JAGAT テキスト&グラフィックス研究会
書体デザインの新潮流

2008年3月10日(月)
於:東京都杉並区 JAGAT(社団法人日本印刷技術協会)


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●Windows Vista におけるメイリオのデザイン
(シーアンドジイ代表取締役 坂本 達 氏)

 (※筆者が聴講メモ、配布資料、メイリオ冊子から再構成しています)
 1970年にIBMがコンピュータによ日本語フォントを搭載して以来、日本語ワードプロセッサー、新聞編集の電算化、DTPの登場とデジタルフォントは目まぐるしく進化し続けてきた。画面表示・印刷共にビットマップフォントだったものがやがて印刷用はアウトラインフォントへと変化し、画面表示が高精細化した現在では表示に適したアウトラインフォントが求められている。
 そこで、シーアンドジイ社は、マイクロソフト社の依頼を受け、2003年の1年間で4万字もの開発を行った。「読む」ことから短い文を「見る」時代へと変化するのに対応し、懐を広く・字面を大きく・平体95%とすることで画面上での字形の再現性を高め、コンピュータの画面表示で主流である横組での行のラインを揃えることで読みやすさに配慮している。
 メイリオは依頼を受けての開発だったが、20年ほど前までは企業が文字の専門家を何人も呼んで真剣に取り組んでいたそうだが、今はそうでもないのが残念だそうだ。
 今後はバージョンアップも考えているが、明朝版を作る予定はないそうだ。

●ユニバーサルフォントの用途とデザイン
(イワタ取締役技術部長 水野 昭 氏)

 2006年12月に、イワタはパッケージフォントとしては初めて「ユニバーサルデザイン(UD)フォント」を発売した。
「横組・短文(概ね10文字以内)・操作表示用」として「読みやすさ・誤読のしにくさ・美しさ」を追求して制作したそうだ。「イワタUDゴシック」には6ウェイト(文字の太さ)があり、丸ゴシック体版も存在する。
 元々従来の書体に対し「印刷でつぶれやすい」「操作表示の文字が小さくて(太すぎてつぶれて)見にくい」等を改善できないかとの要望があったため開発に踏み切ったそうだ。
 松下電器産業との共同開発で、松下製品の操作表示等には全てこのフォントが使用されているという。最近の家電を持っていないので、操作部が丸ゴシックではなく角ゴシックを採用したのは新鮮に思えた。
 今後高齢社会は更に進展し、目の症状を持つ人は一層増えるだろう。太さや大きさ、レイアウトといった書体の使い方に問題がある場合が多いと思うが、書体の側から問題点を洗い出した。外形が似ていたり対称形をしていたりなど文字自体に判別しにくい要員が多くある。これらを解消する為に以下の4要素を吟味し、開発上の優先順位を設けたそうだ。
 視認性(文字毎の構成要素の見やすさ)>判読性(他の文字との区別)>デザイン性>可読性(文章としての読みやすさ)
 このため、懐(画線と画線との間の空間)をできる限り広く、濁点が潰れないよう隙間を空け、画線を直線化する等シンプルにし、漢字の「日」等の下部分の“ゲタ”を取り除くといった工夫が施されている。「イワタ新ゴシック体」を下敷きにしているとはいえ、なるほど高速道路の標識に使われている書体のような割り切った簡潔さを感じる。
「文字の見やすさ」を開発意図としたため、家電の操作部のみならず、低解像度の画面表示や限られたスペースに文字を入れる広告などにも使われ始めているという。
 今後は明朝体版や新聞書体としてのUDフォントも研究・開発中ということで、「ユニバーサルデザインのための書体」という新たなカテゴリーがどう進展するか見守っていきたいと思う。

●パネルディスカッション

 講師の方全員で、書体のデザインにテーマを絞って討論された。
 字游工房の鳥海氏が進行役となり、質問していくような形式だった。
 様々な意見が出た中から、筆者が文字づくりに於いて大切だと感じたものを抜粋したい。

Q 書体デザインに於いて信条としているものは?

・オリジナリティ。作ろうとしているものに似た書体がどこかにないか確かめておく。作ろうとしているものがどう新しいのか。そして永く使えるものを作りたい。(桑山氏)
・違和感のない空気のような存在。必要だが人に悟られないものを目指している。(タイプバンク)
・バランス、姿勢の良さ。違和感や不快感のないもの。(中村氏)
・お客様のつながりを大切にしている。要求を解釈し、より質の高いものを提供すること。(シーアンドジイ)

Q 「いい書体」とは?

・目的のものを組むのに阻害されないもの。(イワタ)
・適材適所。場面のイメージに合ったものが使われたとき、書体・紙面ともに生きるのではないか。(タイプバンク)
・場面に合って且つ好んで沢山使ってくれるもの。(中村氏)

Q 「格調の高い書体」とは?

