2011.7.9(土)第15回電子出版EXPO
於:東京ビッグサイト
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●風の便りで
2011年初夏。写植機メーカー最大手だった「写研」が「第15回電子出版EXPO」に出展すると知った。
何事かと思った。数年展示会へ姿を見せなかった写研が出るのだから何かあるな、という期待を持ちながらも、この催しに行くかを決めないまま出展の当日を迎えた。
7月7日、開催初日。この展示会を見に行った人の報告や写真がネット上に数多く載せられていた。「写研、フォント開放の試み」。ブースに掲げられた石井社長のメッセージや InDesign 上で動作しているように見える写研の書体。様々な憶測や意見が飛び交っていた。
居ても立ってもいられなくなった。歴史的(かも知れない)発表をこの目で見たい。詳しく知りたい。写研ブースに行った知人からのレポートのメールがその気持ちに火を着けた。
●いや、意地でも行くしかない
(※以下、「亮月だより」2011年7月9日付の記事を再構成・大幅に追補して掲載しています)
当時筆者は心身共に消耗するような多忙さで、東京へ行きゆっくり楽しむような余裕はなかった。平日の遠征は不可能、最終日である9日(土曜日)でさえも夕方にその原因となる用件の予定が入っていた。
半日しか休みがないので前日まで東京行きを決めかねていたが、twitter の「写研TL」の異様な熱気*もあり、写研ブースだけでも見ておかないと絶対に一生後悔すると思い強行した。
*異様な熱気
friendfeed 検索ワード「写研」も参考にすべし。
当時は超朝型の生活だったのでそれを有効活用し、朝早くに家を出て10時前に会場へ着くことができた。
ビッグサイトなのに人が少ない!(誤解)
国際展示場までの電車も会場までの道のりもがらがらに空いている。ビッグサイトの中も不自由なく歩き廻れる。こんなに人が居ないビッグサイトは見たことがない(筆者の嗜好が偏っているだけである)。
西ホールには来るべき電子書籍の時代に向けて様々な業者が出展していて実に華やかだ。開場したばかりでまだ人は少ないがそれを感じ取ることができた。
今回筆者はほぼ「写研ブースを見るため」だけに東京へ行ったようなものなので、他社のブースも覗いてみたい気持ちを抑えて写研ブースへ向かった。
写研ブース正面
左手にデモ機(Windowsマシン)、中央にその状況を映す画面、右に光る写研ロゴと石井裕子社長のメッセージ。開場直後でまだガラガラだった。
石井裕子社長のメッセージ
「本日は弊社ブースへお越しいただきまして
誠にありがとうございます。
このたび、これまでご評価いただきました
フォントを広く社会にお役立ていただくために、
写研フォント開放の試みを始めます。
今後の方向を決めさせていただきたく、
ぜひ、皆様のご意見、ご要望を
お聞かせください。
2011年7月
株式会社 写研
代表取締役社長
石井裕子」
「デモのご案内」のパネルを見ると「フォント開放」に関するものは随時行っていて、1日に3回書体デザイナーの中村征宏氏の講演があるようだ。
しかしブースの正面にはまだ殆ど人がいない。まずは裏をじっくり見てみることにした。
●かつての栄光に未来を託す
写研ブース正面裏・奥側
「電子書籍に使いたいフォントは?」「見出し等に使いたいフォントは?」というアンケートの回答を募集中。壁に貼られたパネルには他社書体も含まれている。
まず目に飛び込んできたのは「電子書籍に使いたいフォントは?」「見出し他で使いたいフォントは?」というアンケートのお願い用のパネル。
このアンケートを今後のフォントリリースの参考にするということだが、実は他社製の書体も選択肢に含まれている。「見出し他」にはリュウミン、見出ミン、新ゴ、新丸ゴ等の姿が……。書体を見る目が試されているのか。
写研ブース正面裏・アンケート記載台
先述のアンケート「このフォントを使いたい」と、「写研フォントオープン化に関するご意見をお聞かせください。」の2種類。
青いファイルには、壁に掲示してあるものと同じ書体の組見本が綴ってある。
写研のボールペン、貰っておけばよかった……(笑)
アンケートには先述の書体を回答する用紙とは別に意見の為の用紙があった。「写研への要望やフォント開放に関して何でも書いてください」ということだった。筆者もだが、時間をかけて記入する人も見られた。回答を提出すると、A4より一回り大きい写研特製の青いクリアフォルダと「写研式組版Q数表」が貰えた。
写研謹製「写研式組版Q数表」
2つのアンケートに回答して噂の「Q数表」を頂きました☆
丸C表示は2005年。4Qのような小サイズや8.5Qのような手動写植機では対応していなかった中間Q数もある。
後ろの青いものは写研特製の特大クリアフォルダ。
アンケート用の大型パネルの反対側の壁には、写研のこれまでの歩みを見て取れるようなパネル群が掲げられている。写研書体を使ってきた人なら当然知っている内容だが、このような掲示をしたのは、とうに写研のシステムで文字を組む時代が過ぎて自社の書体の認知度がかなり低下していることを自覚しているからではないだろうか。
写研が新書体も組版システムも開発していない今、パネル群の内容は全て「過去の出来事」である。写植に想いがある筆者としては、かつての栄光のみを展示せざるを得ないのは哀れでさえある。
上から、
日本のタイポグラフィの始まりと言われ、写植が使用された山城隆一『植林運動のための試作ポスター』(1955年)解説と作品。
写研で初めて発行した書体見本帳(1964年)の表紙と、その本文から当時の書体一覧。
秀英明朝(SHM)が新書体として発売されたときのパンフレット(1981年)。
写研ブース正面裏・手前側(画像クリックで拡大)
「あなたなら どの書体を使いますか?」
写研主催「文字のある風景写真コンテスト」入賞作品から。
相応しい書体を選んであるようだが、真ん中のパネルの書体はMSゴシックになっている。これでよかったのかしら?
