書体のはなし ナール

●写研/中村征宏 1972年

タイプフェイス・デザイナーの時代へ

 1969年に写研から文字盤が発売された「タイポス」は、従来の明朝体・ゴシック体・筆書系書体とは一線を画したデザイン性の高い斬新な印象の書体で、当時の印刷物に爆発的に使用されました。このタイポスの大成功は、「書体をデザイナーが作る」という新しい概念をもたらしました。
 同年、写研は創業者である石井茂吉氏の書体制作に対する功績を記念するとともに、新しい文字の創作を願い、「石井賞創作タイプフェイス・コンテスト」の設立を発表しました。その趣旨は以下の通りです。

 ・新感覚のタイプフェイス作品の発表
 ・タイプフェイス・デザイナーの新人育成
 ・タイプフェイス・デザインに対する世の関心を高める
 (石井賞創作タイプフェイス・コンテスト 作品募集ポスターより)

 このコンテストには締切の1970年1月末までに118点の応募があり、同年4月に第1位である「石井賞」が決定、5月18日に発表されました。
 見事石井賞に輝いたのは、中村征宏氏が制作した作品でした。

デザイナーならではの発想

 中村氏は看板屋、印刷会社、設営会社を経て名古屋テレビへ入社、テロップ制作に携わりました。名古屋テレビを退社後はフリーでデザインを行いました。様々な分野で文字に携わり、文字制作の感覚が養われていったのです。

中村征宏氏のテロップ
中村征宏氏が作成したテロップカード
(出典:中村征宏『新技法シリーズ 文字をつくる』/1977年、p.15)
人名部分に使われている丸ゴシック体のレタリングは、解像度の低いテレビでも読みやすく行の流れを出すため字面いっぱいに書かれている。

 石井賞創作タイプフェイス・コンテストの応募当時、中村氏は名古屋のデザイン会社に入って版下作業に携わっていました。この頃の写植による詰め組みの多くは印画紙の切り貼りによって行われ、非常に手間隙のかかるものでした。そこで、仮想ボディの正方形ほぼ一杯の文字を作れば詰め組みをしなくても字間を気にしなくてよい書体ができるのではと考えました。
 応募に向けたラフは、当初はタイポスの影響を受けたものでしたが、多くの案を書く中で、グラフ用紙の1cm四方の枡目一杯に鉛筆の一本線で書いたものを採用しました。縦長や横長の文字を正方形に近付ける中で、文字から次の文字への運筆の流れを出して行の流れの単調さを補い、リズム感を出しています。

中村征宏氏のナールのラフ
中村征宏氏によるナールのラフ(2011年7月「第15回電子出版EXPO」写研ブースにて筆者撮影)

 このような過程を経て「石井賞創作タイプフェイス・コンテスト」に応募された作品は、それまで本文用として使用されることがなかった極細の丸ゴシック体でした。これは中村氏がテロップ文字を端の丸い一本線で書いていたことに由来します。また、極細としたのは文字同士の隙間を目立たなくしつつ、明るく軽く伸びやかな印象を持たせるためでもありました(字游工房『文字の巨人』中村征宏さん・その2より)。
 中村氏が応募作品に添付した制作意図として、
「縦組みの場合にも、横組みにも字間のバランスが無理なく一つの流れを持つことを念頭におき、ボディータイプとして、従来使用されなかった丸ゴシック系のタイプフェイスを試みた。字面をいっぱいに使い、文字のエレメントを強調し、細い線で構成することによりシンプルさを求めた。字面を大きく使うことが字間の問題に関連し、字間のバランス調整のための切り貼り、字詰めの工程を少しでも短縮することができるのではないかと思う。その結果、組み上がりにおいて、集団の調和が生まれるのではないかと思う。広告印刷物において、コピーやサブ・タイトルなどに適するのではないかと思う。」
と記しています(中村征宏『新技法シリーズ 文字をつくる』/1977年、p.80より)。
 字面を正方形に近づけるため、画線を正方形いっぱいに取り、懐をできる限り広げるとともに、エレメント(はね・はらいなど文字の構成要素)を大きく長くしています。そうすることで行の流れを出すとともに、組んだ時の文字と文字との隙間を少なくすることができました。本文には一般的に明朝体が使用されますが、漢字と仮名でエレメントが異なりデザインとしての印象を揃えられないため、本文用でありながら端が丸い極細の線を採用し、すっきりとした統一感を出しました。
 このように、中村氏の石井賞作品は写真植字の時代・タイプフェイスデザイナーの時代ならではの発想で制作されたのです。

