書体のはなし 見出ゴシック体MB31

●モリサワ 1961年

●東京オリンピックの顔

 1955年、モリサワがオリジナル書体の写植文字盤の販売を始め、明朝体・ゴシック体といった基本書体のウェイト拡充に力を入れていました。高度成長期の只中、広告の需要が高まるとともに肉太で目立つ書体が求められ、生まれたのが特太の写植書体でした。今回取り上げる「見出ゴシック体MB31」もその一つで、1961年に発表されました。

 1964年に東京オリンピックが開催されることとなり、日本に於いて初めてピクトグラムを導入するなどデザイン界にとっても非常に大きな局面を迎えました。
 パンフレットや案内看板などをデザインするにあたり、その基準として『デザイン・ガイド・シート』が制作されました。これはオリンピックに関わるあらゆるデザインに統一感を持たせるために作られた40枚あまりのシートの集合体で、力強く読みやすい「見出ゴシック体MB31」が和文書体の一つとして選ばれました。平体2(文字の高さを80%に縮小)で使われました。

東京オリンピック制定書体のMB31

見出ゴシック体MB31と石井太ゴシック体による東京オリンピック制定書体の再現
デザイン・ガイド・シートやオリンピック公式の印刷物には、見出ゴシック体MB31だけでなく、石井特太ゴシック体や石井太ゴシック体、金属活字のゴシック体による印字と思われるものも多数あります。

●力強い持ち味

 1960年代以降、写植書体のシェアは写研が圧倒していきますが、この書体は写研書体にはない力強さや武骨さを持ち、本文は写研書体でも見出しはこの書体など、一定の需要がありました。 もっとも、当時は現在のように多書体を自由に選べる時代ではなく、モリサワの写植機しかない業者であればこの書体しか選びようがなかったので、単純に「見出し用の太いゴシック体が選ばれた」程度の使用例も多数あると思われます。

 見出し用書体と言っても本文用書体に近い設計がされています。旧来のゴシック体のように文字本来の形を活かし、字面率は低めで、特に仮名は仮想ボディの正方形一杯にデザインされていないので、見出し用書体としてはやや控えめな印象です。長めのボディコピーを組んでも無理なく読み進めることができます。
 漢字・仮名とも画線の太さはほぼ一定で、写研の石井ゴシック体のような角立てはなく、武骨さの一因となっています。
 ベタ組みではパラパラとしており、仮名がやや縦長であるため、見出しでは字間調整が必須ですが、丁寧に(特に縦組みで)組まれたこの書体からは心地良い気迫を感じます。写研の上品で穏やかな字面では物足りない時、この書体の持ち味が必要なのです。

見出ゴシック体MB31・石井太ゴシック体の比較
見出ゴシック体MB31と石井太ゴシック体の印象の違い
MB31の直線的でやや整っていない字形は、さらりと読ませるのではなく、一文字ずつ目に引っ掛かるような印象です。(実際の使用例ではなく、書体の印象を比較するために示したものです。)

●DTP化で普及

 1987年、モリサワはアドビ社と共同で PostScript フォント開発に着手しました。1989年に「リュウミンL-KL」「中ゴシックBBB」を発表、1991年に「太ミンA101」「太ゴB101」「じゅん101」を発表(以上を「基本5書体」と呼ぶ)、そして1992年には「見出ミンMA31」と、この「見出ゴMB31」を発表しました。
 2002年3月には OpenType 化して販売され、Windows でも使用できるようになりました。現在では MORISAWA PASSPORT による年間ライセンス契約さえすれば簡単に使用できるようになり、ごく標準的な見出し用ゴシック体としての地位を維持しています。

 DTP普及期には使用できる書体が少なかったため、デジタルフォントとして事実上の標準となったこの書体が非常によく使われました。写植時代はきつめのつめ組みで組まれることが多かったのですが、雑誌の長い本文でプロポーショナルツメを施されたり、正方形の枡目に収めるように字間を空けて見出しを組んだりと、写植時代には行われなかったような組み方が多々見受けられました。これには組版知識のないデザイナーでもこの書体を使用できるようになり、また、21世紀を目前とした無機質指向の時代感覚も影響していたと考えられます。
 2010年代では字間をゆったり取ったつめ組みが多く見られます。モリサワ書体の歴史としては古参に属するものの、組みから受ける印象はそれほど古臭くはありません。内容の若さに書体が順応しているような印象です。見出しゴシック体MB101シリーズ(1974年〜)や新ゴシック体ファミリー(1990年〜)のようなもっと力強い表現ができる書体が豊富な今、この書体が選ばれるのは、少しは主張したいけれども押し付けたくはない……というような、これも時代感覚なのかもしれません。

MB31 つめ組みの比較
つめ組みの比較
写植時代は下段のように字間をできるだけ詰めた組み方が好まれましたが、2010年代では上段のように字間をゆったり取った組み方が大半です。「下段は詰め過ぎ」と思われる方も多いのでは。(文章は『+DESIGNING』2014年11月号付録『MORISAWA PASSPORT 全書体見本帖2014』p.154から)

 東京オリンピックの力強さ。1990年代の無機質指向。21世紀のゆったりとした(したい)空気感。これからも組み方を変えながら時代を受け止め続けていくことでしょう。

●来歴(見出ゴシックMB系)

書体名/書体コード
発表年
見出ゴシック体MB31(写植) 1961
見出ゴシック体MB1(写植) 1963
見出ゴシック体MB101シリーズ(写植・デジタルフォント) 1974〜
見出ゴMB31(デジタルフォント) 1992
見出ゴMB1(デジタルフォント) 2007

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