書体のはなし 新ゴシック(新ゴ)

●モリサワ/小塚昌彦 1990年

●新ゴ前夜……モリサワのモダンスタイルゴシック体略史

・じゅんゴシック

 1970年代以降、従来の文字本来の形を尊重したゴシック体を脱却し、形状を幾何学的に整理したモダンスタイルのゴシック体の開発が進められました。

 モリサワも例外ではありませんでした。まずは三宅康文氏作の「じゅん」シリーズの存在があります。じゅんシリーズは「最初は子供の絵本のための書体として制作を開始した」(モリサワ『写植』No.46/1974.4.1発行/p.22より)とのことです。文字を覚える際に書体は関係なく、線の太さの強弱は必要ないということから着想したものでした。
 角ゴシックの「じゅんゴシック」と丸ゴシックの「じゅん」があります。はねなどを残して従来の書体の特徴をある程度踏襲しながらも懐を大きくしており、骨格も整理されているため、現在の目から見ると控えめなモダンスタイルの書体と言えるでしょう。

じゅんゴシック見本
じゅんゴシックの組み見本(モリサワ『新書体』/1979年3月発行p.21より)
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 じゅんゴシックは既存のゴシック体と混植するために制作された仮名書体で、仮名をこの書体に組み替えるだけで紙面の印象を明るく楽しげに変えることができました。
 1971年に仮名書体「じゅんゴシック No.1」と同「No.2」が発表され、1972年には「No.3」「No.4」も発表されました。じゅんゴシックは仮名のみであり、漢字を備えることはありませんでした。
 じゅんゴシックは手動写植機専用書体である上に発表年代が古く、現存する使用例は殆どありませんが、地下鉄の「電車がきます」という表示板に使われていた、というと思い出される方がいらっしゃるかもしれません。(→参考:taquetさん「街で見かけた書体 じゅんゴシック」

 なお、丸ゴシック体の仮名書体「じゅんミニ」「じゅんNo.1」〜「No.4」の来歴は資料が少なくはっきり分かりませんが(No.4は1973年発表)、おそらくはじゅんゴシックと同時期に生まれたものと推測します。
 じゅんはその後総合書体化されました。1973年に「じゅん101」、その後ウェイトが太い方へ201(1976年)、34(1975年)、501(1981年)、細い方へ「じゅんライト」(1983年)と展開し、装飾書体としては輪郭を縁取った「じゅんライン」(1976年)が発表されました。

・太ゴシック体直B101

 続いて1972年にゴシックの総合書体「太ゴシック体直B101」が発表されました。開発の経緯や意図は不明ですが、縦画起筆部の右側にある「突き出し」を取り除き、画線の両端が広がる「角立て」も廃して均質な太さの画線とし、仮名の骨格を仮想ボディ一杯に広げるようにして懐を大きく取ったもので、ゴシックの総合書体に類型はなく、当時としてはモダンなデザインでした。

太ゴシック体直B101見本
太ゴシック体直B101の字形(モリサワ『文字盤一覧表』/1975年8月発行より)
直B101は1979年9月版までの文字盤一覧表には掲載されているが、1980年6月版以降には掲載されていない。この書体に関する資料が手元にあまりなく、開発の意図から見本帳掲載中止までの経緯は全て不明である。
直B101で印字された印刷物はごく少ないと考えられる。筆者はモリサワの見本帳以外で見たことがない。
なお、「新ゴ」について写研がモリサワを提訴したいわゆる「ゴナ・新ゴ事件」に於いて、「太ゴシック体直B101」について言及がある(→牛木内外特許事務所の記事「タイプフェイス事件」)。

 次に述べる「ツデイ」が発表される直前に発行されたモリサワ『新書体』(1979年3月発行)p.28〜29に直B101が掲載されており、この書体の特徴を「この太ゴシック体は、直線処理と仮名のふところを大きく設計してあるところに特長があり、力強さにシャープさが加わった書体です。」と解説しています。

『新書体』に掲載された直B101
太ゴシック体直B101の組み見本(モリサワ『新書体』/1979年3月発行p.28〜29より)
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・アローG

