり、長文を読んでも疲れにくく感じられます。「ヒラギノ明朝体」が写真の多く入った雑誌の本文を想定し、文字の並びがグレーとなるよう字形を均質化したヴィジュアル的な“見る”書体であるとしたら、「岩田細明朝体」は文章をじっくり“読む”ための本文書体であると言えます。

 岩田細明朝体は冒頭のように、非常に多くの書籍の本文に採用されています。写植の時代に入ってからはレンズによって文字の拡大・縮小ができるようになったため、写植書体化以降は見出しや表紙のタイトルに使われることもあります。本文としての用例は数えきれない程あり、金属活字由来の細明朝体としては最も標準的な存在です。

 活字時代から殆ど形を変えずに生き抜いてきた定番書体。これからも読書の水先案内人としてずっと活躍していくことでしょう。

*岩田細明朝体
 写研の写植機での書体名ですが、筆者としてはこの名称で呼ぶのが一番しっくりきます。

●モリサワ版と写研版の違い

 活字書体の文字盤化の始まりはモリサワは日本活字細明朝体NA1(1962年)、写研は晃文堂明朝体(1962年)で両者とも同時期でしたが、岩田細明朝体の写植文字盤化はモリサワの方が早く(1965年)、写研は後追い(1968年)でした。
 同じ岩田書体からの覆刻であってもその解釈には大きな違いがあります。現在手動写植機で印字可能なモリサワ版の「岩田母型細明朝体 岩AB101」は線が飛びそうなくらいに細く、写研版の「岩田細明朝体 ILM-A」は活版印刷により印字された状態を再現したような見慣れた太さです。

岩田細明朝体 モリサワ・写研・イワタ比較

岩田細明朝体 各社比較(画像クリックで拡大)
写研の「岩田細明朝体 ILM-A」は、イワタがこの書体で意図していた文字の濃さとほぼ同じだったことが判る。
出典:モリサワ『モリサワ写真植字総合見本帳 1 基本編』1984年7月
   写研『写真植字』No.46 1994年

 これは、岩田母型の原字をそのまま引き写して文字盤化したことによります。モリサワ版の岩田母型細明朝体については『組版/タイポグラフィの廻廊』/府川充男ほか/白順社/2007年の p.148 に言及されています。
 実は写研版の岩田細明朝体についても「従来市販している、岩田細明朝体は活字の原字をそのまま使用していたため、写植用として印字物が全体に細く弱いという問題がありました。」(『写研』48号/1979年12月15日発行の p.48 より)というように、1968年の発表当初の岩田細明朝体(ILM)について、線の細さを写研自身が認めていました。
 写研はこの問題を解決すべく、1979年に書体の全面改訂を行いました。書体コード「ILM-A」のAはこの時の品質改良を表した記号です。生まれ変わった岩田細明朝体は、活字特有のマージナル・ゾーン(印字の際、印圧によりインキが活字の凸部分からはみ出す領域)を考慮し、実際に印字された時の文字の濃さを尊重したような印象です。一方でモリサワは最後まで書体の改訂を行いませんでした。これがモリサワ版と写研版から受ける印象の違いの理由です。

●幻の“イワタ特細明朝体”

2016.11.19改稿 日本タイポグラフィ協会『日本のタイプフェイス』〔2000.9.11発行〕の入手により、「イワタ特細明朝体」の名称・発表年・デザイン意図と、筆者が下図に示した書体がこの書体で間違いないことが判明しました。発表年から判断して名称の先頭は「イワタ」ではなく「岩田」なのではないかと筆者は考えますが、文献による名称を優先しました。)

 存在は過去の印字物で多数確認されているものの、使用が非常に困難になってしまった岩田明朝体のウェイトがあります。

イワタ特細明朝体」(いわたとくほそみんちょうたい)です。

和文タイプライター用岩田明朝体
和文タイプライター用活字の岩田明朝体

 1955年に発表とされた最も細いウェイトのものです。そのデザイン意図について、イワタは、「和文タイプライター用の本文明朝体。 細字印字物の可読性に優れた精緻なデザイン。」と述べています。

 手持ちの「秀英明朝L」、「イワタ特細明朝体」、「イワタ明朝体オールド」を並べて見てみます。各書体は時代によって幾らかデザイン変更がされているため、デジタルフォントと昭和中期のタイプ活字では厳密な比較ができませんが、ここでは字形の大筋を見ていただけたらと思います。

秀英明朝Lひらがな

岩田特細明朝体

イワタ明朝体オールド

 イワタ特細明朝体は、ぱっと見のデザインは岩田母型ではない系統の書体のようにも思えますが、下敷きにしたと思われる秀英体と岩田細明朝体との過渡に存在していたであろうことは字面からはっきりと読み取ることができます。
 岩田細明朝体は1951年に発表されており、その後に制作されたイワタ特細明朝体の方がより秀英体寄りのデザインである理由は不明です。因みに先述の『組版/タイポグラフィの廻廊』p.148 には、岩田明朝について「元々書体デザインの素人があれこれを参考にして作った書体だというけれど、とてもオリジナルな書体だと思います。」とあります。
 イワタ特細明朝体の方が秀英明朝よりも脈絡が強調され、ねちっこくてくどい印象で、練り飴を放り投げているような感じが私は大好きなのです。

 なお、筆者がこの書体の名称を特定できなかった時期に調査した結果が残っています。2011年4月28日、この書体についてイワタのサポート係に直接メールで問い合わせた際に頂いた回答は、下記の通りでした(原文のまま掲載)。

「この書体はイワタでデザイン、制作された活字です。名称は「四TL」というタイプライターに使用されていた活字書体です。 現在、この書体の製品化、販売はしていません。今後開発、発売は未定ですが情報ありましたら弊社ホームページ等でご案内いたします。」

 イワタとしての名称は「四TL」……これが書体名なのか、タイプライターの型番なのかはメールの文章からは読み取れず……。ますます謎が深まってしまった感がありますが、確かにイワタが制作した書体であることが分かっただけでも大きな収穫でした。
 イワタ特細明朝体による印字は、法務局の登記簿など昭和時代のタイプ文書に非常に多く残されていますが、現在では和文タイプライターとタイプ活字を入手しなければ使用できない、ほぼ“幻の書体”となってしまいました。

●書体名・来歴とファミリー

書体名/書体コード
発表年
岩田明朝体*(岩田母型製造所/金属活字) 1951*
イワタ特細明朝体**(岩田母型製造所/タイプライター活字) 1955**
岩田母型細明朝体 岩AB101(モリサワ/写植) 1965
岩田細明朝体 ILM(写研/写植) 1968
岩田細明朝体 ILM-A(写研/写植) 1979
イワタ明朝体オールド(イワタ/デジタルフォント) 1999.11**
イワタ中明朝体オールド(イワタ/デジタルフォント) 2004.11.30
イワタ太明朝体オールド(イワタ/デジタルフォント)  
イワタ特太明朝体オールド(イワタ/デジタルフォント) 2007.3
イワタ極太明朝体オールド(イワタ/デジタルフォント) 2007.3

*株式会社イワタのメールマガジン『イワタClub通信』(2016.11.10発行)による。
**日本タイポグラフィ協会『日本のタイプフェイス』(2000.9.11発行)による。
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