中村征宏氏第1回石井賞受賞作品
中村征宏氏の石井賞作品(出典:写真植字機研究所『写研』19号/1970年5月20日発行、p.24)
仮名の濁点の位置や漢字の骨格に「ナール」との違いが見られるとはいえ、非常に完成度の高い作品だったことが分かる。

 応募された作品群は同年5月19日から29日まで大日本インキビルで展示され、連日若い人達で賑わったとともに、新聞に取り上げられるなど、このコンテストによって書体のデザインが世の中に認知される大きな転機となりました。

「ナール」誕生

 石井賞作品を基に制作された書体が、1972年4月に手動写植機用の文字盤が発売された「ナール」です。 書体名の由来は、中村征宏氏の頭文字「ナ」と、書体の特徴である丸(round)を表す「アール*です。
 石井賞発表後、1970年8月頃から約1年半をかけ、中村氏自身が漢字・仮名・英数字など約5800文字をデザインし、全て手描きで完成させました。
 先端の丸め方や画線の曲がりなど、一見コンパスや定規等で描けそうな箇所でも実際に道具を使って描くと不自然になってしまうため、曲線の8割程度をフリーハンドで描いているといいます。また、当初はアシスタントを使って作業を進めましたが、どうしても見た目の印象が異なってしまうため、中村氏が一人で原字制作を進めたとのことです。

*「ナール」の由来
写研『文字に生きる〈写研五〇年の歩み〉』/1975年11月11日発行、p.127 に「中村の“ナ”と丸みのあるラウンドの頭文字をとって“ナール”に。」とある。
写真植字機研究所『写研』26号/1972年3月15日発行、p.48 では、「中村征宏氏の頭文字Nと、書体の特徴である流麗な丸みを表すアールを組み合わせたもの」と説明されている。
2011年7月の「第15回電子出版EXPO」に出展した写研ブースでも「中村の『ナ』に round の『アール』でナールと名付けられた。」と説明されている。
写研による文献や解説にもぶれがあり、「ナ」でも「N
」でも正しいと考えられる。

 先述の中村氏のコメントの通り、ナールは文字本来の形を活かした従来の丸ゴシック体とは異なる考え方で制作されています。
 それに加え、ナールは極細で既存のどの書体よりも細く、それでいて省略(「母」など)や誇張(「お」など)のある斬新かつ主張のある骨格でした。

ナールの特徴
ナールに見るデザインの独自性
ナールは本文用として制作されましたが、文字の形をデザイン処理しており、ディスプレイ書体としての特徴を持っています。文字の特徴を誇張し(お・さ・ん)、場合によっては省略し(母・ム)、できるだけ正方形に近付け(ハ)、エレメントを強調して(冬・号)いることが分かります。文字単体で見ると奇妙にも感じられますが、これらのデザイン処理が統一的に行われていることにより、文章全体として見ると整然とした印象を受けるのです。

 そのため、文字盤が発売されるや否や、中村氏が想定していた本文というよりは、新聞広告や雑誌の見出し、レコードジャケットのタイトル文字といったディスプレイ用途で盛んに使用されました。
 明るくて柔らかくて爽やか。若い細身の女性のような印象を持つこの書体は1970年代の紙面を美しく飾りました。