 1975年、写研から「ゴナ」が発表されると、モリサワは1976年に同様のモダンスタイルのゴシック体である「アローG」「アローGライン」「アローGラインシャドウ」(三宅康文氏制作)を発表しました。影などの装飾が付いたモダンスタイルゴシック体は写研よりモリサワの方が早かったのです。
 アローGは水平・垂直を意識した書体ではありますが、丸っこいデザインであまり洗練されておらず、ウェイト展開も特太の「G5」、極太の「G」、超特太の「スペシャル」しかないなど充分なものではありませんでした。しかし親しみやすく押しが強い字形のため、チラシなどによく使われました。

アローG見本
アローG見本(モリサワ『写真植字統一見本帳』/1997年4月発行/p.35より)

・ツデイ

 そしてモリサワは1979年から1984年にかけて「ツデイ」の各ウェイト(L、R、M、B)を発表しました。ツデイはグラフィックデザイナーの田中一光氏がディレクションし、欧文のサンセリフ書体「Helvetica」に合う和文書体を目指したものです。
 しかし仮名の字形は先述の直B101を踏襲した(モリサワ特有の骨格を残した)ものであり充分に幾何学的な整理をしたとは言えず、漢字は既存のゴシック体のように懐があまり広くない(B101、MB101などの字形とほぼ同じに見える)など完全なモダンスタイルとは言い難いですが、すっきりとした現代的なゴシック体として重宝されました。

ツデイ見本
ツデイM-KL見本(モリサワ『写真植字統一見本帳』/1997年4月発行/p.17より)

 なお、ツデイは写真植字システム専用書体ですが、字形などを修整した上で2005年に DTP 用の仮名フォント「ネオツデイ」として発売されたため、現在でも新ゴなどの漢字書体と混植して使用することができます。

豊郷小学校旧校舎群の文化財銘盤

ツデイの現行使用例(登録有形文化財の銘盤・豊郷小学校旧校舎群にて筆者撮影)
「この建造物は貴重な国民的財産です」がツデイで組まれている。

●新しいモダンスタイルのゴシック体を

 このようにモリサワのモダンスタイルゴシック体には改善の余地がありました。
 ツデイのウェイト展開が完了した1984年、毎日新聞で書体開発をしていた小塚昌彦氏が時を同じくして定年退職しました。小塚氏は以前からモリサワと交流があったこともあり、翌年にモリサワからの依頼で技術顧問として同社に協力することとなりました。
 小塚氏は新しいゴシック体の開発を提言、当時の森澤嘉昭社長が賛同し、1986年から制作が始まりました(小塚昌彦『ぼくのつくった書体の話』p.164より)。

 小塚氏が提案したコンセプトを基に制作が進められました。
・フォーマルな「ツデイ」とディスプレイの「アローG」との中間
・縦・横組みともラインの出る構成
・重心は僅かに高くする
・懐はツデイより広くするが、ゴナに見られる「広すぎ」には注意する
・ストロークの構成はやや深めにする
などです(小塚昌彦『ぼくのつくった書体の話』p.174〜175より)。
 新しいゴシック体は制作当初からファミリー化を前提とし、デジタルフォント制作用のソフトウェア「イカルスシステム」の導入によるウェイト展開の半自動化や、漢字の構成要素を分類することによる徹底的な効率化など、旧来の手描き原字と墨入れによる地道な書体制作とは一線を画した新しい時代の方法を取り入れました。

 制作開始から4年。広い懐に大きな字面を持ち、欧文のサンセリフ書体のような水平・垂直と幾何学的な曲線を主体とした、モリサワの新しいゴシック体「新ゴシック」が出来上がったのは1990年のことでした。電算写植機用デジタルフォントと手動写植機用文字盤として、ウェイトL、M、B、H、Uが1990年に発表され、続いてEL、DBが1991年に発表されました。
 新ゴシックは幾何学的な画線を強調した新しいデザインの字形としました。懐もツデイより広くしました。漢字も新しくモダンなものを制作しました。モリサワにとっては最も現代的で整理されたゴシック体を生み出すことができたのです。

新ゴシックパンフレット

新ゴシックパンフレット 書体見本
新ゴシックのパンフレット(モリサワ/1991年7月発行)
モリサワの和文書体の従属欧文には2種類あり、見出しなど大Q数で和文と同じ高さに印字できて幅が広く角張った「LE欧文」と本文など小Q数で読みやすいやや小振りな「SE欧文」がある。このカタログはLE欧文で印字されている。揃ったラインが快く、DTP用でもLE欧文が使えたら良かったのにと筆者は思う。

