2020年7月18日
於:岐阜県多治見市内 某印刷所
●こんな近くにレオンマックス!?
2020年6月、頂いたメールを読んでとても驚きました。
「岐阜県在住の○○と申します。印刷業を営んできた父が最近亡くなりましたが、父の自宅にリョービ印刷機器販売製レオンマックス-1型という写真植字機があります。私達には価値もなく、鉄屑として処分しようと思うのですが、もし欲しいという方がおられましたらお譲りします。そのような方はおられますでしょうか?」
リョービの「レオンマックス-1」型!?
写真植字の研究を始めて20年余り、リョービ製手動写植機の実機を見たのは1999年に取材した「レオンマックス-5V」が最初で最後だったのです(→写植レポート*写植屋さんに行こう参照。但しこの機種は記事に登場しません)。まして資料も殆どなく、1型はリョービ機初のマイコン搭載機だということ以外、何者なのか私には分かりません。
所有者様に写真を送っていただくと、見たこともない外観の写植機に気持ちが昂りました。
以上4点、所有者様提供 ※画像をクリックすると拡大します
リョービの写植機は納入時に写研・モリサワ・リョービの文字盤に対応した文字枠を選択して搭載できるのですが、この個体は文字枠の下にリョービ独自の「見出し板」が付いているもので、使用する文字盤も独自のもの、つまりリョービ書体専用のようです。いやぁ、この文字盤に対応した写植機は見たことがないです。果たしてこの個体の他に現存するのか……。
連絡を取り合っていくうちに更に驚きました。何と私が在住する所にほど近い、岐阜県多治見市内に写植機はあるとのこと! とても貴重な機種が近くにあるのなら、見に行かない理由はありません。譲渡先を募集するにも、まずは動作するかどうかを確かめなければなりません。そういった訳で、自分の時間が殆ど取れない中ではありますが、先方にも家人にも「30分だけお邪魔する」ということで日時を調整させていただき、訪問いたしました。
●家族の一員であるかのように
2020年7月18日(土曜日)。多治見市内で依頼主様ご夫妻と待ち合わせて印刷所へ伺いました。写植機は印刷所に隣接するお父様のご自宅にあるとのこと。築50年くらいと思われる住宅へお邪魔すると、お母様が玄関で座って出迎えてくださいました。恐縮しながら上がらせていただくと、居間にその写植機はありました。
※画像をクリックすると拡大します。一部画像処理しております
家族の一員であるかのように、テレビの横にレオンマックスは“いました”。この写植機がどのような存在だったのか、すぐに判りました。長年生活を共にしたのでしょう、本体の白かった部分はすっかり赤茶けています。
依頼主様とお母様にお話を伺いました。残念ながらお三方とも写植機を操作することはできませんが、その言葉の端々からこの写植機のことが伝わってきました。
「埃だらけですみません。15年くらいは使っていないですね。気付いた時にはもうこの機械がありましたからね、もう40年くらい前でしょうか。私が小学生の頃にはあった筈です。父がここに座って、何をしているのかは分かりませんでしたが、ガチャンガチャンと大きな音を立てていたので、『テレビの音が聞こえん!』なんて言っていましたよ。」と依頼主様。
「これは文字の写真を撮る機械で、昔はこれで打った文字を、版下という印刷の原稿に貼り込んで、版を作って、印刷していたんですよ。」と写植機のあらましについて説明すると、
「ああ、『版下』! 久し振りに聞いた! 版下、版下言っていました。懐かしいです。」
お父様のお仕事ぶりは、ご家族もよく分かっておられたようです。
●生きてますよ、この写植機!
