書体のはなし ゴナ

●写研/中村征宏 1975年

●写植書体の代表格

 書体が好きな人や経験の長いデザイナーならこの書体を知っているのではないでしょうか。写植と聞いて「ゴナ」を真っ先に思い出す人も多いでしょう。

 極細の丸ゴシック体「ナール」(1972年)の大成功を受け、写研がナールの作者である中村征宏氏に「石井特太ゴシック体よりも太いゴシック体を作ってほしい」と依頼して制作された書体です。

石井特太ゴシック体・新聞特太ゴシック体との比較
石井特太ゴシック体 EG-KL(上)・新聞特太ゴシック体 YEG(中)・ゴナU(下)の比較(印字:亮月写植室)
既存の特太ゴシック体に比べ、ゴナUは型破りとも言えるほど太い画線で構成されている。
ゴナU誕生時、新聞特太ゴシック体は拗促音等を大きくする改訂(YSEG-L・1978年)の前だった。そのため従来のYEGと比較している。

 中村氏は、ポスター等で和文のゴシック体と欧文のサンセリフ書体が混植された時のそれぞれの書体の印象の違いが気になっていました。和文のゴシック体は「石井ゴシック体」ファミリーに見られるような毛筆的で強弱のある線質である一方、欧文のサンセリフ書体は直線的・幾何学的に整理された線質だったのです。
 そこで、欧文書体の印象を和文書体に持ち込めないかと考え、均一な線幅で直線的な線質のゴシック体を着想したそうです。

→参考:字游工房『文字の巨人』中村征宏さん・その3

和欧混植の比較
石井特太ゴシック体 EG-KL(上)・ゴナU(下)を Helvetica と混植(印字:亮月写植室)
毛筆的な石井特太ゴシック体に対して幾何学的な Helvetica を混植すると線質の違いから違和感が生じるが、ゴナUであれば違和感なく混植できる。
※手動写植機での印字に当たり、欧文はベースラインシフトのみ行い、Q数上げは行っていない。

●モダンスタイルゴシック体の礎

 こうして、1975年に超特太ゴシック体「ゴナU」が発売されました。書体名は「ゴシック」と「中村」の頭文字を取ったものです(2011年7月の「第15回電子出版EXPO」に出展した写研ブースでの説明による)。
 先述のように、従来のゴシック体にあった毛筆的な「角立て」「突き出し」といった抑揚を廃し、輪郭を直線的・幾何学的に処理し、ほぼ均一な太さにしています。また、骨格も従来のゴシック体や文字本来の形にこだわることなく独自に設計し、文字の黒みを均質にするため仮想ボディの正方形いっぱいに広げ、画線の太さゆえの狭い隙間という制約の中でバランス良くかつデザイン的に処理しています。
 都会的と言ってよいようなこういった特徴は従来のゴシック体(石井ゴシック体等)にはないもので、しかも超特太ということもあり、当時の書体ラインナップの中では唯一無二の地位を獲得しました。
 ゴナUは発売直後から新聞広告や雑誌の大見出し、電車の中吊り広告、レコードジャケットなどに多用され、その強烈な訴求力を発揮しました。均質な黒さによって行の流れが感じられ、更に流れを強調するため斜体のライン揃えを行って組まれることも多くありました。

桜田淳子『リップスティック』レコードジャケット
桜田淳子『リップスティック』レコードジャケット(1978年6月5日発売)
題名・歌手名ともゴナUが使われている。どちらも斜体のライン揃えを行って組まれている。特に題名は三本の帯とともに右肩上がりになっていて、押しの強さや勢い、そして都会的な硬質さを感じさせる。

 先述のデザイン手法で制作されたゴナUは、現在「モダンスタイル」と呼ばれるゴシック体の初めての類型で、後発の書体へ非常に大きな影響を与えました。リョービ「ナウG」(1979年)、モリサワ「新ゴシック体」(1990年)、フォントワークス「ロダン」(1990年)、ニィス「JTCウインS」、モトヤ「モトヤシーダ」、イワタ「イワタ新ゴシック体」、フォントワークス「ニューロダン」(2002年)、大日本スクリーン製造「ヒラギノ角ゴシック体AD仮名」(2004年)等があります。ゴナはそれらの書体の手本となったと言ってもよいでしょう。

