書体のはなし MSゴシック

●マイクロソフト/リコー/リョービイマジクス 1992年

●Windows の標準搭載フォント

 Windowsには、標準でこの TrueType フォントが搭載されています。1992年に発売された Windows 3.1 に「MS明朝」と共に初めて搭載されました。
 このフォントはマイクロソフト社がデザインしたものではなく、リョービイマジクスが制作した写真植字機用の「ゴシック-B」という書体が基になっています。デジタルフォント化は情報処理機器メーカーのリコーが行い、マイクロソフト社にライセンスが提供されています。

 1995年には Windows 95 の発売に合わせて英数字と平仮名・片仮名をプロポーショナル送りとし、1・2バイトスペースをそれぞれ全角の3分の1・3分の2とした「MS Pゴシック」「MS P明朝」を搭載、1998年には Windows 98 の発売に合わせ、メニューバーなどの画面表示用に幅を細くした新しい仮名を持つ「MS UI Gothic」を搭載しました。

●失われた細部

 MSゴシックは、先に述べたゴシック-Bを忠実にデジタルフォント化したものではありません。

ゴシック-BとMSゴシックの比較
ゴシック-B(マゼンタ)とMSゴシック(シアン)の比較
「こ」の1画目の両端の広がりや2画目の終筆部分の広がりと角度、「た」の4画目の終筆部分の広がりなど、ゴシック-Bにあった微妙な線の変化が直線化されていることが判る。また、MSゴシックの方が若干細い。

 両者は大まかには同じ書体に見えます。しかし、拡大してみて見ると、ゴシック-Bには微妙な曲線による表情がありますが、MSゴシックではそれが失われて単純化され、直線的に表されていることが判ります。
 これは、平成明朝体のはなしで述べたように、MSゴシックも事務用・家庭用の低解像度プリンターによる出力を念頭に置いてデジタルフォント化されたことによります。当時はディスプレイ表示もプリンターも、コンピュータ本体も性能が低く、解像度や処理能力はごく限られていました。そのような状況下では、商業印刷に求められているような微細な表情は再現できませんし、特に事務用途に於いては確実に印字できることが重要であって、“書体の表情”は必要なものではなかったからです。
 ニィスフォントやヒラギノフォントのパンフレットによれば、MSゴシック・MS明朝は256メッシュ×256メッシュという解像度で制作されているといいます。つまり、全角の256分の1単位の位置でアウトラインフォントのアンカーポイント(輪郭線を表現する点)や制御点(カーブ具合を決める点)を置くことができるということです。メッシュ数は多ければ多いほど細かな表現ができるため、先に述べたようにMSゴシックはゴシック-Bに比べて“大雑把な輪郭”になっていると言うことができます。

●標準搭載フォントのその後

 Windows に標準搭載された和文フォントは、2006年発売の Windows Vista に「メイリオ」と「メイリオボールド」が加わり、2009年発売の Windows 7 に「Meiryo UI」、2013年発売の Windows 8.1 に「游ゴシック 細字/標準/太字」「游明朝 細字/標準/中太」、2015年発売の Windows 10 に「Yu Gothic UI」が加わりました。
 メイリオは横組み向けのモダンスタイルのゴシック体で、画面表示や横組みの文書がMSゴシックに比べ読みやすくすっきりしました。游ゴシック・游明朝は字游工房が制作したオーソドックスで豊かな表情を持つ書体で、Windows の標準搭載フォントだけでも繊細で美しい印字ができるようになりました。
 これらの書体がオペレーティングシステムに追加で搭載されたということは、画面表示や民生用プリンターの解像度が大幅に向上し、設計の古いMS書体では機能や文字表現が十分に果たせなくなってきたと言うことができます。
 今後も、オペレーティングシステムに標準搭載されるフォントは時代に合わせて最適なものを求められ続け、変化していくことでしょう。

【管理人のコメント】

●不作為がばらまく稚拙さ

 MSゴシックは、1992年以降の以降の全ての Windows に搭載されており、Windows 自体がパーソナルコンピュータのOSとして企業や家庭に於いて圧倒的なシェアを持っているため、日本で最も普及している書体と言うことができます。
 個人や業務上の文書や簡易なチラシ、貼り紙など、日常的な用途には特に意識することなく選ばれ、使われています。
 一方で、2000年代以降には、映像作品や商品のパッケージ、商業印刷物でもMSゴシックを見掛けるようになりました。
 商業用ならば、元となった「ゴシック-B」を選べば良い訳ですが、ゴシック-B自体もデザインがあまり練られていないような稚拙な印象があるため、殆ど使用されていません。

