2012.5.25(金)〜30(水)大阪DTPの勉強部屋主催
於:メビック扇町
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●「文字の食卓」展
「文字の食卓」展の全景。壁際にはサイトでの連載記事に加え書き下ろしの文章もあり、中央には“文字食”で取り上げられた書籍が読めるよう、ブックワゴンとテーブルセットが据えられている。
卓上には『くまの子ウーフ』『めぞん一刻』など、写植が彩った書籍が置かれているとともに、何か白いものがあることに気付いた。
食卓のオブジェ! テーブル一杯に料理が振る舞われ、豊潤で幸福な食卓の風景がそこにはあった。「文字の食卓」を読んでいて受ける印象と重なった。
ブックワゴンにはまだまだ沢山の書籍が収められていた。
“文字食”の感覚そのものの中にいるような感じ。何時間でも本を読んで長居していたいような、居心地のよい場所だった。
衝立には連載記事の文章と正木さんによるその書体のキャッチフレーズのようなものの印字、そして机には白い冊子が置かれている(内容は失念してしまった)。
正木さんほど写植の書体を解っている同年代の人を、私は他に知らない。
●現役稼働の強み
(写真は画像処理してあります)
文字食展を拝見し終えた頃、MC-6 の周りには人が集まっていた。何度もお会いしている方もいれば、元写植オペレータの方、写植を知らないで見に来た方など様々だった。現役で稼働する写植機が大勢の人に囲まれている様子は、何度見てもとても嬉しい。
来訪された方が実際に MC-6 を操作して好きな言葉を印字する。「なんでやねんDTP」の大石さんの丁寧なご指導のもと、写植機のあちこちを操作しながら印字が進んでいく。機械式の機種は動作の原理がひと目で分かるところがいい。
そして MC-6 の主ハンドル(シャッターレバー)が大石さんの手に渡ると、まるで現役でオペレータをされているかのように滑らかに操作され、機械の小気味良い動作音と歓声が会場に響いた。
(写真は一部画像処理してあります)
会場の隅にある仮設の暗室で宮地さんが現像。そして印画紙に現れたのは「アローRステンシル」と「見出明朝体MA31」。太い書体は印画紙に届く光量が多くなるため露光し過ぎて文字がぼけてしまったようだが、文字盤から文字を探し、多くの手順を経て印字されたものを見るといつも嬉しい気持ちになる。
●写植への思いのかたち
17時半となり、写植解説講座に向けて椅子が並べられる。
宮地さんの写植の歴史と書体についてのお話が始まった。写真植字機の発明、戦後の発展、文字組の洗練、様々な書体の誕生、そして衰退。宮地さんもかつて写植に携わられた方。写植への思いに胸が熱くなった。
引き続き、「文字の食卓」の正木さんが自己紹介。
子供の頃から、読んでいる文字の名前が何なのか知りたいと思い続けてきた正木さん。1990年代中盤にモリサワの書体をよく見掛けるようになったときの違和感と写研の書体が消えていった喪失感。そして、文字から受ける印象の違いは書体というもので、それぞれ全てに名前があることを知ったこと……。それが「文字の食卓」を始める動機だった……というようなお話だった。胸を打つとてもいいお話だったのに、詳しく思い出せず無念。
図らずも筆者もお話させていただくことになった。見学客としてこっそり来ていたつもりだったのでご辞退させていただこうと思ったが、たまたま正木さんの隣に座っていたからか「正木さんの隣にいてはるのが自宅に写植機を入れられた桂光亮月さんです。」と紹介されて話の流れ上断りきれず、どうして写植に魅せられたかを20分ほどお話させていただいた。
最後に、宮地さんのご厚意で、筆者が持参した『写植のうた』のシングルレコードをかけていただけることになった!
宮地さんがレコードジャケットを高く掲げると会場がどよめいた。「何とこの歌、石井社長もコーラスで歌ってはるんですよ。」どよめきと笑いが起こった。
そしてレコードプレイヤーで再生。……♪ドンドンドンドン、デデンデドドドン。ワウの効いたエレキギター、ハモンドオルガンと来て歌が始まった。「♪愛と言う字がある〜」。「意外と普通だ」「あの時代っぽい」と感想が聞こえてくる。そして「ぼくたちの人生は光と影の写植に似ている」といった希望と若さに溢れる曲は、何故か笑いを誘うことに……。B面は石井社長のコーラス入りということでこちらも再生していただいたが、お声が聞こえるような聞こえないような微妙な感じだった。しかし2回再生したことにより何となく覚えてしまう方が続出。妙な一体感が生まれた(笑)。
一部亮月写植室で写植の印字をした『写植のうた』の資料のパネルも展示していただけた。ありがとうございました……。
『写植のうた』による閉場後は、会場を移して懇親会と相成った。50人近くが一堂に会し、たいへん賑やかな時間であった。翌2時頃までその場に居た記憶がある。
●“文字食”に未来を見た。
大阪市内で宿泊し、翌日の開場時刻から再び会場へ。人は少なく、写真を撮ったり資料をじっくり読んだりして過ごさせていただいた。隣の部屋で開催していた「日本全国マチオモイ帖」展も時間をかけて見学し、出展者それぞれが思い入れのある街を表現した冊子群を楽しんだ。正木さんも観に来られて挨拶。今思えばじっくりお話させていただければよかった。
宮地さん達のお話によると、写植や書体を知らない若い方、特に女性の方が意外と多くこの「写植の時代展2」を訪れているようで、とりわけ「文字の食卓」展の評判がいいそうだ。高い感性を持つ正木さんが書体をどのように感じているかを表現した文章は、同世代の方の感覚と強く共鳴するところがあるのだという。
写真植字というと既に失われかけた技術で、「こうだった」ということを伝えることに偏りがちであるが、「文字の食卓」はそうではない。過去を俯瞰しつつも、書体に対して「今どう感じているか」を的確に表現している。正木さんの中に書体に対する類稀な感覚がある限り、今後新しい書体が登場し、あるいは生まれようとしている時、彼女の感覚と新書体には今までにない新たな作用が互いにもたらされるのではないか。うまく表現できないが、作り手と優れた読み手(感じ手)が出逢った時、より良いものが生まれるに違いないと私は確信した。
(写真は一部画像処理してあります)
17時半過ぎ、宮地さんによる写植解説講座。
心行くまで写植に浸ることができた2日間だった。主催の宮地さん、大石さんをはじめ会場でお世話になった皆様、本当にありがとうございました。
翌日は仕事だったので、講座が終わったら閉場を待たずして会場を後にした。これ以上居ると帰宅できなくなるので無理な話ではあるが、この場所にもっと居たいと思うような素晴らしい催しだった。無上の充実感があると言いたいところではあるが、そうとも言い切れず、そこに大切なものを忘れてきてしまったような心境でもあった。
【完】
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