▲数字が表示されている四角い枠は写植機のファインダーです
題字:ゴナB(写研)
●もういちど、東へ。
2007年8月4日。再び東京への“文字の旅”に出発した。今回は2泊3日で毎日文字に関する出来事が待っている。新幹線が東京へ近付くにつれ期待は弥が上にも高まっていった。東京着、蜘蛛の巣のような地下鉄路線図を見ながら、最初の目的地である写植屋さん「プロスタディオ」のある九段下へ向かった。
13時少し前、道に迷いそうになりながら目的地に辿り着くと全く人気[ひとけ]がなかったが、やがてこの見学会の主催者である「もじもじカフェ」の道廣さんご夫妻が建物から出ていらした。そのうち参加者がぽつぽつといらして10人ぐらいが集まった。20代と思われる若い女性から写植経験者らしき中年男性など幅広い。若い人が来ているのが意外でなおかつ嬉しかった。
●写植機と再会
見学の時刻になったところで「プロスタディオ」へお邪魔する。マンションの一室に手動写植機「PAVO-KY」が2台、反対側に資料やMacがある。そしてラジオがかかっている。10人も入ると殆ど身動きがとれなくなった。でもかつてお世話になっていた知り合いの写植屋さんも同じようなあたたかみのある雰囲気の所だったので懐かしかった。4年ぶりに手動写植機PAVO-KYと再会だ! それだけでも感激してしまう。
写研の手動写植機「PAVO-KY」
写植機メーカー「写研」の最新にして最終型の手動写植機です
大きなカメラとタイプライターが合体したような、文字打ちと図形描画専用の機械です
印字されるものこそアナログ(印画紙)ですが、8ビットのマイコン内蔵で電子制御。
1987年に発表され1990年代に生産終了となり、出版印刷のデジタル化に伴い多くが廃棄され、貴重な機械になってしまいました。現在でも本の装幀など美しさが求められる組版に使用。
道廣さんの進行の下、見学会が始まる。「ようこそいらっしゃいました。」穏やかな声で迎えてくださったのがこの会社で手動写植機のオペレータをしていらっしゃる駒井靖夫さん。その駒井さんから写植についての説明が。
(※以下、取材メモを元にまとめたものです。駒井さんの言葉そのものではありません)
写植は、写真の原理を使った「写植機」で文字を打ちます。下にある「文字盤」は文字の形がネガになっていて、これを「印画紙」に写します。写真ですので、カメラと同じようにレンズを使って打つ文字の大きさを変えたり変型したりすることができます。
写植機のレンズと文字盤
写真上部の黒い円筒が、印字される文字の大きさを変える「主レンズ」です
その下には、パソコンでいうフォントにあたるガラス製の「文字盤」があります
文字盤には白黒反転してある書体の形をした小さな文字がたくさん並んでいて、写真下部の穴のような所にある光源から文字盤→レンズ→印画紙と光が進み、印字されます
写植機の真ん中あたりには文字の大きさを変えるレンズが円く並んでいて、7Q(1.75mm)から100Q(25mm)までの大きさが選べます。変型レンズには長体・平体・斜体のためのものがあり、長体と平体はかまぼこ型のレンズを使って文字を縦長にしたり横長にしたりすることです。斜体は文字を斜めに変型することです。
右側には「印画紙」が入っていて、ここへ文字が打たれていきます。写真と同じですので、一度印字してしまうとあとで修正できません。
写植の印画紙(クリックで拡大)
写植機で印字したものはこのような「印画紙」になります
写真は角川文庫の『誕生日辞典』背表紙の印字で、よく見ると切り貼りしているのが判ります
実際に印字したものをお見せしましょう。これは角川文庫の背表紙で、今でも本の装丁には写植で、という方がいらっしゃいます。昔はもっと難しい組版をやってくれというお客さんがたくさんいましたし、雑誌の目次などの毎月の仕事もたくさんありましたが、今はバラ打ち(例えば「見出しだけ写植で欲しい」など、原稿全体ではなく部品として写植を印字すること)が殆どです。
●駒井さんに聞きました
ここで、写植について初めて知った方もいるということで参加者の方から幾つか質問をし、駒井さんに答えて頂いた。
Q 間違いの頻度はどのくらいでしょうか?
A 今は機械がしっかりできているし、画面で確認できますので間違いはあまりないですね〜。昔の写植機は文字盤の固定が充分できなくて、シャッターを切る時にずれてしまうことがありました。昔は急いでやっていたということもありますが、今は落ち着いてできますので間違いは減りました。一度印字したものに直しが入ったら新しく打ち直すか、印字されている面を薄く剥がして貼り直さなければなりません。
特に昔は「地紋」が難しく、模様を綺麗に並べて(等間隔で)打とうと思ってもずれてしまう事がよくありました。今は写植機に自動で印字してくれる機能がありますので、このように簡単に地紋を敷くことができます。(駒井さんが実演され、「カポンカポンカポンカポン……」という連続印字の音と画面に次々と現れる地紋に一同「おお〜」と驚く)
罫線も簡単に引けまして、昔は地紋と同じように一文字分ずつ印字していましたが、今は「スポット罫線」といって光る点を動かして線を引く機能があります。直線だけでなくて円も楕円も引けるんですよ。(駒井さん、スポット罫線用の文字盤をセットしてキーを操作、印字キー(シャッター)を押すと「キュイイイー」という音とともに罫線が引けた。何度見てもすごい。)
写植機の画面と現れた地紋
「PAVO-KY」のような高機能の写植機にはモノクロモニターがついており、印字の様子や位置情報を画面上で確認することができます
2枚目の写真では非常に見づらいですが、画面上部に連続印字された「地紋」が見えます
その下の黄色っぽくなっている所には「スポット罫線」が引かれているのが判ります
(※CRTモニターの性質上黄色い帯が映っていますが、実際には見えません)
Q 画面はどう映しているのですか?
