写植機おもいで40年

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●“活版ブーム”と写植、そして次世代への継承

亮 今、若い人の間で活版印刷がブームでして、結構年配の経験者の方と一緒に仕事をされたりですとか、自分で卓上型の活版印刷機を購入して簡単なはがきですとかカードを作る仕事をされてる方が少しずつ増えてるんですよ。なので活版は何か息を吹き返しつつあるなという風に感じてるんですが、写植はまだ若い世代の人が全くと言ってもいい程注目をしてませんで、こういう風にベテランの方と若い人が話をして何か作り上げるという事もないんですよ。殆ど……雑誌とかでも取り上げないですし。
 だから、自分としては写植が好きっていう事は一番なんですけど、写植を残していきたいなーっていう。産業としては勿論ダメだと思うんですけど、何かこういうものがあった、あるぞっていう事をずっと伝えていけるような事が出来たらいいなと思います。多分高度成長の時代を支えたのは写植だと思ってるんです。日本の一番いい時期っていうんでしょうか、成長してた時を全面に支えたのが写植だと思ってますので、それを忘れてしまうっていうのは何か、日本の時代を忘れちゃうっていうと大袈裟ですけど、何か忘れてしまうのはいいのかなっていう風に思ってまして、今のDTPの元でもありますし、何とかしたいと思ってるんです。
H ある意味勿体ないんですよ。DTPの今のものと違ってね、多少人間の息が入ってる部分があるかなーと思うんだけど、活字はもうね、凸版印刷・オフセット印刷っていうのはそのものだと思うんですよ。活字なんていうのはね、人間が字を作るところから始まってね。
的 活字は彫ってますからね。
H DTPにはもうないのかな、気質っていうのかな。
的 システムとしてはコンピュータを使うんだけど、写植から繋がってなくはないんですけど、使い方によっては繋がってる形でも使えるし、そうでない使い方も出来て、今メーカーさんだとかは「自由に使える事がいいんだよ」って言うんですけど、基本がない所に自由に使えるよって言ってる感じがしますね。フォントを作るソフトさえあって、「フォントも作れるよ」っていうことを言われるんですけど、実際作るのって出来ないじゃないですか。なかなか難しいですね。組版も難しい。
H 話は違いますけど、中国へ行ってね、上海博物館かな、あそこに行って、それこそ紀元前何千年というのが展示してありますよね。それ見て「日本負けた」と思ったんですよ。すごい文明があって、それからおかしくなっちゃって。中国の場合ですとすごい文明があって、ブツッと切れてね、急にこう今の新しい文化の時代に入っちゃったと。
 我々としては先程仰ったように、続いて基礎があってね、順番に続いてこういうものがあるっていうなら分かりますけど、これがなくて急にポンッと来ちゃって今の子供が可哀想だと思うのはそういう事なんですよ。で、ここのものが当たり前、この辺の所の人間(Hさんの世代)っていうのは我々含めて現役から離れていく人間が多いんですよ、今仰ったのを含めてね。だからもっと前の事は学校で歴史で教えると。で、ここが飛んじゃって、こういう風ですから。
 だからね、こういうのを続けていってもらえると自分達の生きてきた足跡みたいなのが残りますよね。だから非常にさみしい時代に生まれ育ったのかなという事を思いますね。確かに高度成長で私が親から教えてもらった教育っていうのは、真面目に働ければご飯を食べられるから手に職をつけなさいよということで、そういう分野に皆さんね、行った訳ですよね。いわゆる職人さんですよね。
 ところが今は違いますもんね。手に職なんかなくたっていいよと。パソコンが使えれば。で、私がデザインやりかけた時に先輩からね、叱られたのは、烏口で線をピッと引いてね、何本か。シフトさせて同じ間隔でね、引けれるように勉強したのね。当然墨を摺る事から始まって、墨汁も使いましたけど。それが今そういう事をしなくても、パソコンの操作が出来れば限りなくたくさんの綺麗な線がいっぱい引けるじゃないですか。1時間覚えなくても線引く事ぐらい覚わりますよね。我々は何年もかかって、何度も殴られてね、滅茶苦茶言われて罵倒されてやった事が、今の人は数年で出来ちゃいますからね。だから結果論としては一緒だと思うんですよ。綺麗な線が引けると。でもその、何故この線が引けるかっていう事が分かる人と分からない人がいる。
 だからそこの辺のね、橋渡しのような事をしていただけると。写植っていうのは単にここだと思うんですよ。活字でも、コツコツコツコツやって。僕らの同級生アホやもんで、鋳造機に手突っ込んでね、ピシャッとやられて(手を潰されて)病院運ばれた奴おるもん(笑)。そんなアホやってた連中から写植に変わって。そういう事なんですよね、それが現在のDTPに変わっちゃって、だから仰ったことは貴重な事だなぁと思うんですけどね、なかなかそういう事をやろうという人は少ないんじゃない?