わたしの彼は左ききジャケット
麻丘めぐみ『わたしの彼は左きき』レコードジャケット(1973年7月5日発売)
題名にナールが使用されている。文字が写真に溶け込んでしまいそうではあるが、麻丘めぐみさんの細身で可憐な雰囲気によく合っている。

 先述のデザイン手法で制作されたナールは、現在「モダンスタイル」と分類される丸ゴシック体の初めての類型で、その後2000年代前半までに新しく発表された丸ゴシック体のデザインの殆どがモダンスタイルである(そして、丸ゴシック体と言えばモダンスタイルのものを想起する)など非常に大きな影響を及ぼしました。

●人気を博しウェイト展開

※以降、【管理人のコメント】の前まで、混同を防ぐため、1972年に発売された極細ウェイトのナールのみを「ナール」、それ以外のウェイトも含めた総称としては「ナールファミリー」と記述しています。表現がくどくなりがちですが、ご了承ください。

 ナールが普及するとともに、「ナールを見出しでも使いたい」という要望が写研に寄せられるようになりました。そこで、再度中村征宏氏が原字を担当し、太いナールが制作されました。1973年に発売された「ナールD」です。
 ナールの骨格はそのままに、ウェイトを石井中太ゴシック体(DG)に合わせてあります。これは、ナールが極細であるために、細明朝体に対する太ゴシック体に相当する太さとしたためです。
 ナールDは太さがあるため汎用性が高く、あらゆる印刷物に使用されました。また、テレビのテロップにも盛んに使用されました。元々ナールは字面が大きくエレメントを強調した骨格である上、デミボールドというほどよい太さもあるため、画面での文字の視認性が高まりました。ナールが生まれた背景(テロップ文字)を考えると、その相応しさを自ら証明したような恰好です。

 1975年には、ナールより太くナールDより細い中間のウェイト「ナールL」「ナールM」、そしてナールDを基に写真処理技術を用いて輪郭を縁取った「ナールO」(アウトライン)が発表され、表現の幅が一段と広がりました。この時発表されたウェイトから、ナールファミリーの原字制作は中村征宏氏ではなく、写研によって行われました。

 以降、「見出しに使える特太のナールを」との要望を受け、1977年に「ナールE」を発表、1985年にはナールOと同様に写真処理技術を用いた「ナールOS」(アウトラインシャドウ。縁取りに影付き)、そして「ナールSH」(シャドウ。影のみでナールを表現)が発表されました。

 1980年代には書体制作もデジタルの時代に入りつつありました。
 写研でデジタルフォント制作システム「IKARUS」が導入され、ナールDとナールEがデジタイズされました。そこで、IKARUS システムを活かして中間のウェイトDBとBの制作が検討されましたが、「ナールDB」は1987年に発表された一方、「ナールB」は制作されないまま終わりました(今田欣一さん『文字の厨房』の「[見聞録]第2回 ゴナとナールのファミリー・ヒストリー」より)。

ナールファミリー
手動写植機で印字したナールファミリー(印字:亮月写植室)
全てメインプレートから採字したが、全角アルファベットの字面がDB、E、SHだけ大きい。見出し用に特化したものと思われる。(ナールOSの文字盤は持っていません。)

 1995年には写研の組版システム(電算写植)専用のデジタルフォントとして極太のウェイトである「ナールH」「ナールU」が発表されました。「か」や濁点の食い込み処理など既存のウェイトとは異なるデザインの文字があり*、ナールファミリーの印象を逸脱した嫌いもありますが、これで一応ナールファミリーの完成を見ました。

ナールH・ナールU見本

*ナールH・ナールUの「か」(画像クリックで拡大)
写研『タショニム・フォント見本帳』No.1(1995年12月18日発行)では、従来のナールと同じようなデザインの「か」が採用されていることが判るが、No.2(1997年4月発行)では現行のデザインに変更されている。同時に、込み入った縦横画の太さが調整され、隙間が少なめ(均一に見えるよう)に変更された。