事前に「電源は入る」と伺っていたので、どの程度動作するのか確認することにしました。とは言ってもリョービの手動写植機を触るのは初めてです。写植機なら動作の原理は変わらない筈なので、本体をよく観察してどのボタンが何の機能なのかを把握し、基本的な所から少しずつ手をつけていきます。
※以下、ボタンやスイッチ、ダイヤル等の正式名称は資料がなく不明な為、本体に記載されている名称と写研の機種での名称を元に筆者の独断で記載しています。
本体左側には、カウンター、光量調整ダイヤル、光量降下選択ダイヤル、光量降下量ダイヤルがある。
本体中央にはファインダー、変形レンズ、主レンズ、その左に普通印字⇔ケイ線選択ダイヤル、その下にパイロットランプ、右側には横方向ダイヤルインジケータと印字位置(座標)を示すLED数字表示パネルがある。座標の最小単位は0.5H。
※画像をクリックすると拡大します
本体右側は操作パネルになっていて、文字組などに必要なスイッチやダイヤルが配置されている。数値は全てダイヤルで設定する。
左上上段から右へ、横方向ダイヤルインジケータ、ベタ送り・自動復改・連続印字・ケイ線・点示スイッチ。
その下にジャスティファイ(JUST)・欧文/ツメ設定・微調ツメ量ダイヤル。
その右の青い頭のダイヤルが縦方向×10H・×1H・任意歯送り。
赤い頭のダイヤルが横方向×10H・×1H・任意歯送り。
その下の左から印字位置LED表示パネル、原点リセット・倍数/歯数切替スイッチ。
その右は座標記憶/呼び出しスイッチの縦横0〜5番地とTABがある。
これだけ機能が揃っていれば、写植組版で行う組み方に十分対応できそうだ。
本体の右下にある電源スイッチを押すと、赤色のパイロットランプが灯り、ファンが回る音がしました。まずは、通電しました。
電源スイッチとサービスコンセント
続いて右手手元の印字キーとキーボード周りです。
印字キーとキーボード ※画像をクリックすると拡大します
写研の PAVO 型では本体から出っ張った舌状のものが印字キーですが、本機では腕を置く台で、印字キーは3つ並んだ灰色のボタンのうち手前の大きなものです。その奥左がシャッターボタン、右が空送りボタンです。印字キーを押すと「カシャン、カシャン」と動作する音が聞こえました。
印字キーの右側にある横へ5個、2列のボタンが送りボタンです。上の列が縦方向、下の列が横方向で、それぞれ左から全角、半角、任意歯送り、1/2歯、フリーラン(ボタンを押している間だけ印字位置が移動する)です。その上の白いスイッチが縦横組方向切替、青いスイッチが上下送り方向切替、朱色のスイッチが左右送り方向切替です。縦横組方向切替スイッチの左側のある小さなスイッチは文字枠の固定/解除のためのものです。
送りボタンを押してみました。
→ボタン操作の様子(MOV形式、27.5MB)
本体やボタンが赤茶けているので機械内部も同じ状況(ねちゃねちゃ)だろうと考え、動作は望めないと思っていたのですが、全てのボタン操作に小気味よく反応しました!「トットットッ、ウオーン」という静かで軽快な音です。ボタンを押すと、印字位置を示すダイヤルインジケータが回り、点示板が動き、座標を表示するLED数字も変化しました。
各地に伺い、眠っていた写植機の動作確認をしてみて機能することが判った時の喜びは格別のものです。
点示板
縦方向ダイヤルインジケータ
→点示板移動の様子(MOV形式、12MB)
→ダイヤルインジケータ動作の様子(MOV形式、7.9MB)
続いて光学系を確認しました。
→ファインダー動作の様子(MOV形式、6.1MB)
ファインダーのノブを引っ張るとスルリと鮮明な文字が現れ、光源ランプが点灯していることと主レンズほか光の通り道を阻害するものはないことが判りました。
変形レンズ選択時 ※画像をクリックすると拡大します
主レンズはレバーを引きながら手動でターレットを回してQ数を変更する方式です。7Qから100Qまで、全てのレンズが光を通していることが確認できました。変形レンズも同様でした。変形の角度は所定の位置にクリックストップが付いているのですが、連続的に変化させることができました。
→主レンズ動作の様子(MOV形式、29.3MB)
→変形レンズ動作の様子(MOV形式、17MB)
文字枠を移動させるとジャリジャリ、キシキシとスチールボールの潤滑油が足りない音を立てていましたが、それ以外は特段問題のない状態でした。
→文字枠移動の様子(MOV形式、30.4MB)
文字枠と見出し板
文字枠には逆三角のカーソルが付いていて、下にある銀色の見出し板の文字を指すようになっている。そのため、文字盤にある文字を直接見て採字する必要がない。つまり見出し板で採字すればよいため、視認性が良く、目の疲れも少ない。見出し板の文字は裏文字ではなく表文字(読める向き)なので、文字を反転して考えなくてよく、採字の速度向上に貢献していたと思われる。
見出し板 メイン ※画像をクリックすると拡大します
見出し板 サブ ※画像をクリックすると拡大します
一通り見たところ、この写植機は問題なく動作し、軽微な整備と清掃さえすれば印字できそうに感じました。無理に電動化するのではなく、送りなど繊細な制御が必要な部分以外は機械式のままにしたことで電気的な故障が少なく、電動式よりも寿命が長くなったのかもしれません。
しかし、このままでは絶対に印字できないことに気付いてしまいました。
