JAGAT テキスト&グラフィックス研究会
書体デザインの新潮流

2008年3月10日(月)
於:東京都杉並区 JAGAT(社団法人日本印刷技術協会)


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大御所に惹かれ……

 2008年春。東京にあるJAGAT(社団法人日本印刷技術協会)で『書体デザインの新潮流』と題して講演会が開かれることを知った。
 趣旨は「これまでの書体デザインの変遷と現在の方向性、現代における印刷物向けの書体デザイン、及びデジタルフォントの様々な利用法、今後の展開について取り上げる」(JAGAT告知サイトから抜粋)とあった。
 講師は「ナール」「ゴナ」の作者である中村征宏氏や「タイポス」の作者である桑山弥三郎氏などたいへん豪華な顔ぶれで、私が詳しく知りたいと思っていた書体ばかりが題材として取り上げられるようだったし、写植研究の手がかりになるに違いないと思ったので、「こんな機会は滅多にない!」と、遠方でなおかつ参加費が高いにも関わらず思い切って申し込んだ。今回も例によって「文字の旅人」のNORIさんとご一緒した。

●特別講演:ナール・ゴナの誕生と書体デザインの変遷
(中村書体室 中村 征宏 氏)

 事情があって中村氏の特別講演には間に合わず、とても残念ではあったが、配布された資料が充実したものだったので、おおよその講演内容は掴むことができた。「ナール」「ゴナ」といった中村氏の作品が生まれた経緯とその様子(ナールの下描き段階の図が載っていた!)に始まり、石井書体の美しさ、現在よく使われている書体についての解説もあったようだ。資料の大半が写植時代に生まれた書体だったのでぜひ聴講したかったのだが、致し方ない。最後のパネルディスカッションに期待することにした。

 という訳で、次の講演から聴くことになった。
(※以降、筆者の聴講メモを基にしています。文章の正確性が完全に保証できる訳ではありませんので、誤りなどございましたらご指摘ください。)
 
●字游工房における書体デザイン
(字游工房代表取締役 鳥海 修 氏)

*游明朝体について

 装幀家の平野甲賀氏が1993〜1994年頃に字游工房を訪れた時、社長だった故・鈴木勉氏に好きな小説を尋ねたそうだ。藤沢周平だった。しかし、「ヒラギノ明朝体」では仮名が大きく、字種(漢字・ひらがな・カタカナなど)毎の大きさが似ているので小説のような長文は組めない。それで、“藤沢周平が組める本格的な本文用書体”を作らないかと提案されたそうだ。
 游明朝体は仮名文字固有の形を尊重していて、漢字も懐(画線と画線との間の余白)がやや狭めとなっているとのこと。平成明朝体・ヒラギノ明朝体・游明朝体で組んだものを並べて比較する図(スクリーンに投影)を見ると、出した例が極端ということもあるが、平成明朝体はカタカナが大きい。字によっては漢字より大きく見えるものもある。字游工房社長の鳥海氏は平成明朝体について「元々(事務機器などの)低解像度出力用に開発されたものだから、(商業)印刷用、特に縦組で使うのはよろしくないんじゃないか」とおっしゃっていた。私も全く同感だ。
 余談だが、游明朝体の見本が投影されたとき、女優の名前が使われていたのだが、その中に「うえのじゅり」(上野樹里に違いない)があって密かに嬉しかった。ファンなのだ(笑)。

*游ゴシック体について

 游明朝体と骨格を合わせるように制作したゴシック体。やわらかくやさしい字面が特徴だが、ウェイト(文字の太さ)「L」でも画線を丸める処理は細かくやっているそうだ。ヒラギノ角ゴシック体が「鋭い」と言われたためのようだ。アルファベットは「ニュースゴシック」のような明るいものに。

●漢字タイポスとコンデンスゴシック

*タイプバンクコンデンスゴシック
(タイプバンク 高田 裕美 氏)