A 写植機の中にカメラが入っていて、それで撮影したものが画面に映っています。だから印画紙そのものではありません。画面で見ると荒いですが印画紙はずっと滑らかです。なので画面を見ながら文字を詰める時はコツが要ります。
他には、活版印刷と写植の違いとして、活版は活字そのものについたインキが印刷されるため印刷機の近くで文字を組む必要があったが、写植はその必要がないので外注(写植屋さんや主婦の在宅パート)に出して分業して文字を打ち、あとで版下原稿の時に合体させることができる利点があった、というお話もあった。
●印字してみましょう!
「せっかくですので写植機を操作して印字してみましょう」ということになった。おそらくそういう経験をしたことがある人は経験者かよほどの愛好家でもない限りないだろう。貴重な体験だと思うので、筆者は4年前まで自力で印字することがあったのでその様子を見守った。最初に若い女の人が席に座り、駒井さんの説明を受けながら印字。こういう画を見るのは1999年の「写植屋さんに行こう」以来で、写植というものがこうして少しでも後の世代の人達へ伝わっている様子を見ていると感慨深いものがあった(大袈裟か)。
好きな言葉を打っていいですよ、ということだったが文字盤の配列が特殊でなかなか見付からない。「これは“一寸ノ巾”というルールで並んでいまして、文字盤の右上から『いっすんのはば なべぶたしんにゅうわ はこがまえ……』と似た形のものが並べてあります。部首引きのようなものです。分からない字があったら言ってください。」と駒井さんから説明があった。駒井さんはさすがベテランだけあって、分からない文字を聞くと文字盤をスッスッと滑らせて「ここにありますよ」とすぐに答えていらっしゃった。一文字ずつ交代して打ったりして、和気藹々とした中で印字体験が進んでいった。
私も4年ぶりに手動写植機を使って印字。印字キーの感覚は残っていたが文字を全く探せなくなっていて、久々の感覚に舞い上がっていたこともあって結局平仮名で印字してしまった。「写植ファンサイトの管理人です!」なんて出しゃばらないでおいてよかった(笑)。
写植機の操作部分(クリックで拡大)
“手動”写植機といっても電子制御ですので、ボタンやキー操作によって設定を行います
上半分のカラフルなボタンは印字位置や組み方向(縦横ほか)などを設定するもので、下半分の手元に並んでいるものは数値入力や印字位置の移動に使います
手のすぐ左にある白いものが「印字キー」で、半押しすると文字の決定(文字盤の固定)、
下まで押し込むとシャッターが切れて印字されます
●現像して出来あがり
印字した印画紙を駒井さんに現像していただく。一角にある人ふたりがやっとの小さな部屋が現像室で、そこに「自動現像機」(通称「自現」)がある。これにかけて何分か経つと写植が出来上がる。写真のようにぴかぴかで真っ白い印画紙に滑らかな文字が黒々と印字されている。それだけなのだが、大きな機械を自分で操作して打ったものが時間をかけて形のあるものとして出来上がってくるのは不思議でもあるし喜びが感じられる。写植の魅力はこういう所にあると思う。
印画紙を収める箱「マガジン」
写植は写真の原理を使って印字するため、余分な光は禁物です
そのため、「マガジン」と呼ばれる密閉された箱に印画紙を入れて印字を行います
円筒状のドラムに印画紙を巻き付け、蓋を閉じて写植機に装着します
光がある所で開けてしまえばもちろん全ての印字が消えてしまいますが、そんな失敗も多々あったそうです(※説明はコピー用紙でされていました)
写植が完成
現像が終わると白い印画紙に黒い文字の「写植」が完成します
表面に光沢があるつるつるの丈夫な紙で出来ています
これを「版下」という印刷原稿に貼り込んで版を作り、印刷機にかけて印刷物が出来上がります
(※写真は今回印字していただいたものではありません)
駒井さんのご厚意で、記念として参加者それぞれの名前を千社札のように印字したものを翌日の「もじもじカフェ」で頂けるのだそうだ。
これで「プロスタディオ」の見学は終了。筆者としては写植ファンサイトなのに写植の印画紙をどこにも頼めないというジレンマを抱えていたので、何かでお仕事をお願いさせていただきたいと思って駒井さんとこっそり名刺を交換させていただいた。とても密度の高い1時間、楽しい見学会だった。ありがとうございました。
おまけ・文字盤用整理棚「サガサーヌ・ミニ」(写研製)
写植は書体ごと・文字や記号の種類ごとに文字盤が必要なため、揃えると膨大な数になります
その整理のためにと写研が販売していたのがこの「サガサーヌ」という整理棚です
写真の「〜ミニ」は英数字や記号等用の小さな文字盤「サブプレート」を収めるものですが
基本的な漢字や仮名等の大きな文字盤「メインプレート」用には、本棚のように大きな「サガサーヌ」を販売していました。筆者は就職活動先の会社で一度だけ見たことがあります
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次は15時から「文字道」の伊藤さんが東京ミッドタウンで『100%写植』という講演会。絶対見逃せないということで旅路を急ぐのであった。
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