点示板は素通しになっていて、そのすぐ下にマガジンを装着する。
点示板の裏にある筈の、印画紙を収めておく為のマガジンがなかったのです。これでは印字はできません。
「ここにある筈の把手が付いた箱はお持ちでないですか? 例えば暗室に置いてあるとか……。それに印画紙を巻いて、写植機に装着しておくんです。シャッターを切る度に文字が印画紙に写る、つまりは文字の写真を写すのですが……。」
するとお母様、「印画紙も暗室も懐かしい言葉やね。思い出した! 捜してくるでね。」と、印刷所にある暗室まで捜しに行ってくださいました。
……数分後、お母様が戻って来られました。
マガジン
マガジンの内部
ドラムに印画紙を巻き付けてから写植機に装着する。
「あったよ。これでしょ? お父さんがこれ持っちゃあ暗室に入っとったのを思い出した。あなたが来てくださったお蔭で、色々思い出すわ。」
「そうそう、これです! よく残ってましたね。これで印字できます! 生きてますよ、この写植機!」
印字の要であるマガジンが無事本体のもとに戻り、装着した状態でマガジンが操作に連動することを確認できました。
文字盤も沢山ありました。
本体左袖にはメインプレートを収める。
本体右袖にはサブプレートを収める。
画像をクリックすると拡大します
画像をクリックするととても拡大します(1.2MBあります)
メインプレート
リョービ独自の4ミリピッチ。写研やモリサワよりも小さめの集合文字盤。縦横30cm程度。
細明朝、太明朝、太ゴシック、特太ゴシック、モトヤゴシックG4、シリウス-B、ナウGU、楷書、ほか2枚(本体に装着され埃をかぶっていたため不明)があった。
サブプレート
リョービ独自の4ミリピッチの小さめの文字盤。写研のスタンダード文字盤より二回り小さい。写研風の金属の枠に収められたものもあった。三級漢字、記号、欧文があった。
「嬉しいねぇ、これだけ調べてもらえるのは。お父さんずっとこっち見とるよ。」とお母様。先程「写植機は生きてますよ」と思わず言ってしまっただけに、熱いものが込み上げそうになりました。
●「街の印刷屋さん」のすがた
お父様が長年切り盛りしてこられた印刷所も見学させていただきました。木造平屋で土間コンクリート打ちの建物。木製の引き戸から入ります。
※画像をクリックすると拡大します
光文堂の活版印刷機(昭和45年3月製造)
「50年くらい前やったかね、お父さんが何もないところから始めたんですよ。仕事をして稼いでは少しずつ印刷機を入れていったんです。」とお母様。右肩上がりの時代に合わせて、街の印刷屋さんへも沢山仕事が来たことでしょう。室内には所狭しと活版印刷機や活字、オフセット印刷の機材が置かれ、次の仕事を待っているかのようでした。
金属活字を収めておく馬棚や植字台、トレース台もありました。
盛功社の裁断機(昭和37年10月製造)
「これは裁断機。大きい包丁がまだ残っているから使えますよ。」
「これは製本機。針金をセットしておいて、紙の束を台の上に置いて綴じるんです。うちはチラシでも本でも、何でもやっていましたね。」
オフセット印刷機「Fuji-Offset-58」
最大580×400mmの用紙に印刷できる。
「大きいでしょ。大き過ぎてね、歳とってからは上の方をかまうのが大変やで、あんまり使わんかったね。小さい方ばっかり。」
オフセット印刷機「リョービ3200CD」
「これは最近まで使っとったね。よう稼いでくれた。」
よく整備されて綺麗な状態の印刷機を見て、お父様の印刷への真摯な姿勢と誇りを感じました。お母様の「よう稼いでくれた」という言葉から、この印刷機と一緒にやってきたんだという愛情と愛着、そして労いを感じました。長年苦楽を共にしてきた印刷機や写植機たちもまた、家族のような存在だったのだろうと思います。
●写植機の数だけその記憶がある
初めて見た写植機や、現役時代はきっと入らせてもらえなかっただろう印刷所の様子に心惹かれ、またお話も楽しく、約束の30分をすっかり過ぎてしまいました。
「おとうさんの写植機」の前にたまたま座ることになった私ですが、それがきっかけになってあの頃を思い出したり、心を癒したりしていただけたようで、私も嬉しく思います。
写植機をただ取材するだけでなく、その家族にとっての写植や家業とは何であるかを何気ない言葉の中から見付けることができました。厳しく辛い時代もあったかもしれません。しかし主(あるじ)が旅立たれた今、あたたかく振り返ることができるものも沢山ありました。写植機は日々の暮らしを支え、苦楽を共にし、心に深く刻まれていたのです。写植機の数だけ、その記憶があるのです。
【完】
●レオンマックス-1の主な仕様
※リョービイマジクス「TOTAL PRINTING SYSTEM 製品案内」カタログより
寸法 |
幅1180×奥行780×高さ940mm |
質量 |
280kg(含、机・椅子) |
所要床面積 |
幅1500×奥行780mm |
機械内容 |
主レンズ |
7〜100Q、24本 |
変形レンズ |
4種(No.1〜4) |
文字枠収容文字盤 |
2書体+サブ6枚 |
収容感材寸法 |
305×330mm |
ファインダー |
あり |
電源、光源 |
AC100V 50/60Hz 5A 消費電力500W 白熱電灯 |
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