亮月写植室

テレビと写植
2008年7月、2011年9月、2013年、2018年7月


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●写研システムとの訣別

 Aさんはテロメイヤへの思いを語ってくださいました。
「とはいえ、作業している私たちにはそれなりに愛着もありました。
 トロいならトロいなり、融通が利かないならそれなりに、考えながら作業効率を上げるために色々考え努力しながら使い続けてきたわけです。
 しかし、放送局のテロップ・CGシステムを更新するにあたり、テロメイヤを核とした旧システムでは、まとめて言えばコストの割に拡張性がないこと(テロメイヤだけでは実際の放送に繋げられず、別メーカーの静止画ファイル装置と組み合わせる必要があり、その分導入や維持コストがかかっていた)と画角がHDに対応していないため品質にかなりの難がある(アップコンバートによる画質の劣化、2000年代以降顕著なPCソフトとの連携など)ことがネックとなって、およそ20年近く写研の機材を中心に構成してきたシステムと訣別することになってしまったわけです。
 第三者のいわゆる“オタク”の皆さんからは、各局のテロップで使用される書体が、写研書体からパソコンフォントへと次々に変更していく状況について、批判や苦言を多く出されているようですが(2008年取材当時)、私達だって書体がPCに開放されていれば、写研書体を使い続けたかったです。『ゴナは綺麗だ』なんて漠然と見てるだけならいいですが、実際に作成に携わればいかに苦労を強いられていたか分かるだろう……などと、けんか腰気味になります(笑)。」

 写研の書体をテレビ画面で見続けたい。そういった(一部の)視聴者の思いは確かにありました。筆者もその一人でした。しかし写研のテロップ作成システムは既に時代遅れの仕様となっており、書体を捨ててでもより利便性が高くコストも低く抑えられる他社のシステムを導入するのは一営利企業としては当然の選択です。写研が自身の首を絞めることになったと言うこともできると思います。

「正直、現状に満足している訳ではなく、他に使い勝手が良いフォントがあればそちらを使いたい、そちらに乗り換えたいという思いはあります。しかし、様々なしがらみや金銭的都合の前には、なかなかできないことが多いのです。
『使いたくても使えない』ところからスタートして今や『写研書体はよく知らない』世代が多くなっているという現実があるんですよね……。
 私達放送業務用として、写研書体を使うことはもう現実的に不可能に近いです。
 テロメイヤを保持しているNHKにおいても、その寿命は長くないみたいです*
 紙焼きで作成したテロップをかけられる『オペーク装置』自体がスタジオ(副調整室=サブ)から全廃されていますし、編集室でもかなりの勢いで廃止されていっていますから、例え街の写植屋さんに紙焼きで作成してもらっても、それを映像にのせられない訳ですね。」

 こうして“テロメイヤの時代”は終焉を迎え、写研の書体はテレビから消えてゆくことになったのです。

*テロメイヤの消息 2008年現在。2011年時点では東京など一部にまだ残存し稼働しているものの、大半が他社機材に更新済みとのことだった。2015年頃までは某アニメで使われていたとの情報もあり(資料がなく未確認)。2018年現在は……?

●質疑応答

 テロップ送出の現場に長く携ってこられたAさん。折角の機会なので具体的なことについて質問させていただきました。
(※取材が2008年と2011年に行われているため、質疑によっては現状を反映していないものもあります。ご了承ください。)

●テロップ用写植機での文字の大きさの単位は印刷用の写植機と同じ「Q」だと思いますが、「スピカテロップ」では1Q=0.5mm と聞いたことがあります。
 文字を紙焼きではなく直接画面に送出するとき、テレビ画面は色々な大きさがありますが、どのようにQ数を指定しているのでしょうか?(14型テレビで2cmに見えたら100Q、とか)

 テロメイヤでの単位は当然写研製なので、写植のそれと同じでした。Q数歯数でやっていました。スピカでの写植単位はテロメイヤに踏襲されていましたので、そちらも同じでしたね。
 大きさの基準は、あくまで手動機の原寸大に合わされていたようですね。テロップカードは写真のL判大と聞いたことがありますので、それが正しければ、L判大の原寸大をテロメイヤの作成画面上でも踏襲されていたと言うことになります。(感熱紙プリンタから原寸大のテロップカードが出力できましたので、そういう意味でもテレビ用写植機という位置づけを写研は厳格に守っていたと言うことではないかとも思えます。)

【筆者補足】
 2018年2月に入手したスピカテロップのパンフレット(写し)によると、写研のテロップ用写植機の文字・送りの大きさの最小単位は0.5mmで、これをテレビ用の単位「QT」としていました(これを現場では「Q」と呼んでいたということでしょう)。

●2000年代(ゼロ年代)前半、ある情報番組に登場していたスタジオのマルチ画面では Windows のウィンドウらしきものの中に写研の書体が映されていましたが、あれもテロメイヤによるものと考えてよろしいでしょうか?

