書体のはなし 游ゴシック体

●字游工房 2008年

●DTP専用の本格派ゴシック体、ついに登場

●前身「こぶりなゴシック」誕生

 DTPの普及につれ、パーソナルコンピュータで使う書体への要求が次第に高まっていきました。その背景として2点が挙げられます。

 それまでの金属活字や写植では、原理上どうしても印字の際に輪郭が丸みを帯びるものでした。
 しかし、DTPで使用されるデジタルフォントは、文字の発生から印刷までに経る物理的な過程が少なく、商業印刷では書体の形状をほぼそのまま再現できるため、特にゴシック体の場合、角張ってとげとげしい輪郭に違和感を感じることがありました。

 もうひとつは、書体そのものに対する不満でした。
 DTP普及の初期から、写植機専用書体だったものをDTP用デジタルフォントに移植して販売されてきました。
 DTP用にデジタルフォント化された写植書体は、それまで使われてきた写植メーカー最大手「写研」のものではなく、写研書体が持つ上品で柔らかくやさしい印象とは異なる性質のデザインであるため、DTPで制作する印刷物に写植時代の印象を持った書体を使えない・存在しないという不満が解消されることはありませんでした。
 しかしながら、DTP用として新規に開発・発売されてきたゴシック体の殆どは、字面(級数に対して実際に印字される文字の大きさ)が大きく、懐(画線と画線との間にある隙間)が広く、幾何学的な形の輪郭を持ったものでした。印象としては、力強く明るいが表情に乏しく、やや冷たさを感じるものでした。

 そういった不満を受けて2002年に登場したのが「こぶりなゴシック」でした。
 凸版印刷が、写植時代に使われてきた書体の印象を持つゴシック体を自社の雑誌に使いたいと字游工房に打診、大日本スクリーン製造の協力のもと誕生した書体です。
 特筆すべきは仮名の美しさでした。平筆で描いたような輪郭、角の丸み処理。「游築五号仮名」を手本にしたという、仮名が本来持つやわらかで自然な骨格。字游工房は「ベーシックなゴシック体」を目指したといいます。本文でも見出しでも、それまでのDTP用ゴシック体が持ち得なかった気品を感じさせるものでした。
 また、「こぶりな」の名が表す通り字面率を低めにとったため、本文として組んだときに文字同士がくっついて見えるようなことがなく、文字毎の識別性に優れていました。これは当時組版の現場で要求が多かった“一律1H詰め”(亮月製作所は非推奨)に対応するためのものでした。
 発表からしばらくは凸版印刷専用書体でしたが、2006年2月10日に大日本スクリーン製造から一般発売され、じわりじわりと活躍の幅を広げていきました。2010年9月にはモリサワの年間ライセンス契約「MORISAWA PASSPORT」にこぶりなが加わり、普及の場を一気に得ることができました。

【管理人のコメント1】

 ここからは個人的な意見ですが、せっかく懐が狭い有機的な輪郭の仮名を作ったのに、懐の広い幾何学的な輪郭の漢字(ヒラギノ角ゴシック体ほぼそのままと思われる。輪郭の四隅がツンツンに尖っている!)と組み合わせてあるので、ミスマッチさ加減に「大きい級数では使えんな〜」と思って購入を見送っていました。混植をする場合は原則として漢字と仮名の印象を統一するものです。そういう意味では漢字はおまけだと思っています。


こぶりなゴシックと游ゴシック体を比較(画像クリックで拡大)
こぶりなゴシックはやわらかな輪郭の仮名を持っていますが、
一方で漢字の輪郭は尖っているのが判ります
游ゴシック体は漢字仮名とも輪郭がやわらかく統一された雰囲気です

●そして真打ち登場!

 字游工房は「こぶりな」の発表以前から、開発中だった「游明朝体」(2002年10月発売)と組み合わせて使うのに相応しいゴシック体を構想していました。

 長年の構想と開発の末、2008年1月15日に発売されたのが字游工房の「游ゴシック体L」「同H」です。まずは見出し用としてこの2ウェイトが登場しました。
 そして2009年4月13日、需要がより多いと思われる小見出し・本文・キャプション用途の「游ゴシック体M」「同B」が発売されました。長年不満を持たれていたこれらの用途に相応しい本格派書体の登場です。

石井太ゴシック体との比較
石井太ゴシック体と各書体を比較
游ゴシック体Bは、漢字がヒラギノに近い骨格を持ち、
仮名には字游工房のテイストが濃く現れているので
石井太ゴシック体とあまり似ていません

「游明朝体」の骨格を下敷きとして作られた仮名を持つ、字游工房初の漢字仮名が揃ったゴシック体です。
 デザインの特徴は「こぶりな」に準ずるもので、人間が描いたと思わせるような丸い輪郭のやさしい印象になっています。漢字は「ヒラギノ角ゴシック体」に近い骨格ですが、懐をやや絞り、エレメントに丸みを持たせて仮名との雰囲気の統一を図っています。
「游ゴシック体」と「こぶりなゴシック」とでは骨格が異なるため、受ける印象が若干違います。


こぶりなゴシックと游ゴシック体の骨格の違い
それぞれ基とした書体が違うため、
似た印象に感じても骨格が大きく異なる文字種があります
この字はこぶりながいい、この字は游ゴシック体がいいという風に
文字種毎に好みが分かれるかも……

 また、写植書体では標準的な処理である“角立て”(画線の両端の太さが中心よりも太くなるような曲線を描いている)もなされており、直線的で無機質になりがちな漢字の印象を和らげています(個人的には角立てはもう少し強弱があった方がよかったです)。


漢字・ひらがな・カタカナの“角立て”(ウェイトB)
ひらがな・カタカナに比べ、漢字は角立ての抑揚が控えめです
この級数だと画面上では殆ど見えません

 また「こぶりな」同様、字面率が低めにとってあり文字毎の識別性が高く、文字と文字との間に適度な空間ができることにより息苦しさのないゆったりとした版面になります。
 ウェイトMとBは長文ベタ組みの本文に最適となるよう設計され、なおかつ見出しでツメ組みをした場合は非常に美しい仕上がりとなります。
 2010年3月には残りのウェイトが発売され、ファミリーの完成を見ました。

【管理人のコメント2】

 2000年代後半になり、各社から写植書体を意識したデジタルフォントが発売され始めました。写研の「石井ゴシック体」にかなうものはない、そういった憧れのようなものがそうさせたのでしょうか。しかし、骨格を似せても輪郭の冷たさまでは解消されておらず、「石井〜」の系譜を継ぐ存在とまでは言えませんでした。
 そんな中で発売された「游ゴシック体」は完成度が非常に高く、癖がないオーソドックスなデザインです。だからこそ、ごく普遍的なものとして多くの人に愛され、DTP用ゴシック体の標準たる存在として永く使われていってほしい書体です。
 筆者はMとBが発売されてすぐに購入しました。DTPと関わるようになって十数年、ようやく現れた“本命書体”だったのです。

●ファミリー

書体名
発表年
游ゴシック体L 2008.1.15

游ゴシック体R

2010.3.25
游ゴシック体M 2009.4.13
游ゴシック体D 2010.3.25
游ゴシック体B 2009.4.13
游ゴシック体E 2010.3.25
游ゴシック体H 2008.1.15

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