新ゴシック体の欧文見本
新ゴシックのSE欧文、LE欧文見本(『モリサワ写真植字統一見本帳』No.84/1997年4月発行/p.76、p.79から抜萃して合成)※画像をクリックすると拡大します

●新ゴシックの特徴

 新ゴシックのデザイン上の特徴として、他のモダンスタイルゴシック体と比較して際立っている点があります。(※以下の図版は DTP 用の「新ゴ」ファミリーで印字しています。ご了承ください。)

・縦横画やそれに近いものを水平・垂直に整理してラインを出していること
 新ゴシックの字形は欧文のサンセリフ書体を意識しています。そのため、水平・垂直を積極的に取り入れた輪郭です。こうすることでサンセリフ書体との親和性が高まったことは当然のことですが、特に横組みでは行のラインを感じさせる文字組を実現しました。現代的な造形である一方で、機械によって自動的に作られたような無機的な印象でもあります。

新ゴとゴナの仮名比較
新ゴDBとゴナBの平仮名を比較
「が」の1画目始筆部は、ゴナBはほんの少し右上がりになっているが、新ゴは直線としている。また、「さ」「き」の横画を見ると、ゴナBは文字全体でバランスをとるために微妙な弧を描くような曲線だが、新ゴDBは始筆部が直線で、
途中からバランスをとるために上方へ曲がっている。このことはモリサワ公式サイトの「書体見聞 第二回 新ゴ(下)」でも述べられているが、できる限り直線を意識させるような設計がされている。

新ゴとゴナの漢字比較
新ゴUとゴナUの漢字を比較
「永」の左はねや「遠」のしんにょうの払いに注目すると、ゴナは錯視の調整とともに、はねや払いの勢いを表すかのような微妙な曲線を描いているが、新ゴはあくまで縦横画の直線性を優先するため水平な線を描いていることが分かる。

・曲線部もなるべく無機的な線質とすること
 前項とも通ずるのですが、新ゴは曲線部も無機的な線質としています。製作総指揮の小塚昌彦氏は「曲線部分は肉筆のようなオーガニックな線ではなく、円弧やカーブ定規で書くような線に近づけて、モダンな表情にしています」と説明しています(モリサワ公式サイトの「書体見聞 第二回 新ゴ(下)」より)。このため、しなやかさよりも硬さがあり、滑らかというよりも角があり、しっとりというよりもさっぱりとした印象です。
 実際には曲線部の輪郭が完全な平行線を描いているのではなく、画線の太さを変化させて払いなどの勢いを感じさせるような処理が強めに行われています。特に太いウェイトではそれが顕著で、押しの強さに貢献しています。

・小Q数での印字でも文字が潰れないような処理を優先すること
 新ゴシックはどのウェイトに於いても文字が潰れないような処理がされています。
 新ゴシックUなど太いウェイトでは、縦横画の隙間が広めにとられていて仮名の濁点や半濁点はやや細めにし、「プ」などで食い込んだ部分の隙間も親文字に紛れないよう広めにしてあります。細いウェイトでも「ぐ」のように濁点や半濁点が親文字から少し離されています。そのため、大Q数では隙間を広げる処理が目立ってしまいますが、小Q数で印字しても潰れにくく、一文字毎の判読性に優れています。

新ゴ・ゴナ潰れ比較
新ゴとゴナの隙間処理を比較
上図は印刷物とは出力状態や解像度が異なるが、新ゴの太いウェイトは文字をかなり小さくしても込み入った部分や濁点などが潰れにくく、何の文字であるかを判別しやすい。ただし小さくすれば読みにくくなることには変わりないので、極太の書体を小Q数で使用すること自体には疑義があるが……。
一方ゴナについては、作者の中村征宏氏は「漢字の画数によって濃度の違いが出ないように調節した」と説明している(2011.7.9 第15回電子出版EXPOにて →写植レポート参照)。これは大きく印字した際に面としての効果を狙ったものである。写研『タショニム・フォント見本帳』No.5A(2001年発行)には、「UM、UNAG、BSU などの特太の書体は、50Q以下では使わないで下さい。ウエイトの大きいものほど小Q数にするとつぶれます。」「50Q以下の大きさでゴナE、ゴナH、ゴナUは使用しないでください。文字がつぶれることがあります。」とある。本蘭ゴシックファミリーやナールUなど近年制作された電算写植機専用書体であっても同じ注意書きがされているため、写研としては太い書体は大Q数のみで使われることを念頭に置いて設計していると考えられる。こうしてゴナUを小Q数で表示すること自体ナンセンスかもしれない。