はなまるマーケットのマルチ画面

 そうですね。テロメイヤで作成した文字を作画機(ペインター)に取り込みペインター側で画像を作成したものと思われます。

●ハイビジョン放送はNHKのものしか見たことがありません(2008年取材当時)が、写研の書体が画面の両端(4:3の枠の外)に字幕を置けない状態になっているものはHD未対応のテロメイヤによる文字を見ていることになるのでしょうか?

 テロメイヤで作成されたものについては、ほぼその通りだと思います。
「C」はHDをまったく考慮に入れてない(というか、HDの話が具体的になる前に設計された)ので、これで作成されたものは、画角4:3のSD品質ということになります。
「C1」はSD画質のもの(HD向けにはアップコンバート対応)と、HD画質に対応していた「C1-HD」の2種類がありましたので、16:9フルに文字が出せているものは、「C1」か「C1-HD」で作成されたものでしょう。
 ただし、紙焼きテロップ(テロップ用写植機で作成されたもの)をHD番組の制作で使用していた時期もあると聞いているので、その場合はオペークも含めSD用の機材をHDに流用したと思われます。

 もともと、NHKに導入されたテロメイヤは「C」のNHK仕様(搭載書体がCフォントではなくタショニムフォントだった)が東京に30台近くあり、それが全部ではないにせよある程度は現役で活躍しているそうです(2008年取材当時)。
 質問の範囲では、この「C」で作成されたものが該当すると思われます。もちろん「C1/C1-HD」で作成されたものは画角16:9フルでも出力されていると思います。

●TBSの提供クレジットで使われている「提供」の文字は石井太ゴシック体ですよね。あの「提供」の文字はどのように出しているのでしょうか。

 簡単に言えば、「提供」の文字部分は、作画機に取り込まれていると思います。どの局も同じだと思いますが、「提供クレジット」であるとか「字幕」「二カ国語」などのいわゆる「決まりもの」は最初に基本となるテンプレート的なものをあらかじめ作成しておくのです。
 提供クレジットに関しては、そのテンプレート的なものに「提供」の文字も取り込まれていると思います。画像化しておくことで、機材が更新されたり、機材はそのままでも作成ソフトが更新されたりという場合でも、見た目のイメージをあまり変えずに使い回せますからね。

●写研の書体を使ってきたような局であっても、番組によっては平成角ゴシック/明朝体が使われるなど、「えっ?」と思うような書体も見られますが、書体の指定は誰がどのようにしているのでしょうか?

 テロップの作成は私たちを含め、放送局内のセクションのみで行われているわけではありません。
 制作系のバラエティやドラマ、歌番組などは当然外部の編集所で編集作業を行うケースが多いため、その編集所に備え付けられている機材(いわゆる簡易テロッパー)でADや専属スタッフが作成したり、外部のテロップ作成業者に作成を依頼することがほとんどです。

 それをまず覚えておいていただきたいのですが、書体の指定は担当のディレクターが行います。
 たまに「おまかせで」というケースもありますが、それ以外は大抵ディレクターの指示によります。それぞれの番組で「基本はこの書体」と決まっているようですが、それにプラスαで別の書体もセレクトということが殆どなんです。
 あとは、ディレクターが使いたい書体が編集室備え付けのテロッパーになかったり、外部の作成業者が持っていない書体だった場合、それに近いものなどで代用するというケースも多くあります。

●「テロップの作成はアルバイトやADがやっている(から誤字が多い)」という噂を聞いたことがありますが、実際には、過去から現在において主にどのような人がテロップ作成に携わってきたのでしょうか。
 Aさんのような専門の方がやはり多いのですか?

 上で答えたことと重なりますが、制作系などのパッケージ番組だけではなく、情報系番組で流される一部の企画VTR中のスーパーは、編集室でディレクター本人やADが打ち込んでいるケースもあります。
 現在のようなテロッパーが一般的になるまでは、私たちのような専門業者が作るケースがほとんどでしたが、都内では個人経営の写植業者がテレビテロップに目を付けて、専門業者がカバーしきれない部分(深夜の編集中にテロップが必要となった場合など)を補っていたという話も後に耳にはしました。
 余談ですが、番組によってはそういう個人業者にすら依頼せず、ワープロで文字を打ち、印字した紙を白黒反転コピーしてテロップカード化した上でオペークにかけ、編集機材を駆使して何とかテロップに仕上げた…なんていう「猛者」もいます。当然その場合は番組のADが文字を打ち込むので、誤字や誤記のリスクはありますよね。

 少なくとも在京キー局のテロップ・CGシステムには辞書ソフトと連携した自動校閲システムも組み込まれてあるので、ある程度の誤字脱字は機械的に指摘し、間違いを正せますが、外部の編集室やテロップ業者にはそういうものが存在しません。また局によって表記の基準なども一部食い違うという現状があります。
 複数の局の番組を担当することの多いディレクターやAD、外部業者には特にその点における知識がありませんので、それが結果的に誤字脱字の原因になっている側面は確かにあります。
 考えてみたら1990年代末以降、テロッパーは急速に廉価化、高性能化が進みました。その結果として専門業者の淘汰が進み、専門技術の退化という流れも進んだような気がします。
 テレビにおける写植=テロップは、それを発注する人、それを作成する人の“国語力”を如実に表していて、今まではそれを専門業者がカバーしていましたが、その構図がかなり崩れ、作り手の“国語力”がそのままノーチェックで放送に出されてしまうという皮肉な結果に繋がっています。
 私たち“専門業者”は、常に新聞を読んだり他局のオンエアもチェックしつつ、ある程度の知識=国語力を身につける努力をしています。
 でも、人間個々に興味や関心の範囲や方向性は違いますから(もちろん、“専門業者”の私たちにも変換ミスや原稿読み間違いによる誤字などを起こすことはあり得ますが)、そういう部分を辞書ソフトや自動校閲システムが埋めてくれているというのも、現実ではあります。