 タイプバンクゴシックはサントリーの企業制定書体になったが、商品の原材料名など限られたスペースに多くの情報を入れたいという要望があり、開発が始まったそうだ。
 多くの場合長体にして対応するのだが、縦角と横角の黒みのバランスが崩れてしまう。そこで、コンデンスゴシックでは長体にしたときのバランスを考慮してデザインしたとのこと。太さだけでなく、偏と旁のバランスや、はね、余白などの再設計がされているようで、長体4(横比率60%)でも違和感なく読むことができた。
 タイプバンクゴシックは元々「デジタル適性」(低解像度プリンターや画面表示に最適化すること)を考慮した設計なので、電光掲示板や携帯電話の画面などにも適しているそうだ。

*漢字タイポス
(桑山書体デザイン室 桑山弥三郎氏)

 1962年、日宣美展で漢字の方針を示したこの書体は、書籍や日本レタリング展での発表を経て、1975年に写研の協力によって「漢字タイポス45」の試作文字盤(約4500字)を完成、1980年には同書体の約6000字の完成を見ている。しかしながら、中太や太字へのウェイト展開はまだなく、発売には至らなかったそうだ。
 その後、2006年からタイプバンクでデジタルフォントとして制作開始、2007年12月に「漢字タイポス45」・「同412」を発売したという長い時間を経て生まれた書体だ。
 親しみ・やさしさ・さわやかさ・品格がある・明るい・のびのびというイメージで、書き文字に近づけた字形になるようデザインコンセプトが組まれているとのこと。そのため、ごんべんの1画目が縦画になっていたり、「出」や「国」のような縦画が突き出る文字の“下駄”を省略するなど、様々な工夫が施されているようだ。
 タイポスは最近使用頻度が減ってあまり見かけなくなっていたが、こうして漢字が揃ったものを見てみると、懐かしさよりも新鮮さを感じる。半世紀近く前に仮名書体として生まれたときも熱烈な歓迎だったというが、専用の漢字を与えられたタイポスはようやくその真骨頂を表したように思う。今後の展開に期待したい(というか、欲しい!)。

 桑山氏の講演が講演が終わる前に思い切って質問させて頂いた。好きな書体について作者の方に直接質問できるのは今しかないと思ったからだ。
「岐阜から参りました、写真植字の研究をしております○○(本名)と申します。写研から出ているタイポスでは数字が四角いような形でしたが、今回の漢字タイポスでは形が違うようです。変更された理由を教えて頂けたらと思います。」
 すると桑山氏、「数字はですね、写植の時のが気に入らなかったから直したんですよ。」
 舞い上がっていて詳しくはよく覚えていないが、このような内容だったと思う。漢字タイポスが長い間実用化されなかっただけに、さぞ気になっていらしたことと思う。ともかくも、拙い質問にもかかわらずありがとうございました。

もしかして私だけ?

 ここで休憩が入り、このときや講演会終了後に何人かの方と名刺の交換をさせて頂いた。
 よく知っているフォントメーカーや作者の方。「写研にいました」という方。どうやらこの講演会は書体開発に携わる人向けのものだったようだ。講師としてでなく聴講のために来ていたのは9人。その中で「好きだから(趣味で)来ました〜」なんていう人は私ぐらいしかおらず(たぶん)、来てよかったのだろうかと後になって身震いした。……だって、超有名な書体の作者が解説し、未来を語るんだったら、行くしかないでしょう!(私だけ?)

タイポス作者に出会う!

 名刺交換しているうち、桑山氏とお話しする機会があった! あのタイポスを作った、本でしか知らなかった人と今直接会って話しているなんて。自分でも信じられず、緊張で口が回らなくなりつつも、写植について研究していること・まだ写植の組版や書体づくりには学ぶべきものが多くあると思うことを話した。 
 桑山氏も今後の書体づくりについて話してくださった。「漢字タイポス」に混植する仮名として、字面を小さくし、毛筆の流れを活かしたよりモダンな書体を4種類ぐらい考えていらっしゃるのだそうだ。タイポスという革新的な書体の作り手は、40年経った今でもさらなる書体を探究し続けていらっしゃるのだ。
 名刺の交換までして頂き、まるで夢のようだった。ありがとうございました!

→つづく


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