●ナールとゴナの時代

 ナールファミリーは、その斬新で明るく親しげで滑らかな字面から、1970年代から1990年代までの印刷物のデザインに欠かせない存在でした。
 当初は明朝体・ゴシック体の補助としてワンポイント的に見出しで使われるような例が多くありましたが、時代が進むに連れて印刷物に対してポップで都会的なものが求められるようになり、書体もモダンスタイルのものが好まれるようになりました。ナールと同じく中村征宏氏の手によって制作された「ゴナ」ファミリーとともに、1980年代から1990年代には雑誌の本文から見出しまで、チラシからポスターまで、あるいはテレビやビデオのテロップ、看板やサインシステムに頻繁に使用されました。
 中村氏の設計思想や写研(石井社長)のプロデュース力もあるでしょうが、モダンスタイルとはいえナール・ゴナファミリーにはデザインに節度があり、官公庁の仕事やサインシステムといった真面目な用途でも、絵本や雑誌といった楽しむための用途でもこなすことができました。これもあらゆる用途に幅広く使われる要因でした。
 ナールファミリーの最もよく知られた使用例は、後述の道路標識(案内標識・補助標識)の文字のほか、エコマークの「ちきゅうにやさしい」(標準書体としてナールDを使用)があります。

●高い視認性

 ナールファミリーにはもう一つの活躍の場がありました。ナールは字面が正方形いっぱい・懐を広げる・エレメントを強調する・文字の特徴を誇張するという手法で制作されています。これは先述のようにテレビのテロップ文字から着想を得たものであり、高い視認性を得ることができました。そのため、テレビ以外でも、ひと目で文字を識別することが重要な場面で重宝されました。
 電化製品等の説明書きや操作ボタンの文字には、1980年代から2000年代初頭にかけての殆どの製品でナールファミリーが使われました。その他、看板、鉄道のサインシステム、コンピュータのキートップの文字、役所の納税通知書などビジネスフォーム……といった、文字の視認性が重要な用途で活躍してきました。

電子レンジの操作パネルに使用されたナール
シャープ電子レンジ「RE-2200EX」(1997年製)の操作パネル

 DTP化の進展とともにナールファミリーを見掛けることは少なくなりましたが、2015年現在でも、全国各地に設置されている道路標識では日常的にナールファミリーを見ることができます。
 これは、1986年に行われた「道路標識、区画線及び道路標示に関する命令」の大幅改正をきっかけに、案内標識と補助標識に使用する書体としてナールDおよびナールDBが採用された*ことによります。

案内標識(青看板)のナールD

案内標識(白看板)のナールD
方面、方向及び距離(上)と著名地点(下)の案内標識に使用されたナールD

 ナールファミリーは文字の特徴を強調した骨格であり、字面が大きく、自動車等で移動しながらでも確実に文字が読み取れるため、案内標識に最適であると言えます。

*案内標識の書体として採用
「道路標識、区画線及び道路標示に関する命令」、「道路標識設置基準」など法令等に規定されているものではなく、国土交通省の地方整備局・県・市といった官公庁が各自定めたマニュアル等にナールDおよびDBの記載がある(中部地方整備局、愛知県、岐阜県、大阪市などはPDFを公開している)。
また、一般社団法人全国道路標識・標示業協会が先述の法令等を踏まえて発行している『道路標識ハンドブック』には、地色が青色で文字が白色の場合はナールD、地色が白色で文字が青色の場合はナールDBと明記されているようである(先述の官公庁のマニュアルに出典としてこのハンドブックが記載されているが、筆者は原典書籍を確認できていない。)
なお、ナールDBは1987年発表であり、1986年の法令等の改正により即座に道路標識に採用されたものとは考えにくい。よって本稿では、「1986年から道路標識にナールDおよびナールDBが採用された」とはしない。

