書体のはなし 石井細明朝体横組み用かな

●写研/橋本和夫 1970年

●写植時代の本文用仮名書体

「活字よさようなら、写真植字よこんにちは」という言葉がスローガンのように使われた1960年代後半から1970年代にかけて、省スペース・低コスト・習熟の速さといった写真植字の利点が注目され、活版印刷の独擅場だった本文印字を写真植字へと切り換えていく気運が大きく高まっていました。
 写真植字機メーカーもその需要に応え、電子計算機と文字円盤を用いて自動的に光学的な印字をする自動写植機の開発に精力的に取り組んでいました。(→参考:写植レポート・電算写植はこうしてできた
 自動写植機システムのみならず、それに相応しい書体の開発も並行して行われ、書籍の本文印字向けに既存の新聞書体や活字書体を中心として文字盤化されました。

 当時の写研の本文用明朝体としては「石井細明朝体」(LM-NKS:1951年、LM-NKL:1955年)がありましたが、仮名は縦長や横長の文字があるなど本来の形を活かした楷書的なデザインであり、画線の太さや輪郭に筆書きのような繊細な変化があります。そのため、小Q数の書籍の本文に使うと「字間の不揃いや天地のバラツキ」*があったり画線が飛んだりして、写研としては石井細明朝体は必ずしも本文印字に最適とは言えない面(写研は「組版体裁上の欠点」と表現)があると考えられていました。
 そういった課題を抱える中、自動写植機「SAPTON-P」(1968年発表)を導入したダイヤモンド社から「横組みに適する書体を」と要望された写研は、石井細明朝体の漢字に合う新たな仮名としてこの書体を発表しました。元々は橋本和夫氏が1969年のレタリング年鑑に応募して入選した作品でした(→今田欣一さん『文字の厨房』の「[偉人伝]第2回 石井明朝体とみっつの和字書体」を参照)。
 これら横組み用・縦組み用かなはダイヤモンド社の雑誌は勿論のこと、各種書籍の本文に使用されました。

*字間の不揃いや天地のバラツキを組版体裁上の欠点とすること
写真植字機研究所『写研』No.19/1970年5月20日発行 p.38より。当時の写研としては、漢字と仮名、仮名同士の並びが均質である方が読みやすいと考えていたためこのような書体を発表しました。しかし、佐藤敬之輔氏を中心として実施したこの書体を含む速読性のテストでは「字高を揃えラインを揃えると速読性が減少する」という結果が出ています。当時の写研による本文に最適な書体の設計思想は的確ではなかったのです。
参考 →tonan’s blog『書体研究グループ「月曜会」の速読テスト』
   →写植レポート・ベタ組みではダメなの?

●正方形に近いモダンな字面

 この書体は、石井細明朝体の漢字の字面に大きさを合わせ、懐を広くし、従来の仮名よりも画線の太さを均質化させています。デザインは縦組み用・横組み用でほぼ共通ですが、「横組み用かな」(LM-KPY)はどの文字も正方形に近付けた字面で、漢字と天地のラインを揃えてあります。「縦組み用かな」(LM-KPT)は、横組み用に比べ仮名固有の形に近付けたり(う・く・し・へ)筆脈を付けたり(ふ・ゆ・ら・り)しています。

石井細明朝体縦/横組み用かな比較
横組み用・縦組み用の比較(画像クリックで拡大)
横組み用は縦方向の流れをなるべく出さないよう、縦長の文字の幅を広くしたり、筆脈を付けないようにしていることが分かります。一方、縦組み用は従来の明朝体と同じくやや縦長で筆脈がついたデザインです。(この8文字については、写真植字機研究所『写研』No.19/1970年5月20日発行 p.38 で縦横用に違いがあることを言及しています。)

 1975年、自動写植機による印字を念頭に置いて漢字も含め新規に開発した本格的な本文用書体「本蘭細明朝体」(現在の本蘭明朝L)が発表され、石井細明朝体縦/横組み用かなはその役目を譲りましたが、以後も文庫本の本文等で使われてきました。
 また、写研の明朝体では唯一のモダンスタイルとも言えるデザインで、それでいて輪郭は丸く堅すぎない風合いがあり、パーソナルコンピュータ用のモダンスタイルの明朝体(平成明朝体、JTCウインM、小塚明朝、黎ミン等)とは異なるほんわかとした独特の存在感を示しています。そのため書籍の本文以外(見出し等)で稀に使われるなど細々と活躍しています。表立って目立つことはないながらも、分かる人にはひそかに愛されている書体なのです。

LM-NKL、LHMとの比較
LM-NKL、LM-KPY、LHMの印象の違い
LM-KPY は LHM よりも仮名の懐が広くてゆったりとしており、現在の目から見れば、本文用というよりはモダンスタイルの明朝体の仮名と解釈することができます。漢字も、LM では繊細で控えめだったエレメントを LHM では強調して太く大きくし抑揚を抑え、小Q数でも画線が飛ばないような配慮がされています。
このように LM-KPY は過渡期的な存在であって、この書体が発表されてもなお、写真植字システムに最適な本文用明朝体の開発が必要だったのです。

【管理人のコメント】
 
以下は2006年4月25日初掲載時の文章を再構成したものです。

 家にあった雑誌を何となく読んでいると、「いいちこ」の広告が載っていました。余白を生かしたシンプルな構成で、好きな広告のひとつです。

いいちこ広告

 そこに使われている書体は、メインコピーが写研の「新聞特太ゴシック体」(漢字)+「タイポス1212」(仮名)です。かなり太いゴシック体なのにかわいらしくて親しみやすい印象です。
 筆者が特に気になったのは右下の「飲酒は二十歳を過ぎてから。」の文字でした。

「飲酒は二十歳を過ぎてから。」拡大図

 見た感じ、平成明朝体にしては柔らかすぎる。各社の新聞明朝体にしてはくせが少ない。だとしたら、こ、これは「石井細明朝体横組み用かな」じゃないだろうか? 珍しい!! と筆者興奮(しすぎ)。なぜならこの書体が使われているのを見たのは約10年振りだったのです(前回は学参もので見たような記憶があります)。
 1970年発売当時の明朝体にしては珍しく、懐が広く取ってあり、最近発売された明朝体に似た雰囲気があります。石井書体を名乗っている割にそれらしくないためか、使用頻度は私の知る限りかなり低いように思います。
 しかしこのようにタイポスと一緒に使われていると、LM-KPY のころころとしたやわらかい持ち味がうまく生かされているように感じます。最近(執筆当時)のデジタル書体ではうまく表現できないところではないでしょうか。さりげなくこのようなマイナー書体がうまく使われていると、写植ファンとしてとても嬉しくなります。

書体名/書体コード
発表年

石井細明朝体縦組用かな/LM-KPT(かな文字盤:K-LM-PT)

1970
石井細明朝体横組用かな/LM-KPY(かな文字盤:K-LM-PY) 1970

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