 このように新ゴシックは、コンピュータ制作をベースとした新しい設計思想のもと、視覚効果(行のライン)や印字特性(潰れにくさ、見やすさ)を高めることに成功した、名が表す通りの新しい時代のモダンスタイルゴシック体として誕生しました。どちらかといえば人工的で情緒が少ない印象ですが、それは書体としての機能を高めるための様々な工夫が込められた証左でもあるのです。

●特徴的な平仮名のルーツを探る

 新ゴシックの平仮名は独特な形状をしています。
 漢字(万葉仮名)を崩して書いたことが平仮名の起源ですが、それを新ゴシックのデザインに取り入れたといいます。「ひらがなは特に原点に草書の運筆を感じさせるデザインになっており、近代的な中にヒューマンなあたたかさを感じさせるのが、この書体の大きな特徴になっています。」とのことです(モリサワ『新ゴシック』パンフレット/1991年7月発行より)。
 とはいえ、「草書の運筆」が顕著なのは「ね」「れ」「わ」の1画目が縦画から突き出て折り返すかどうかを区別していることや、「ま」の2画目の長さ、「り」の突き出た始筆部ぐらいであり、独特な仮名の印象は、むしろ製作総指揮である小塚昌彦氏が生み出してきた書体と共通の骨格であることによる影響が大きいと考えられます。
「か」の1画目と2画目による懐の広さ、「こ」の2画目や「た」の4画目や「に」の3画目に見られる前画との繋がりを意識させる高い受け方、「る」の左寄りの重心、そして最も特徴的な「な」の3画目の右上がりなどに顕著に現れています。

新ゴの小塚氏由来の骨格

 先述のように線質は水平・垂直に整理されていながら、骨格は小塚氏制作の書体と共通しており均質ではない(偏りや癖がある)ため、他のモダンスタイルゴシック体のように中立・冷静な印象というよりは、まるっこくてふにゃふにゃでユーモラス、かつ太いウェイトでは自我が強いという、人間臭さのような独自の味わいを獲得しました。
 骨格がゼロベースで検討されたのではなく小塚氏特有の骨格が採用された理由は、そのことについて触れた文献がなくはっきりとしませんでした。

小塚氏が制作に携わった書体
新ゴと小塚氏制作の歴代書体
「な」の3画目は「奈」の3画目であり、仮名の成り立ちから言えば右下がりに書くのが通常であり新ゴのデザインポリシーの筈だが、小塚氏制作の各書体と同様に右上がりに盛り上がっている。均質な太さであることが一般的なモダンスタイルゴシック体としてはかなり特徴的である。

●DTP化とともに大躍進

 新ゴシックは上記のようにモリサワの肝煎りで制作された書体でしたが、写真植字システム専用だった時代はあまり使われませんでした。
 しかし大きな転機が訪れました。モリサワの他の主要な書体と同様に、1993年に Macintosh 用の PostScript フォントとして発表されたのです。この時書体名を「新ゴ」としました。当初はL、M、B、Uの4ウェイトが発売され、その後残りの4ウェイトも順次発売されました。
 それまでに PostScript フォント化されていたモリサワ書体は、リュウミンL-KL、中ゴシックBBB、太ミンA101、太ゴB101、見出ミンMA31、見出ゴMB31、じゅん101、新正楷書CBSK1の8書体だけでしたので、新ゴの登場により DTP でもモダンスタイルゴシック体による現代的ですっきりした誌面(紙面)作りが可能となったのです。

新ゴPostScriptフォント広告
新ゴの広告(モリサワ『たて組ヨコ組』39号/1993年6月25日発行/p.T1より)
新ゴの各ウェイトの形状を 3DCG 化し、虹色に着色して画面いっぱいに配置している。「デジタルの時代だぞ!」と言わんばかりの押しの強い紙面である。当初はL、M、B、Uの4ウェイトだった。

