写植機おもいで40年

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●捨てられない写植機

 写植機との対面を果たし、再び1階に戻ってお話を伺った。
H 機械の事は言ってください。場所さえ工面してもらえれば。
 ……勿体ないよね。考えてもみればさ、うちの若い子に言わせると、「カスじゃない?」っていう子もいるね。
亮 耐えられないですよね。
H 確かにそうだろうね、言われてみれば。
 だけど特にね、自分で関わったものっていうのはやっぱりいつまで経ってもね。
的 思いもあるでしょうし、実際あれを大枚叩いて買われてる訳ですし。
H そうなんですよ。だからね、結局ほかれないんですよ。お恥ずかしい話、あのガラクタ整理してね、処分しなくちゃいかん部分とそうじゃない部分……あればプライベートなものが殆どですけど、子供のね、ぬいぐるみとか小学校や幼稚園の、特に「パパへ」とか書いてありますね。あれもね、ダメなんですよ。だからね、あれだけあって女房に言わせると、「お父さん大概にしてください」って言うんだけど、うちの車庫にもまだあるんですよ。で、ついついね、「こいつはこっちに置いてこいつはこっちで、こいつはほかるもの」ってやるけどないんだわ、ほかるの(一同笑)。いつまでかかるのか分からんけど困っとるんですわ。
 まあね、昔はこのビルに20人か30人ぐらい居たのよ、ついつい数年前まで。コンピュータに変わったり色々して、必要なくなっちゃったもんですから。昔描いてたんですよ、版下も何も。で、写植打って、切って貼ってね。だから製図板は要るわね。大変だったけど今は画面でこんなもんじゃないですか。人もやっぱり仰った、機械が新しくなると古い機械使ってた人はっていう話、胸にグサグサって来た(笑)。いやホントに。かなり反省した。
的 私もA校のデザイン科だったんですけど、版下・写植でやるんだよって習ったんですよ。写研の写植機で文字は打ったりして、切り貼りしてたんですけど、社会に出たら「Macだよ」って言われて、MacなんだけどMacで版下を作ってやるんだよみたいな話で、写研の文字の方がいいなと思ったり、写植屋さんですとか製版会社さんとか殆どなくなってきている時期だったもんですから、聞くにも聞けない。分かる人がいなくて、東京の方では写研の文字が使われてるっていう状況があって、東京に行っても勿論聞く人はいないですし……今だと研究してるみたいな事で行くことはできるんですけど、そういう思いがありまして。
H デザインも昔は我々のような外注デザイン事務所が多かって、そういう所で色々仕事をやってもらってたんですよ。職人仕事みたいな。ところが今はMacが入って、Macが出てくれたお陰で職人の仕事が皆飛んじゃったのね。
亮 誰でも出来るようになっちゃいましたもんね。
H だから“一億総デザイナー”ですよね、今は。
的 みたいなことを言われる方がいますよね。実際は出来ないんですけど。
H でもどっかの専門学校、ちょっと絵が好きだなーっていう子が専門学校に行って出て来てデザイナーになって、そこそこのものが出来ちゃうようになりましたよね。だから食っていけない所なんですよ、巷は(笑)。
的 グラフィックデザイナーは極端に減ってますね。
 大学とか専門学校っていうのは教えるのがグラフィック中心なんですよ。それでどうなってるかというと、コンピュータを教える先生を入れて、Webデザインみたいなものをやって、“マルチメディア”みたいな事をやってますけど、教える先生が絵なんで、やっぱり印刷が疎いんでWebなのかなと思いますねぇ。
H 5年ちょっと前ぐらいからおかしくなってきたよね、こういう業界が。
 仰るみたいにね、写植打ってた人間が必要なくなってくるわ、トレースとか諸々してたデザイン……Macが使えないと仕事にならない。なかなかね、Macに関わっていけない。速いですもんね、今まで自分がやってきたやり方の方が。訳の分からんパソコンでさ、一から覚えて使ってね。
的 計算が遅いだとかエラーが出るとかっていう事はないですからね、描けば。
H 結局仕事を変えていく。全然別個のね。この業界から足洗いますっていう人多かったねぇ。
 特に男の人は可哀想だったね。女の子はええやな、嫁に行けばいいからね(笑)。ちょこちょこ遊びに来るよね、前いた子ん達が。
 時代が変わったもんでね、特に写植に関わってた連中っていうのは時代に乗り遅れた。Macやとか新しい機械に乗り遅れたっていうのが多いね。
 僕の友人でも写植屋やってたのが何人かいたよ。皆だけど潰れちゃったなぁ。極端すぎますもん、一時は花形でさぁ、変な話ですけどもね、言葉悪いですけど、ぼったくりの部分もありましたもんねぇ(笑)。
的 「写植をやってポルシェに乗ってた」みたいな話は聞きますもんね。
亮 「写植でビル建てた」ですとか。
H 信じられんよ。そういう時代もあったし。そういう連中はみんな潰れちゃったね。地道に色々やってる人は関わり合って残ってる。写植もやるけどこれもやる。ただ、一番の難しいのは、機械が壊れたとき。あとの補充が利かない。新しい機械を買ったとしてもペイできない。出てっちゃう方が多いね。
的 電算写植を入れた所はすぐ立ち行かなくなったっていう話が。
H ありますね。すごく高かったですもんね。
 うちもイメージセッターがあるんですけど、一時はフィルム出力を結構ね。
的 Macに繋いでっていう事ですか?
H うん。今でもありますけど、普通の印刷用のは本当に少ないですよ。近場の印刷屋さん個人でやってらっしゃる所が「ネガください」って持ってみえるぐらい。あとは試作用のやつばっかりだもんね。シルク印刷用のポジフィルムぐらい。あとないですよ。
的 製版会社さんって割と残ってたんですけど、これからやばいですね。
H 大手の印刷会社は皆自家設備を持ってるからね。元々ありますからね。効率もいいからね。
的 やはり核になるリーダーみたいな人を引き継いで残してないと逆に効率は悪くなりますもんね。お客さんが何を求めているかが分からなくなっちゃうっていう。
H それはありますね。うちでもね、こんなちっこい所でセッター入れるのって1億ぐらいかかったのかな。僕はね、最初セッター入れるとき「こうこうこうやで欲しい」って(部下が)言うもんで、「いいねー、そんな便利なら入れたら?」って言ったのが間違いの元でね、あれは箱だけだったんだね。中にね、文字(フォント)を入れなかんわで、それが倍かかっちゃった。たーかいの。びっくりしちゃった。倍ぐらいになっちゃった。5千万くらいのが1億になっちゃった。慌てたですよ。僕こんな事言ってちゃあかんですけど。よくそちらの分野知らないもんですから、まさか“弁当箱”だけでね、中全部入ってフル装備のつもりだったから、「おういいよ」って話して、銀行行って。で、「間違いでした。やっぱり倍かかりますんで何とかお願いします」って。
 割と短かったですよね、フィルム出す時代は。最初は結構ありましたけど、その期間は短かったですね。だから、出力センターも何社か……あんまりないんじゃないかな。それと大型カラープリンターでお世話になったりしてやってますけどね。あれも段々と機械が大きくなって、いい機械が出来て。自分ん所で持つようになったよね。

→つづく


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