的 少なければチャンスはあるのかなと(一同笑い)。広められたらいいですよね。
H ありがたいですよね。
 本当ね、過去の関わってきた会社でね、たまたま私は自分んちでやってますから、65になってもまだそれらしい事でね、半現役ですけど、やらせてもらってますけど、普通の会社でしたらもう終わりですよね、定年で。でもそこで切れちゃいますもんね。企業でもそうですけど、先程仰ったね、新しい機械が入れば我々は使えないんだと。
 僕が今先程お話を聞く前にMacを一生懸命ね、覚えようと思っても覚わらんですわ。息子に言わせると「昨日も教えてるのに何で同じ事を。これ何回お父さんに話したか分からんぜ」と、こういう事になるんです。かつて自分が言ったことを言われとる訳ですわ、あいつらにね。聞きたくないから分かったような顔をしておりますけど、でもやっぱりね、若い人がずっとやっててくれてさ、何となく、胸張って多少表歩けるかも分からんわね。ワシは写植やっとったよと。
 活版は分かってても、写植分かってる人少ないんですよ。「写植って何?」って言われるもんね。
的 分かってる人、語れる人って少ないですよね。
H 僕らの説明だと「写植って写真植字機だよ」って言うと、「うん? 何またそれ?」「それの略だがね」って言って、「文字を下からライト当ててカメラで撮っとるの」って言うと「へぇ〜」って言って終わりですからね、やっぱり高度成長の時代っていうのはそんなのかなぁ、使い捨ての時代にも精鋭してるっていうかね。じゃないかなぁと思うよ。
 我々でもそうですけど今仰ったみたいに昔のものを直して使おうって言うんやなくて、新しいものが入ると過去のものは、まあ住宅事情もありますけど、処分しないと新しい物を入れるとついでに古いのを処分すると。仰るように人間としてしちゃいかん事だと思うんですよね。それに関わっとった人を、全然別個の、訳の分からん部門に配置して、潰しちゃうんだからね。
的 本当はそれ、勿体ないですよね。
H だから技術を皆ある時点でぶった切ってく、切って切って切って。中国の話をしたんですけど、そういうのがない国はね、パーンと切れちゃって負けちゃってね、それで新しいコンピュータが出て、皆ワーッとやって、この間何やっとったかというとわっからへんですわね。それでコンピュータ使って、こっから1からですもんね。さみしいもんですわね、僕らから言わせると。
的 それと同じような事になりかけてるようなもんですよね。
H そうですよね。ぜひ頑張ってやったってください。
 うちらとして本当にね、何も出来ないですもんね。もうはっきり言うとね、泣き言を言うんじゃないけど、この年になるとね、もう話をしても皆昔の話であってね、「だからどう?」って言われたら何もないですもんね。
的 私はこの中にある事は生きると真剣に思ってるんで(一同笑い)。
H ホントそうだよ?