ゴナと他書体との比較
ゴナとモダンスタイルのゴシック体

 また、ゴナと同時代の新書体としては、写研の「スーボ」(1974年)「大蘭明朝体」(1975年)やモリサワの「見出ゴシック体MB101」(1974年)「ミヤケ・アロー」(1975年)「アローG」「見出丸ゴシック体MBD501〈快調〉」(1976年)などがあります。繊細な「石井中明朝体OKL」が席巻する中、こうした超特太で押しの強い書体が求められる時代でもありました。

●ウェイト展開と「ゴナの時代」

 ゴナUは超特太のウェイトゆえ小さなQ数では文字が潰れてしまうため、用途が大きな見出しに限定されていました。そこで小さめの見出しにも使えるようにと、やや細めである特太ウェイトのゴナが開発されました。ゴナUと同じく中村征宏氏が原字を担当して制作が進められ、1979年に「ゴナE」が発表されました。ほど良い太さのため、ゴナU以上に幅広く使用されました。

 時を同じくしてゴナEを基に輪郭を施した袋文字の「ゴナO」(アウトライン)が発表、1981年には更に影を付けた「ゴナOS」(アウトラインシャドウ)が発表され、ゴナによる見出しが表情豊かになりました。
 このころアウトラインやアウトラインシャドウといった装飾書体が現れたのは、当時の印刷物は光学的な技術によって作られていたからです。袋文字や影付き文字のような装飾を書体に施すには、撮影やネガポジ反転のような写真処理が何度も必要で煩雑だったため、初めから装飾が施された書体が求められたのです。

 その後写研では、試作していた「ゴナM」「ゴナDB」が三菱銀行の制定書体に決定したのをきっかけに、ゴナファミリーのウェイト展開を図るべく開発が進められました。まとめ役は「スーボ」の鈴木勉氏、補助が橋本和夫氏、そして作者である中村征宏氏も監修として加わりました(字游工房『鈴木勉の本』ゴナファミリー 人をまとめる文字より)。
 ナールファミリーと同様にデジタルフォント制作システム「IKARUS」が導入された時期で、ゴナEと新たに制作したゴナLの原字をデジタイズし、間のウェイトを IKARUS で生成し、フィルムに出力したものを手作業で修整して制作したとのことです(今田欣一さん「文字の厨房」の『[見聞録]第2回 ゴナとナールのファミリー・ヒストリー』より)。

 こうして1983年、「ゴナL」「ゴナM」「ゴナD」「ゴナDB」「ゴナB」が発表されました。これまでは均質な押しの強さがゴナの持ち味でしたが、この時発表された細いウェイトでは元々持っていた骨格の素直さが前面に現れ、すっきりとして知的で、優しくて安定感のある雰囲気を持っています。
 細い文字から超特太の文字まで表現できるようになったゴナファミリーは、1980年代のポップでデジタル志向、そして勢いのある時代の雰囲気に乗って、これまで明朝体・ゴシック体で組まれていたであろう用途をも置き換えるに至り、印刷物や看板、テレビや映画の字幕など文字が関わるあらゆるものに使われました。「ゴナの時代」の到来です。  

 そして1985年、EとUの中間の太さの「ゴナH」を発表し、ゴナのウェイト展開は完成を見ました。更に同年、影付きの「ゴナOS」とゴナUの画線の中心に白い線が入った「ゴナIN」、ゴナOの中心に黒い線が入った「ゴナLB」が発表され、和文書体としては類を見ない大ファミリーを形成しました。

ゴナファミリー見本
手動写植機で印字したゴナファミリー(印字:亮月写植室)

●ゴナの性格と広く愛された理由

 ゴナファミリーによる文字組は、素直な骨格によって穏やかで真面目で主張はないものの、仮想ボディいっぱいにバランス良く広がるため視認性が高く、輪郭は幾何学的に整理されて滑らかなため現代的でもあります。また、ナールがそうであったように、一点に力がかかるような無理な曲がり方はしていません。そして細部を見れば、払いや撥ねはその勢いが削がれることなく、かといって均一な太さに見える状態を崩さないように微妙に太さが変化するなど、モダンスタイルとはいえども輪郭はあくまでも柔らかくて親しみやすく、決して冷たく機械的な印象ではありません。
 これらの特徴はどのような用途であっても文章の内容を邪魔するものではありません。これも「ゴナの時代」とのちに呼ばれることになるほど愛用された大きな理由なのではないかと考えます。
 それを物語るかのように、ゴナファミリーは公共交通機関のサインシステムや企業のCI(コーポレート・アイデンティティ:企業のイメージ統一を図るために関係するデザインを統一すること)に多用されました。慎ましくも親しみやすく読みやすいゴナは、公共という広く中立な立場や、企業の顔として最適な書体だったのです。