ゴシック-Bと他のゴシック体

ゴシック-Bと他のゴシック体の五十音

ゴシック-Bと同時代にあったゴシック体の比較
ゴシック-Bは他のゴシック体と異なり、骨格に筆遣いの勢いがなく、画線の長短や角度が不自然な箇所があってバランスが取れていない文字がある(払いや終筆部の曲がり方が浅過ぎて不必要な空間が発生している)。そのため、文字のデザインがあまり練られないまま書体化したような拙い印象を受ける。

 ゴシック-Bを基にしつつ、更に細部を捨てたMSゴシックで組まれているものは、胡散臭く、ぎこちなく、「ただテキストデータを流し込んだだけ」のように感じるのです。書体そのものから受ける拙い印象に加え、「選んでいない」ことによる無関心さや誠意のなさも拍車をかけています。(そういう表現を否定するものではありません。)

 MSゴシックの使用例で最も筆者が衝撃を受けたのは、映画『かもめ食堂』(2006年)です。
 本作に出てくる食堂のショウウィンドウにMSゴシックで打たれた店名が貼られているのを見て、「食堂の世界観を表しているとは決して言えないのにどうして敢えてこの書体を使ったのだろうか」と愕然としました。スウェーデンを舞台としているので、和文書体を殆ど選べないという背景(実際にそうなのかは不明)を考慮してのことなのかもしれませんが……。(→参考:4travel.jpの「Kahvila Suomi」画像ページ

かもめ食堂店頭ロゴ再現
「かもめ食堂」店頭表示の再現

●MSゴシックだらけのこんな世の中は……

 街を歩いているとMSゴシックが使われている様子を沢山見ることができます。貼り紙、案内パネル、メニュー、看板などなど……。
 そうして分かったのは、多くの人は書体などというものは殆ど意識していない、読めればいい、書体なんてどうでもいいと思っているということでした。MSゴシックを見るのが嫌だったら、こんなに街に溢れていない筈ですから。
 服飾、自動車、建築、工業製品などであれば、多くの人がそのデザインで好き嫌いを判断したり選んで買ったりするなど、デザインを強く意識しています。しかし不思議なことに、書体だけはそうではありません。多くの人は書体のデザインを能動的に意識していないのです。まして、書体を選んで使うという概念は持っていません。
 かつて長い間、書体は商業印刷等に於いて限られた人達が最適なものを選び取って使用し、その効果を社会にもたらしてきました。直接的に受け手(消費者)が意識しなくとも、文字から受ける印象は書体によって異なることを知っていたからです。
 この四半世紀(1990年代から執筆した2016年現在)は、情報化社会の進展とともに、誰もが書体を選んで使えるようになった時代でした。しかしながら、書体の役割や効果、その使い方(使い分け)について、それらを意識していなかった受け手、つまり新たな使い手に対して広く知らしめられたことはありませんでしたし、子供達の教育に組み込まれたこともありませんでした。書体を誰もが使えるようになった一方で、その大切さが軽んじられてきたと思っています。
 書体は表現の手段です。先に述べた服飾などのように、そのデザインが使われることによって、見た人に心理的な影響を与えるものです。多くの人が使えば、それだけ多くの影響を与えることになり、それがその国の文化になります。例え書体が無意識・無頓着に使われたとしても結果は同じことです。
 だから、私はとても悔しい。MSゴシックだらけの世の中が。

 日本で最もよく使われ、最もよく見掛ける書体ではありますが、これが日本を代表する書体であるとは言いたくありません。でもこの現状からしたら、こんなものなのかもしれません。

●来歴

書体名
発表年
MSゴシック※ 1992
MS Pゴシック※ 1995
MS UI Gothic 1998

※正式な表記は「MS ゴシック」「MS Pゴシック」のように、アルファベットは2バイト全角、「MS」の後に1バイト半角スペースが入ります。しかし、亮月製作所では2バイト全角アルファベットを使用しませんので、本稿では上の表のように表記しています。ご了承ください。
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