写植屋さんに行こう
題字:石井太ゴシック体(写研)

写植とは何か? から写植機の操作まで、
写植業の現場を感じた半日をレポート。

註:当時の筆者が主観と記憶を元に書いていますが、意思を尊重して原文のまま掲載します。本文中の「パンダキング」「パンキン」「パッキー」は筆者のことです。
 1999年10月8日、 大学のサークルの先輩5人と、名古屋市にある写植屋さんに見学に行った。

 まずは社長が写植機を使う様子を見させて頂く。カシャン、カシャンと軽快な音を立ててあっという間に文字が打たれていく。思わず「かっこいい〜!」と言いつつ悶えてしまった。恥ずかしいところを見られてしまった。しかし写植屋さんに憧れる私にはたまらなかったのだ。社長が「何か訊きたい事があったら言ってね。」とおっしゃる。なので皆で色々とお訊きしてみる。


今回の見学で使わせて頂いた最新で最後の手動写植機「PAVO-KY」(写研製)。
電子制御され、比較的簡単な手順で写植を打つことができます。

 写植はどのような仕組みですか?――「文字盤」という文字の形だけが透明になっている黒いガラス板があります。これに下から光を当てて画面に表示させたり、印画紙に焼きつけたりします。印画紙というのは白黒写真と同じで、光が当たると黒くなります。

 写植機でできる事・できない事は?――大きさは7級(1.75ミリ)から100級(25ミリ)までです。レンズを使って縦長・横長の字が打てます。斜体にもできますよ。図形も描けます。色を付ける事はできません。黒地に白い文字も、特殊な印画紙を使わないとできません。

 大変お聞きしにくいですが、写植機はいくらぐらいしましたか?――新しいこれ(今回使わせて頂いた、白い画面のもの)が700万円(一同、驚く)で、向こうの(仕事中の緑色の画面のもの)が500万円です。記号や数字の入った小さい文字盤は6千〜9千円で、漢字や仮名が入った大きい文字盤は9万円です(やはり驚く)。設備にお金がかかって大変です。

「高くて、写植でしか出ないというからこそ、書体の重みがありますね。」と言ったら「うわ〜、ありがとうございます。こんな事言ってくれる人もいるんだね〜。」と社長。「最近のデザイナーは書体にこだわらない人が増えましたからね。」(←でも見学に来てくれた人は何かの形で書体に興味があるのだろうから違うと思う)「そう、『何でもいい』っていう人がね。」と社長。

「写植を打ってみない?」という事で、念願の写植機の操作をする。最初にやらせてもらった。初めはとても難しそうだったが、教えて頂きながら打っていくうちに意外と簡単だと分かった。ただ、文字を探すのだけはとても大変だが(社長は若い頃、すぐに覚えられたそうだ)、自分の打ちたい言葉が写植の書体で画面に美しく表示されたのが嬉しかった。皆も順番に打ち方を教わり、好きな言葉を打ってみる。写植機の機能や社長の技術に一つ一つ感動し、「おお〜っ!」と声が挙がる。そういえば女の人の方が写植打つのが様になる気がするけど?(※見学者の殆ども社長も女性だった。)


画面にそのままの書体・大きさで表示され、
文字組を確認しながら写植を打つことができます。

 社長の御厚意で、好きな言葉を自分で打ったものを写植にして、それぞれに下さる事になった。一同拍手。楽な打ち方を教わって自分で文字を印画紙に焼きつけていく。書体は「ゴナDB」と「ナールD」だ。書体ごとに「文字盤」を交換して打っていく。各々ペンネームやサークル名等を打つ。字を探す以外は馴染んできた? しかし“写植の打てる大学生”ってとても珍しいかも知れない。社長がお客さん(御迷惑おかけしてすみませんでした)に、「奇特な方達もいらっしゃるもんですね〜。」とおっしゃっていた。


 まずは打ちたい文字を探す。手前には使用頻度の高い漢字や仮名が、
奥にはあまり使われない漢字が配列されています(「一寸ノ巾」というそうです)。
基本的に部首別に並べられていて、文字の場所を覚えやすいようになっているのですが……。


2 打つ文字を決めたらレンズのそばのガイドや確認窓で位置を合わせ、
手前のレバーを軽く押す。すると画面に仮に文字が表れるので文字を確かめた後、
レバーが止まるまで下へ押すと文字が印画紙に焼きつけられます。
(※手の下にあるのが、フォントにあたる「文字盤」です。
手前の小さく並んだものがサブプレート、奥の大きいものがメインプレート。)

 先輩が、「パッキー、これが手動(の写植機)なんだよね? 今作ってない(手動写植機の製造は終了している事を教えた)んだったら、今から買おうと思うと中古しかないんだよね。手動じゃない写植ってあるの?」と。「電算写植っていうコンピュータの写植機があるんだけど、それはフォント(コンピュータで使う書体)を使うもんであまり好きやないんやて。仕事するようになったら1台手動を入れたいんだけど……。」と答える。すると社長が、「この前2台処分したんだけど、300kg位あるから10万円かかっちゃって…言ってくれれば良かったのにね。」とおっしゃる。とても残念だ!「下宿には置けないよねー。」と先輩。でも実家のプレハブ小屋を綺麗にすれば置けたかも(無理か)…。


現像室。写植は写真の原理を利用しているため、現像が必要です。
狭い暗室のような場所で、酢酸のような匂いがしました。


実際に印字させて頂いた写植。書体は上が「ゴナDB」、下が「ナールD」です。
どちらも出版・印刷ではとてもよく使われていますが、パソコンでは使えない業務用です。

 6人で打った印画紙は現像され、写植になった。1人分ずつ切り離してもらい、手に取る。「自分で打ったのが写植になってるよー!」「紙がツヤツヤだ!」等と喜んだり。訊けば写植代は意外と安く、「学割格安価格」で今日打った80級(20mm)、11文字ぐらいだと400円だそうだ。サークル活動で使えるかも? という事で名刺を頂いた。最後に写植機をバックに記念撮影。妙な光景だなあ〜。そして見学終了。「ありがとうございました!」「楽しかったです。」…「また来て下さいね。」と社長。社員の方と、車が見えなくなるまで見送って下さった。

「はぁ〜。」あちこちから〈終わったー!〉というような溜め息が聞こえる。お礼を言われる(とんでもないです)。逆に写植屋さんの見学が「楽しかった」と言ってくれて、企画者としても個人としても嬉しくて感謝したいぐらいだ。先輩が写植の魅力に取り付かれたのか(推測)、「あ〜、写植頼みてー! でも本を如何に安く作るか考えてるからうかつに写植頼めねーよー!」というような事を言っていた(気がする)。写植を頼みたい、とまで言ってもらえればこちらとしても本望だ。とにかく、とても楽しかった。企画して良かった。先輩方も社長も本当にありがとうございました。

 ……といった見学でした。最初は1人で行こうと思っていたのですが、意外と大勢の人が参加して下さって嬉しく思います。写真植字(写植)についても、職業として写植を打っている人の話を聞いて多くの事を知り、とても勉強になりました。この企画で文字や書体の大切さを知り、文字を組む大変さと重みを感じて下されば幸いです。

※記事の内容は1999年10月現在のものです。見学させて頂いた会社は残念ながら2003年に写植業を廃業されました。(→「さようなら写植。」参照)


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