名古屋市営地下鉄のゴナB
名古屋市交通局のサインシステムに採用されたゴナB
1989年、世界デザイン博覧会開幕と名古屋市営地下鉄桜通線開通に合わせ、高北幸矢氏によるサインシステムが採用された。地下鉄などの主要表記にはゴナB長体1(横比率90%)が用いられた。すっきりとした横組みと体系的なレイアウト設計により、視認性が高くひと目で理解でき、かつ美しい表示を実現している。

 真面目な印象のゴナでしたが、1989年には3種類の仮名書体が発表されました。デザイン的な処理を薄め文字本来の形寄りとしたオーソドックスタイプの「ゴナかなO」、骨格を角丸状としたワイドタイプの「ゴナかなW」、文字を縦横に引き延ばしたユーモラスなコミックタイプの「ゴナかなC」です。それぞれがLからUまで8ウェイトを揃えています。表情豊かなこれらの仮名書体は、主に若者向けの雑誌などによく使われました。

ゴナかなシリーズ見本

 また、派生書体ではありますが、1997年に写研から「ゴナラインU」というゴナUを更に太くし骨格を四角くしたような書体が発表されています。

 このように、超特太で始まったゴナファミリーは時代とともに、細いウェイトへ、装飾文字へ、表情豊かな仮名へとその表現の幅を広げてきました。

●「ゴナの時代」の終焉と新ゴシック体

 しかし、「ゴナの時代」は、DTP化が急激に進行した1990年代半ばで終焉を迎えることになりました。
 原因の一つとして、写研の写植(組版システム)がDTPに置き換えられる一方でゴナがDTPで使用できないままであったことが挙げられますが、もう一つの大きな原因は類似書体が存在することでした。

 大阪の写植機メーカーだったモリサワも、1990年に自社の写植機や組版システム用のモダンスタイルゴシック体として「新ゴシック体」を発表していましたが、殆ど使用されることはありませんでした。
 しかし1993年にはDTP用デジタルフォント「新ゴ」として発売され、Mac ユーザーに注目されました。新ゴをぱっと見た印象やエレメントの構成はゴナによく似ており、これ以降ゴナが担ったであろう用途で急激に使用されるようになったのです。

ゴナUと新ゴU
ゴナUと新ゴUの比較
両者ともモダンスタイルのゴシック体で、エレメントの造りや構成は一見するとよく似ているが、骨格や細部の処理に対する考え方は全く異なる。(下にある拡大比較の図でも述べる。)
漢字を見ると両者はかなりよく似ているが、ゴナは黒みが一定で輪郭が自然なカーブを描くのに対し、新ゴは込み入った画線の隙間が大きく輪郭には不自然な急カーブがあり、無理をしている感がある。
骨格は、超特太文字としてのバランスを最優先させているゴナに対し、新ゴはバランスに偏りがあり、制作の指揮を執った小塚雅彦氏の作家性が現れたぷくぷくとしてくだけた表情である。

 写研はその様子を黙って見てはいませんでした。1993年3月17日、モリサワに対し、新ゴはゴナに関する著作権を侵害しているとして大阪地方裁判所に提訴しました。この訴訟は最高裁判所にまで至ったものの、地裁、高裁、最高裁の判断としては、モリサワがゴナを模倣したと直接認められるだけの証拠はない・ゴシック体として制作するのであればある程度ゴナと似ることは避けられない・ゴナは固有の特徴を備えているとは言いがたい・書体は著作物ではないなどとして写研の訴えは棄却され、2000年9月7日に結審しています。
 一方で日本語組版のDTP化は着実に進み、写研の書体を使用する機会(機械)は減少の一途を辿りました。ゴナは写研の組版システムと運命を共にし、一方で新ゴがゴナの代替として使われ、あるいは代替と意識されることなく、モダンスタイルのゴシック体の事実上の標準としての地位を確立していきました。

ゴナUと新ゴU
ゴナUと新ゴUの拡大比較
ゴナは努めて一定の太さに見えるようにしている一方、新ゴは筆の勢いを感じさせるような強弱がある。一方で撥ねを見ると、ゴナはその勢いを削がないよう繊細な変化のある曲線を描いているが、新ゴは角丸と直線で構成されており、大雑把で硬く、画線のキレが悪く、錯視によって先端がすぼまって見える。