●写植時代の終焉とともに

 ナールファミリーは、このように長年に亘り文字が必要な場面に貢献してきましたが、1990年代中盤からのDTP化により写真植字システムが衰退し、次第に見掛けなくなっていきました。
 まずは印刷物の紙面から消えていきました。DTPでは写研の書体は使えず、DTP用デジタルフォントの丸ゴシック体(じゅん、スーラ、JTCウインR、DFP丸ゴシック体など。見本は次章に掲載)が代用されました。
 続いて電化製品などの操作パネルにもナールファミリーが使われることが少なくなり、主にスーラが使われるようになりました。
 テレビのテロップでは比較的近年まで頻繁に使われていたナールファミリーですが、NHKやTBSが2007年4月にテロップシステムを更新し、写研のテロップシステム「テロメイヤ」が順次廃止されたため、テレビ放送上で新たに使用されることはなくなりました。こちらも主にスーラが代用されています。
 2000年代(’00年代)終盤からは漫画制作も写真植字システムからパーソナルコンピュータを使用したものへと移行しつつあり、漫画でもナールファミリーを見る機会は少なくなりました。

 また、最初に発表された極細の「ナール」は、DTP用のデジタルフォントはおろか、写研の電算写植(組版システム)用のデジタルフォントにさえなっておらず、文字盤にその姿を遺すのみです。つまり、ナールは手動写植機がないと印字できない書体なのです(ナールファミリーでもう一つの手動写植機専用書体は「ナールSH」)。
 ナールが電算フォント化されなかった経緯は不明です。写研の組版システムやそれを利用したアウトラインサービスであっても使用することはできず、2015年現在、新たにナールが使われた例を筆者が見掛けたことは10年以上ありません。
 ナールの設計思想をそのまま表現した書体がいずれ使用できなくなる恐れのある状態にあることは、印刷という文化上の大きな損失であるし、印刷の表現手段である文字の「声」や「顔」、「味」を一つ失うことと同じであると筆者は考えています。しかしながらそれもまた、書体を取り巻く現実なのです。

【管理人のコメント】

●ナールファミリーの魅力とは

他のモダン丸ゴシック体の特徴と印象

 ナールファミリーが持つ特徴を、他のモダンスタイルの丸ゴシック体と比較しながら見てみます。下図は書体の見本を概ね発表年順に並べました。(以下、ナールファミリーを「ナール」と総称、各書体のウェイト表記は省略。)

モダンスタイル丸ゴシック比較図

 こうして見てみると、モダンスタイルの丸ゴシックと言っても、各書体によって骨格や懐の取り方、字面率、画線の曲率(曲がり方)・誇張や省略の具合等が大きく異なり、それぞれが個性を発揮していることが分かります。
 各書体から受ける筆者の印象を挙げてみます。

・じゅんはまるっこくて字面は小さめ。懐も狭め。女性的ではなく子供っぽくてユーモラスな感じ。
・シリウスはナールのように字面が大きく、字面いっぱいに画線が広がり、懐も広い。縦横線の太さが異なる。骨格は曲線を多用し柔らかい(ふにゃふにゃしている)印象。
・アニトは直角の曲がりの内側がアール処理されておらずシャープな印象。懐は広く画線が字面いっぱいに広がりバランスが良く安定感がある。不自然な曲がり方もなく滑らか。
・スーラはデザイン的な処理は控えめで文字本来の形が残る。字面の中で画線が偏っていたり伸ばし足りなかったりしているように感じるなど、やや目に引っ掛かりがある。文字から受ける印象は中庸。
・DFP丸ゴシック体はナールの特徴を真似してはいるが、寄り引きの悪さ・字面の不揃い・骨格の不自然な曲がりなど、そもそも書体としての使い勝手が悪く、論外。
・JTCウインはじゅんを現代的にした印象。懐を広くし、よりまるっこくなっている。じゅんよりおとなしい印象。
・新丸ゴは新ゴを踏襲したデザインだが、「か」の3画目など仮名の骨格の曲がり方が無理をしていて、武骨で硬い印象。
・ヒラギノ丸ゴシック体はモダンスタイルというよりは“ニュースタイル”
のような印象に近い。懐は狭めで、落ち着きがある。
・モトヤマルベリは懐が狭めで、払いなどの曲率半径が大きく(曲がり方が浅く)、さっぱりしている。
・イワタ丸ゴシック体はナールの影響を受けているように感じる骨格。重心が高く、骨格の曲がり方が突然だったり「に」などの撥ねから次の画へ繋がる感じがなかったりして、ざっくばらんな印象。