新ゴファミリー
DTP用の新ゴファミリー
従属欧文・数字に顕著な変化が見られる。写植用の新ゴシックでは、パンフレットの図版キャプションで述べたようにLE欧文(見出し向け)とSE欧文(本文向け)が選択できたが、新ゴにはSE欧文に当たるもののみが採用された。LからDBまでは幅が狭く、BからUまでは幅が広い。なお、全角数字は、写植で半角用だったものを全角取りにして配置されている。
※ウェイトELは保有していないため印字していません

 同時期に進行していた DTP 化の大きな波に乗り、新ゴは躍進しました。それまでモダンスタイルゴシック体といえば写研の「ゴナ」の独擅場でしたが、そのゴナが DTP 上で使用できず、PostScript フォントをいち早く提供し DTP では標準的な存在となったモリサワ書体の中でもデザインがよく似た新ゴに注目が集まったのです。ゴナの記事でも書きましたが、DTP の普及とともに新ゴがゴナの代替として使われ、あるいは代替と意識されることなく、モダンスタイルのゴシック体の事実上の標準としての地位を確立していきました。
 新ゴの登場は DTP の普及の始まりと重なり、DTP による印刷物で非常によく使われ、いわば1990年代後半〜2000年代(ゼロ年代)前半を象徴するような書体でした。現在は使用可能な書体が DTP 普及当初と比較にならないほど増え、新ゴが目立つ状況ではなくなりましたが、それでも雑誌や広告などの各種印刷物だけでなく、公共交通機関等のサインシステム、携帯電話・電光掲示板他の画面表示など、ありとあらゆる用途に使用されています。執筆現在(2018年)はモダンスタイルゴシック体よりもオーソドックスなゴシック体が好まれていますが、新ゴは最も普及したモダンスタイルゴシック体として活躍は揺るぎないものであり、毎日一度は見掛けるようなありふれた存在です。今後も長く使われていくことでしょう。

【管理人のコメント】

 これまでは文献や資料から新ゴの足跡を追ってきましたが、ここからは新ゴに対する一個人の所感を述べていきます。

●ゴナに似ていると言われるけれど

 本稿の執筆現在、新ゴシックが誕生して30年近く、新ゴとして DTP で使用できるようになってから数えても四半世紀が経過しました。それでも私は新ゴに慣れることができません。
 1990年代後半、新ゴが使われ始めた頃の印象は「何でこんなゴナにそっくりなものが堂々と作られているんだ」というものでした。その印象は次第に変わり、「ゴナをふざけさせたようなデザイン」だと思っていました。どちらにしても新ゴを見たくはありませんでした。今でもできれば見たくありません。
 今でこそ、一文字だけ見れば新ゴかゴナかを判別することができますが、やはり構成としてはよく似ているというのが率直な感想であり、新ゴはゴナを非常によく参考にして作られているのではないかと思っています。「あ」の3画目が突き出ていない、「き」「さ」の最終画が途切れていてその前の画ははねない、「け」「に」「は」「ほ」の1画目をはねない、「な」の3・4画目が直角状に繋がっている、「り」の1・2画目が繋がっている……など、平仮名だけでも共通の特徴を持っています。もし先発にゴナがなかったら、これらの特徴ある発想をできたでしょうか。

新ゴとゴナの仮名重ね比較
新ゴとゴナを重ねて比較
こうして見ると、両者は共通したエレメントの特徴を持っているが、曲線の曲げ方や画線の伸びやかさはかなり異なることが分かる。なお、字面率は新ゴよりゴナの方が高いようで、シアンで彩色したゴナが新ゴの上下左右からはみ出して見える部分が多くある。そのため、両者を同じ字送りで組むと新ゴはパラついて見える。

 しかし、こうして新ゴの生い立ちを追って分かったのは、「ゴナと新ゴは全く違う書体だ」ということでした。
 ゴナは元々超特太の見出し用書体を単独で要請されて作られ徐々にウェイト展開していった一方、新ゴは当初からウェイトを展開していました。また、ゴナの太いウェイトはあくまで大Q数での使用を前提としたものですが、新ゴは太いウェイトも小Q数に最適化しています。ゴナはU・E・Lが手描き原字、それ以外のウェイトがイカルスシステムを使用して生成された上で出力したフィルムを手描き修整して作られましたが、新ゴは初めからイカルスシステムを使用して制作されました。そういった技術的・機能的な面での差異は、時代(テクノロジーの進歩やノウハウの蓄積の量の違い)により当然現れてくるものです。
 それもそうなのですが、ゴナと新ゴとでは書体の設計思想が全く異なることの方が大きいと筆者は考えます。美しさを保つために文字全体のバランスを追求したゴナと、水平・垂直を強調し、そのために部分の形状でバランスをとり、なおかつ小塚氏特有の特徴ある骨格を活かした新ゴ。エレメントの構成はよく似ていますが、骨格や輪郭の描かれ方は全く異なっています。
 これまでに述べてきたように、新ゴが誕生するまでには長い経緯があり、様々な面から設計の方針が検討され、この形になったのであって、ゴナとは異なる生い立ちがあるのです。