亮 私は逆に、かつて現役だった方にお話を聞いて自分のものにするっていうのはすごく財産になる事だと思ってるんで、一番大事な事だと思うんですよ。人と関わっていって生きてく上で。だから何でもっとベテランの方ですとか、年配の方のお話をちゃんと聞かないのかなって思う所があるんです。
H ありがたいですねぇ、そうやって言ってもらえると。だけど現実は的場さんが仰るように古い機械を処分したら人間も処分する(笑)、それが普通ですもんね。だから我々もそれはもう当然だと思ってます。だからねぇ、お話っていったときに「写植の話って何を話したらいいか分かんない」という事ですよ。
 日常の怒られたりね、大変だった事はこれはもう仕事としてね、関わってきた事だから、しょうがない事だよね。
亮 当然どんな仕事でもありますもんね。
H そう。だからそれをね、話をしようとしてもどれが大変で、どれがこうっていうのを区別できない訳ね。だからもう、取り留めのないさぁ、雲を突くような話の中から、何か汲み取ってもらえればいいかなぁというレベルですよ、正直言って。
 僕らの時は、親父とかそういう人によく話をされたね。「俺の若い時は」とかね。よく集まりがあったですもんね。で、行くとああだこうだと。それを聞きかじりで。今はそういうのないですもんね。
的 減ってきてますよね。
H 特にね、ここ最近、僕らはそういう事もあんまりないんですけど、大きな会社っていうのはセキュリティがものすごくしっかりしてるじゃないですか。だから居るうちは出入り自由なんですけど、一度「ご苦労様」って、例えば定年退職で、自分の古巣へ遊びに行けない。行くについては何かの目的がないと。昔はね、先輩がね、「おう」とか言ってお土産持ってさ、「まあ食えや」って小一時間話をして帰ってく。今入ろうと思っても入られへんもん(笑)。守衛で止められてね。それで「目的は?」とか(笑)。みんな疎遠になっていきますよね。
的 「ちょっと待て!」って所ですよねー。
H 結局変な話、会社の中自身でも技術の継承が出来ない。それなりに一般社会であれば誰でも同じだと思いますけどね、もっとね、自分の何十年も勤めた、家みたいな、家族みたいな会社に行きたいんだけどね。
的 実際家より長く居るんですもんねー(笑)。
H ぼやいてる我々の年代の連中は多い。
 その前の世代の人はね、もう定年してしばらくちょこちょこ顔出して、今そういうセキュリティがしっかりした時代になると自分の体が動かないから来ない(笑)。正直な所そういう人はね、まあ何ですけど。ちょうど我々の年代、もうちょっと前の先輩もそうかな、は、皆ぼやいてますね。「会社に遊びに行こうと思ったらよー、用件が必要だでよー、用件なんかあらすかー」って。用件があっても若い人は「何しに来たのおじさん。会社もう関係ないよ」って。技術の継承も何もないですよね。
 写植の事をお聞きしてね、それが社会的にそういう事を皆さんがね、写植に限らず、思っていただくとありがたいと思うねぇ。
 もっともっと年寄りがさ、現実的に前に出て行けれる、世間に顔出しが出来るという事になるでしょうね。誰しもそうだけどさ、歳とって相手にしてもらえなくなって、ましてや自分の過去の事を聞いてもらえるなんていうと嬉しいもんね。
的 我々はすごく参考になりますけど。
H そんなもんだよ?
 だって基本的には、さっきの会社の話じゃないけど、爪弾きに遭うってぐらいだもんね。特に後期高齢者医療制度なんて言ってさ、姨捨山とか言われるもんですわ。70になったら死ぬんかなーっていうレベルでね。日本を代表する舵取る人がそんな事考えていらっしゃるんだから、まーそうかなーと思いますね。
 せめてその時代の仕事の事を語り続けてくださる、伝えてくださるってことは本当に一つのありがたい事だと思うね。関わったものじゃないと分からないと思うし。これは多分他の仕事でそういう話を聞いても、「あ、そう?」で済んじゃうと思うよ。だけどたまたま自分が関わった所で話を聞くとやっぱり「えー」とか嬉しいとか思いますもんね。我々でそういう力になれる事があったら何なりと言ってもらえればね。
亮・的 ありがとうございます。
亮 逆に私達がかつてのお話を聞かせていただけるというのがすごく貴重でありがたい事だなーって思ってまして、自分の生まれる前の事はどうしても実感として知りうる事の出来ない事ですから、こうやってその時に当事者の方に聞いて自分で理解するしかないですから、やっぱり私はすごく聞きたいと思います。これからも色んな人の取材はしていくと思いますけれども。
H 頑張ってやってもらいたいね。ウフフフフ(笑)。
 すみません本当に貴重なお時間をありがとうございました。
亮 いえいえこちらこそありがとうございました。
的 ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。

【おわり】


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