左下には「ナカゴしゃれ」と「キッラミンL」のパンフレットも。
石井賞受賞作品のパネル。全体に細いウェイトのものが多く、未発売書体もある。
ブース正面画面左の「写研の和文フォント一覧」2011年7月版(画像クリックで拡大)。
今年現在ということであるが、写研は2000年を最後に新書体を発売していない。
筆者所有の1988年版ポスターは「写研の和文書体一覧」となっているが、いつから「フォント」を呼称するようになったのだろう。
●デモ「電子書籍、InDesignで写研書体が他と一緒に使える」
一通りブース内を巡回したところで正面へ戻るとデモが始まりそうな様子だった。
「いらっしゃいませいらっしゃいませ、写研でございます。」写研の杏橋達磨氏の声が会場に響く。杏橋氏に「前の方のいい席に座ってくださいよ。写真もどんどん撮ってください。」と促されるまま席に着く。杏橋氏のお目にかかるのは初めてで、写研の機関誌の奥付にその名前を見ていた筆者としてはそれだけでも感激した。
写研ブース正面・デモご案内画面
デモは人が集まると随時開催。「InDesign、Illustratorで写研書体が他と一緒に使える」「iPhone、iPadなどでの写研書体利用実例」の2本立て。
11時、14時、16時からは書体デザイナー・中村征宏氏による講演「ナール&ゴナ 発想と制作」。
デモ機を操作する写研社員
見たところNECのパーソナルコンピュータにWindowsXPが搭載されている模様。ごくありふれた環境だ。
机の傍らには視覚デザイン研究所「デザイナーズフォント」の2011年版見本帳が置かれている。何故?
まずは Adobe Ilustrator による実演。
先程見た「文字のある風景写真コンテスト」のパネルを Illustrator で組んだものだ。
「このキャッチフレーズは他社フォント『リュウミン』が使われております。これを写研フォントに変更してまいります。フォントリストの中で、頭に『SK』とつくのが写研フォントです。この写研フォントの中から、『日本の夏、はじまる。』に相応しい書体に変更してまいります。それでは、この中から『淡古印』という書体を選んでみます。」
画面上の文字が淡古印に変わる。おおお、ホントに写研書体が使えてる!
「これは夏は夏でも、肝試しのイメージを感じさせるのではないでしょうか。別の書体にいたします。それではこの中から『ナミン』というフォントを選びます。」
画面上の文字がナミンに変わる。
「このフォントも可愛らしいんですが、日本の夏っていうイメージにもう少し近付けるため、別のフォントにいたしましょう。リストの中から、今度は写研の『ボカッシイ』というフォントを選びます。」
画面上の文字がボカッシイに変わる。
「いかがでしょうか。入道雲を感じさせるような、夏らしいイメージになったのではないでしょうか。」
Illustrator で動作する「SK ボカッシイ」!
「このように、他社フォントと同様に写研フォントをお客様のパソコンでお使いいただくことができるようになります。写研フォントが初めてというお客様も、他社フォントにはないインパクトのあるフォントでイメージに近いものが作れますね。」
続いて Adobe InDesign による実演。
InDesign で動作する各種写研書体。
「SK ナカゴしゃれ」「SK ミンカール」のインライン入力を実演。
紙面の雰囲気がちょっと懐かしいような、すごく新鮮なような。
「今回は写研フォントの中から、お洒落なイメージの『ナカゴしゃれ』というフォントを選択し、キーボードより『ハワイ』というタイトルを入力します。ハ・ワ・イっ(はーと)。はい、お洒落なタイトルになりました。」
「せっかくですからお洒落なタイトルに合わせて、お隣の『まるごとバカンス』という文字を変更してみましょう。現在他社フォントの『新丸ゴシック』が使用されておりますが、こちらを写研フォントの中から『ミンカール』という書体に変更してまいります。いかがでしょうか。写研フォントを使ってウキウキ・ワクワクするような、旅行に行くのが楽しみというようなパンフレットに仕上がりましたね♪」
普通のパソコンの画面上に写研書体が出ているという感慨深さと、まるで1990年代初頭の電算写植のデモ(見た事はないが)のような言い回しや雰囲気に涙が出そうだった。
上の写真を見ると「SK ゴナB」の数字は全角取りでも半角用のものが使われているように見えるが、写植用のゴナBにある全角数字やE欧文用の数字はパソコン用のフォント化に当たってどのような扱いになるのだろうか。
InDesign のスタイルシートにも対応しているとのこと。
InDesign のスタイルシートにも対応し、まとめて書体変更可能。
ヒラギノ角ゴシック体W3から大蘭明朝へ。更にナールEへ変更していた。
●デモ「iPhone、iPadなどでの写研書体利用実例」
iPhone にダウンロードした『たけくらべ』に本蘭明朝、iPad 上の「青空文庫」の『走れメロス』に石井中明朝体OKL(iPad の表示では「石井明朝M-OKL」)を適用していた。
iPad のフォント一覧に写研書体が!
太さを日本語で呼称してきた石井書体もファミリー化されるってこと?
iPad でMM-OKLが見られるなんて!
盛況の写研ブース
そういう訳で、専用システム以外にも写研書体が対応しますよというそれだけのデモであったが、Adobe が写研にそれを打診して約20年来待ち望まれやがて忘れられていった事がようやく実現に向けて動き出したという歴史的な瞬間を目にすることができた。
→つづく
→写植レポート
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