●新ゴは無理をしているのではないか

 こう述べてきましたが、筆者はゴナの方がバランスが取れていて美しいと思っています。ゴナは四角い仮想ボディをバランスよく埋めるため、素直な骨格を伸びやかに配置し、微妙な曲線を捨てなかった一方、新ゴは「直線に近いものは直線にする、曲げるときはしっかり曲げる」という潔さのようなものがあり、無理をして画線を曲げている感があります。その上で仮名に「草書の運筆」を採用し、かつ小塚氏特有の癖がある骨格を採用したがために、相反する概念がぶつかり合い、更にバランスを悪くしているように思います(小塚氏特有の骨格は、仮名文字本来の形状〔≒草書の運筆〕とは言い難い)。
 また、新ゴの太いウェイトを大Q数で印字すると、先述した小Q数での潰れ防止のための隙間の広さにより、画線の太さの不揃いが目立ってしまいます。太い書体を小Q数で印字すれば、書体にどれだけ工夫を凝らしても読みにくくなるのは間違いないことであり、それは書体の使い手が読み手に対して配慮すべき事項(極太の書体は小さく使わない)なのであって、そういったイレギュラーな使い方のために本来想定した使い方での効果を犠牲にしているように感じます。
 新ゴの機能面を重視した設計思想は時代を先取りしていて素晴らしいと思いますが、相反する要素を一つの書体に詰め込んだため、無理をした形状になっているのではないかと筆者は考えます。それが新ゴの不恰好さを生み出しているように感じ、勿体なく思います。

新ゴUとゴナUの隙間比較

新ゴUとゴナUの隙間を比較
最も太いウェイトである「U」の主たる用途は大見出しだが、そのような用途では新ゴUは隙間が大きく空いて見えてしまい、なおかつ文字によって隙間の広さが一定ではなく、黒みにむらがあり不恰好である。また、新ゴは「写」のようにバランスの悪い文字があるが、ウェイトUは画線の太さが限界まで太くなっているため、画線の太さによってバランスの悪さが更に増幅されてしまう。

●新ゴは新ゴらしく、ゴナはゴナらしく

 しかし、だからといって新ゴの存在意義が全くないとは思いません。真面目でしなやかで端正なゴナと、ユーモラスで無機的で癖がある新ゴとでは全く性格が異なるのですから、ゴナに表現できないものでも新ゴが表現できることがある筈です。このことはどの書体にも当てはまるのですが、書体それぞれが活きる場面は異なります。反対に使いどころを間違うと不恰好になってしまいます。
 ゴナが DTP 上で使用しにくい状況にある現在、どうしても新ゴが多用されることになります。両者の性格が違うのに、相応しいものを「選べない」こと、突き詰めれば写研がゴナを多数の人に対して選択できなくしていることが非常に残念です。
 私が新ゴに慣れない理由はそこにあります。新ゴの印象に相応しくない使われ方を見て違和感を感じる場面が多くあるからです。
 新ゴもゴナも選ぶことができ、新ゴが新ゴらしく、ゴナがゴナらしく活躍する時代が訪れることを心から願っています。

●ファミリー(初出当時の名称です)

書体名
発表年
新ゴシックEL 1991
新ゴシックL 1990
新ゴシックR 1991
新ゴシックM 1990
新ゴシックDB 1990
新ゴシックB 1990
新ゴシックH 1990
新ゴシックU 1990
新ゴ シャドウ 2008
新ゴ エンボス 2008
新ゴ ライン 2009
新ゴ 太ライン 2008

※「新ゴシック アウトライン」という書体が1994年に発表されたという記述を見たことがありますが、出典不明のため上の表には掲載しておりません。
→書体のはなし

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