書体のはなし ピコ・カジュアル36
  ピコ・カジュアル36
  ※見本は印刷物から集字したものです
(灰字はモトヤアポロ2)

●小塚昌彦 1973年

●忘れ去られてしまった書体

「ピコ・カジュアル36」という仮名書体をご存知でしょうか? おそらく知っている方は殆どいないかと思います。使われることがなくなり現在では全く見かけなくなった、いわば「忘れ去られてしまった書体」です。

 制作者は「小塚明朝」や「新ゴ」で有名な小塚昌彦氏です。この書体は1970年代にタイプバンクが見出し用として制作した製品「コピータイプ」の一つです。
 コピータイプにはラインナップとして39書体が存在し、「ニューモンマル」「みやび」「ミヤケ・アロー」といった知名度のある書体も含まれています。これらの書体群がどの程度手動写植機に対応したかは不明ですが、「ピコ・カジュアル36」に関しては少なくともリョービ用のサブプレートが存在し、「TPC36」という書体コードが付されています。

 使用例は少数ではあるものの確認することができ、例えば『っポイ!』(やまざき貴子/白泉社)という漫画のコミックス18巻と22巻にその姿を見ることができます。下図のように、細身でカールした画線のデザインはまさにメルヘンの世界を体現したもので、絵本の本文などにぴったりだと思います(漫画の内容は『不思議の国のアリス』のパロディでした)。また、「す」「は」「ま」などは画線が大胆に省略されており、一度見たら忘れないぐらい目を引きつけます。

ピコ・カジュアル36使用例
吹き出しに使われているピコ・カジュアル36
(出典:やまざき貴子『っポイ!』18巻/白泉社/2001年

 おそらく「ピコ・カジュアル36」はこのまま写植の文字盤にのみ姿を遺し、そのタイプフェイス(書体のデザインそのもの)を見ることもできなくなってしまうことでしょう。独特な印象を持っているだけに惜しいですが、タイプフェイスの容れ物(金属活字、写植文字盤、データ等)が変化するにつれて生まれるたくさんの書体の陰で、このように消えてゆくであろう書体もあることを忘れてはなりません。

※来歴と発表年は朗文堂『写植綜合見本帳 VOL.5』(1985年初版)によるものです。

【管理人のコメント】

 私がこの書体を初めて見たのは、学生時代に書店で手に取ったレタリングの教則本でした。このなかなか真似できないくるんとした線が可愛らしくて、それでいてちょっと怪しげなデザインが気になっていたのですが、筆者がこの書体が使われているのを実際に確認できた印刷物は、本稿を初めて掲載した2004年12月7日の時点で2例しかありませんでした。それが上のレタリング教則本と漫画なのです。その後たまに使用例を見掛けることがありますが、ごく少ないことには変わりありません。
 もし現役で使っていらっしゃる方がいましたらこっそり教えてください。


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