●ここ数年(2008年取材当時)でどこのテレビ局も字幕のQ数がかなり小さくなっているように感じています。また、そういう文字でも二重三重の色フチが付けられていたりして4:3の地上波アナログ放送のテレビでは非常に読みにくいのですが(2008年取材当時)、ハイビジョンに合わせてレイアウトやQ数指定をしているのでしょうか?

 確かに文字サイズは小さめになっています。地デジ開始前の在京キー局では、写植換算で24Qが標準的だったと聞いていますが、局によっては26Qとか28Qとか、場合によっては32Qを標準にしているところもあったと聞きます(テロメイヤでは1Q単位での指定が可能だった)。
 現在は、それを踏襲した(現在の文字サイズ単位は機材の都合上ピクセルになりました)大きさでやっています。
 テレビの大型化と地デジによる画質向上とも無関係とはいえませんが、嫌がらせということはないですよ(笑)。
 文字への縁取りなどは、ディレクターの好みや趣味がかなり反映されているようですね。ただ、色彩のTPOとか、カラーレベルとの兼ね合いを考えると、とても指示通りには作成できないケースも結構ありますので、その場合は作成者判断で修正することもあります。
 私たちはアナログで見ている視聴者も考慮に入れて、縁取りを比較的厚めに設定していますがそれでも見づらいケースはあるみたいです(2008年取材当時)。

●取材を終えて

「亮月さんは写研の書体と機材にたいへんな愛着をもっておられます。
 私も写研の書体は均整が取れているものや、和文と英数の天地がキチンと調整されているものが多いことから、その点で好きでした。いまでも使えるなら使いたいです。
 そんな方だから、普段知ることのない“テレビ写植の現状”という意味で話を聞いていただきたいなと思った訳です。」

 関東からはるばる亮月写植室にお越しくださったAさん。テロップや写研文字への想いから現行のテロップ用書体が生まれた背景、一般パーソナルコンピュータ用の好きな新書体、今後の希望や裏事情等に至るまで熱く語ってくださり、気付けば3時間ほど経っていました。本当にありがとうございました。
 筆者もテロップ用に使われてきた写植機や送出システムについては殆ど知らなかったため、今回の2回に亘る取材は非常に勉強になるものでした。話しにくい現場の状況をぎりぎりの範囲でお答えくださり、かつての“テレビ写植”の姿や実際の運用状況等を知ることができました。
 2007年にTBSが写研のテロップシステムを廃止した際は「なぜ写研書体のテロップを辞めてしまったのだろう」などと残念に思うばかりでしたが、その背景にはテレビ写植の歴史とそれに起因した制約があり、現役の時から既に大変な現場の苦労があったのだと知り、こうして本稿をまとめるに至りました。

 テロップ制作も写真植字と同様、高価な専用機と高度な技術を備えた人を必要とした非常に専門的な業種でした。しかし1990年代以降、技術の進歩により比較的安価で汎用的な機材を開発することができるようになり、また拡張性や将来性も飛躍的に向上しました。テロップ制作の現場にとってそれは前進ですが、「誰でも一応できてしまう」という危険を孕んでいます。視聴者が「退化」を目にする場面も残念ながらあります。
 その中でAさんは誇りと愛情を持って、より良いテロップ制作のため最前線におられます。この2回の取材以外にも沢山のおたよりを頂き、何度かお会いしています。その中でも本稿に書ききれないほど沢山の思いを持ち、新たな動向を常にチェックし、行動されていることを伺いました。機材や書体が変わっても、テロップ制作の本質が変わることはありません。誰でもできるような条件が揃っているだけで、決してそうではない。そのことをお話からひしひしと感じました。

 取材を行った2011年の7月には写研が「フォント開放の試み」として一般用のパーソナルコンピュータへのフォント提供を示唆しました。今後電子テロッパーに写研書体が導入される可能性がないとは言えませんが、その後進捗状況を広く知らされたことはありません。
 2018年現在、テレビ放送で写植(写研)の書体が見られるのはTBS送出の全国ネット向け「提供」「字幕」(但し画像として)のみとなりました。
 いずれにしても、写植機メーカーの専用システムによる“テレビ写植”の時代は完全に終焉を迎えました。テロップ業界の規模や特殊さ故、手動写植機のように僅かな機械が生き残るとは思えません。
 今回の取材を通じ、微力ではありますがそれらが生きていた時代を記録することができたと思います。

 半世紀に亘りお茶の間を彩ってくれた“テレビ写植”に感謝と哀悼の意を込めて。

【完】


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