 このように、書体それぞれに特徴があって受ける印象が異なります。
 これらを踏まえてナールを見てみると、特に洗練された設計で、最も美しいと筆者は感じています。その理由を探ってみます。

ナールはなぜ美しいか

 先に挙げたモダンスタイルの丸ゴシック体の中でも、ナールはデザイン的な処理が強く、骨格に特徴がありますが、そうでありながら違和感のあるような形状ではなく、最もバランスが良く安定しているように感じます。それは次に挙げる事によると筆者は考えます。

・曲線の曲がり具合が他のモダンスタイル丸ゴシック体よりも自然で目に引っ掛からない
 ナールはデザイン処理を優先させた骨格ゆえ、その曲がり方に統一感があります(石井賞応募のラフの項目で述べた“文字から次の文字への運筆の流れ”)。かつ手描きで制作されたため、無理な曲がり方は自ずと排除されている(手で描けないような曲線を書体上に表現することはできない)と考えられます。これらが、人間の感覚にとって自然な曲線として書体に現れているのではないかと考察します。

・骨格が伸びやかで抑制されている感じがしない
 ナールは詰め組み不要な書体を目指して設計されました。この目的を達成するため、字面が正方形いっぱいになるように文字がデザインされ、懐を広くし、時には画線を大胆に省略し、エレメントを大きく長くしています。
 正方形の字面を画線で埋める為には、縦横線は勿論のこと、左右の払いや点、撥ね、カーブもできるだけ長い軌跡を描くことになります。更に、必要があれば画線や出っ張り(「ク」など)を省略しています。これらのことが骨格の伸びやかさに繋がっているのではないかと考察します。
「字面が画線で四角く埋め尽くされている」と認識させるには、画線を適切に配置することが必要なため、副次的にバランスの良さや安定感ももたらされているのではないかと考えられます。

・節度のある上品なデザイン
 ナールは、これまで述べてきたようにエレメントの構造や骨格の曲がり具合、画線の配置、丸みの先端の処理といった様々な面に於いて、中村征宏氏の経験に裏打ちされた美意識に基づいて長い時間をかけて検討され、ようやく完成した書体であると言えます。
 出来上がった書体はディスプレイ書体としての特徴を充分に備えながらも、機能を実現させる必要があったために奇を衒ったり無理をさせたりはしませんでした。明るくて現代的ではあるが、決してふざけてはいない。これがナールの節度であり、気品であると考えます。

 改めてナールと他書体とを比較したとき、ナールの美しさをより深く感じることができることと思います。
 他書体があるから相対的にナールがどうかということではなく、ナールがモダンスタイルの丸ゴシック体としての機能美を体現していると言える根拠があり、これほどにも説明できるということです。
 ナールは今でも色褪せることなくモダンスタイルの丸ゴシック体の規範としてその存在を示し続けています。道を歩けばナールに会えるけれども、よく見えるのに必要以上に主張しない。そんな奥ゆかしさもナールの魅力だと思っています。

●ファミリー

 ●は手動写植機専用書体です
 ▲は電算写植機専用書体です
 

書体名/書体コード
発表年

ナール/NAR●

1972
ナールL/LNAR 1975
ナールM/MNAR 1975
ナールD/DNAR 1973
ナールDB/DBNAR 1987
ナールE/ENAR 1977
ナールH/HNAR▲ 1995
ナールU/UNAR▲ 1995
ナールO/ONAR 1975
ナールOS/OSNAR 1985
ナールSH/SHNAR● 1985

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