・組んだ文字がイメージを持ち過ぎない。水や空気のような、なんでもないように使える書体。(桑山氏)
・形が美しく知的雰囲気のあるもの。石井細明朝体や石井中明朝体にそれを感じる。(中村氏)
・長く使われることで備わってくるのでは。(イワタ)
・中村氏の意見に共感する。手書きの美しさが感じられるものではないか。石井細明朝体NKLには筆の流れを感じるが、こういうことが大切なのではないだろうか。(字游工房)

Q 長文を組む為の(画面)表示用書体に相応しいものとしてどのようなものを考えるか? 現在は「イワタUDフォント」のような短文を対象にしたものが先端を行っているが。

・タイポスは仮名が大きく長文はきつい。なので、仮名を小さく・毛筆の流れを生かし・もっとモダンにした「漢字タイポス」と混植するための仮名を4種類制作中。明朝体に近いゴシック体もよいのではないか。(桑山氏)
・長文用は作ったことがないし今後も作らないので他の方で考えていただきたいです(笑)。(中村氏)
・やはり活版の雰囲気を残した文字ではないか。縦横ある程度太さを持った明朝体もよいのでは。(イワタ)

 ……長文の読みやすさの話題になったところで、JAGAT西島氏から、可読性と視認性の関係について質問があった。各社(者)の回答としては、
・両立は難しいのでは。書体だけで解決できる部分とできない部分がある。組み方等も重要だと思う。(イワタ)
・違和感なく読めることが「読みやすい」ことだと思う。縦組では漢字と仮名の大小によるリズムがあるもの、横組ではラインが揃って見えるものではないか。(タイプバンク)

 そこで、「筆文字実験室」の大熊肇氏から、「可読性は定義できない」として反論(?)があった。(以下、誤り等ありましたらご教示ください)
 佐藤敬之輔氏が行った「速読テスト」によれば、仮名が元々の形をしている書体の方が速く読めて、ベタ組みが最も読みやすい(字間に余白があることで仮名の形が判別しやすいため)。1行42字詰めの場合、行間は二分四分(全角の4分の3アキ)が最適で、それ以上に空けてもさほど読みにくくはならないが、詰めると顕著に読みにくくなるという結果が出ている、ということだった。

 また、JAGAT客員研究員の小野澤氏によると、国立国語研究所が昭和30年代に、明朝・ゴシック・教科書体等で、速く読めること(読量速度)・理解度・疲労度についての実験を行っていたそうだが、心理量と物理量の判定が難しく測定誤差が大きかったという。被験者としては、面白がってやってしまう大学生ではなく小6〜中1を敢えて選んだそうだが、この実験が統計的に本当に有意なのか疑問に思っているそうだ。
 このため、可読性については、自分で「いい」と思うものを提示していただきたい、とのことだった。

 ここで時間が尽き、閉会となった。
 新しい書体は大量に増え続けているが、書体制作のプロの志をこのような率直な意見として聴けたことによって、今後の書体デザインの在りようが朧げながら見えてきた。オリジナリティや革新性と耐久性(永く使えるか)は一見相反するもののように見える。しかし、タイポス、ナールといった永く愛され使われているかつての“新書体”は、この講演で語られたように、目的を達成するために丹念な検討と設計が為され、そこに作り手の信条が宿ったものである。それが最大限に発揮されたものが、これらの“名作”と呼ばれる書体なのだろうと思った。

○そして長年の夢叶う。

 中休みと同じように多くの方たちと名刺交換をした。
 字游工房の鳥海社長、AXISフォントの鈴木さん、「街で見かけた書体」の書体デザイナー・竹下さん。デザイン雑誌などでよくお目にかかる方々に直接お会いできて非常に感激した。
 そして会場から人が少なくなってから、思い切って中村征宏さんに声をかけてみた。
「あなたが亮月さんでしたか!」
 私のことをご存知だった! 亮月製作所のサイトもご覧になったことがあるそうで、「写植機の最期を書いてくださってありがとうございました。とても感動しました。」と感想まで頂いてしまった。あと、私の名前(亮月)を見て「書家かなと思っていました。」と中村さん。実際、書道には若干心得がありますです……。
 以前メールを出した際、OpenType作成ソフト「OTEdit」の話題を書いていたらしく(筆者の記憶が定かでない)、その事についてもたいへん感謝された。
 こちらからも亮月製作所としてやっていきたい事や、中村さんに対する思いを伝えることができた。「生まれたときから中村さんの書体で育ってきて、ずっといちばん好きでした。夢のようです。」となんだか愛の告白みたいになってしまったが(笑)、名刺の交換をし、「これからもよろしくお願いします」と会場をあとに。長い長い間夢にしてきたことが叶い、脚が地に着かないようなふわふわした気持ちになった。

 その後は先程の大熊さん、NORIさん、筆者で打ち上げ。活版からデジタルフォント、書道に至るまでたいへん興味深いお話を聴かせて頂けた。危うく新幹線の終電を逃しそうになるほど楽しい時間であった。本当にありがとうございました。

【完】

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