 2000年代に入り、最後まで写研書体が優勢だった漫画制作も大方DTP化が完了し、主な用途の一つだったサインシステムも、JR東日本等の駅名表示や首都高速道路の標識、名古屋市営地下鉄などに使われる書体はゴナから新ゴへと変更されました。
 2015年現在、著名なゴナの現役での使用例はJR東海のサインシステム、都市高速道路各社の設置する道路標識や案内標識(いずれもゴナDBか?)や日本オリンピック委員会の「がんばれ!ニッポン!」(ゴナU)、ミサワホームなどの企業ロゴマークぐらいで、印刷物での新規使用は大手印刷会社によって発行されているもの以外では殆どありません。

【管理人のコメント】

※以下、2003年1月21日初掲載時に執筆した文章を大幅に加筆・修正しました。一部「おたよりコーナー」の過去の筆者の書き込みから抜萃しています。ご了承ください。

●新ゴにゴナの代わりはできない

 ゴナは、1990年代前半までは間違いなくモダンスタイルのゴシック体を代表する存在だったのですが、今では「日本人なら一日一回は見ている書体!」と言えなくなってしまったのが残念です。
 デザインが似ている新ゴに押されてゴナが姿を消しつつあることは先に述べた通りですが、新ゴが幅を利かせていることをいまだに心苦しく思います。新ゴはゴナをふざけさせたようなデザインなので、見ていて何だか気恥ずかしく、注意書きの看板などに使っても説得力がありません。そして特にサインシステムなどの公共物に新ゴは合わないと思います。
 ゴナを使うには手間がかかるから新ゴを使っていたり、ゴナの存在そのものを知らなかったりする人が多くいることは十分承知しています。それでも、そうして新ゴを「考えずに選んでいる」現状があるからこそ、ゴナと新ゴに違いがあることや、新ゴが本当にその用途に適しているのかを意識する必要があるのです。

ゴナと新ゴ・注意喚起の比較
このような警告文を組んだ時、真面目な印象のゴナが真価を発揮する。新ゴでは楽しげな印象が出てしまい、言葉の説得力があまりない。

 ゴナは幾何学的な輪郭、均質な太さ、画線のバランスを追求した結果、真面目で主張のない、言い方を変えれば基本に忠実で目に引っ掛かりがないという特徴を得ました。ゴナはモダンスタイルの角ゴシック体に於ける形の美しさと文字としての機能(文字が何かを想起させることなく文字そのものに徹する)を高いレベルで両立した訳です。
 一方で新ゴは、モダンスタイルでありながら、その線質や骨格から、主張や想起される印象(ユーモラスなど)、視覚的な引っ掛かりがあります。
 これらがゴナと新ゴとの決定的な違いであり、端的に言えば、新ゴにゴナの代わりはできないということです。
 公共物に新ゴが使われていることによって感じる「気恥ずかしさ」は、こういった理由によるものです。例えるなら、官公庁なのに職員が遊びに行くような恰好で執務しているようなものだと思っています。

サインシステムのゴナ・新ゴ比較
東海道新幹線のサインシステムを再現
ゴナDBが正規の書体ですが、場所によっては新ゴMを見かけることがあります。
ゴナは漢字も仮名も仮想ボディいっぱいにデザインされていますが、新ゴは仮名がやや小さくて骨格のバランスが悪く、懐の広さがあまり活かされていません。文字を確実に読ませる必要があるサインシステムに使うにはやや苦しい感があります。
まして一文字1メートル角程度に大きく使われることもあるこの用途の場合、拡大比較の図で述べた通り、画線の太さにばらつきがなく、細部にまで配慮が行き届いたゴナの方が視覚的に有利だと考えます。

●ゴナの使用例・名古屋市交通局のサインを考える

 筆者は名古屋圏在住で、名古屋市交通局のサインシステムの変化を目の当たりにしてきましたので、ゴナの使用例の一つとして紹介します。
 しかし、2000年代前半には名古屋でも写植屋さんが殆どなくなり、ゴナから新ゴへの転換を余儀なくされました。

いりなか ゴナ・新ゴ比較
名古屋市営地下鉄「いりなか」駅名を再現
左がゴナB、右が新ゴM。いずれも長体1番です。

 上図の通り、ゴナの仮名は水平・垂直を基調とし、画線のバランスの美しさを優先させ、緊張感のあるすっきりとした設計ですが、新ゴの仮名は筆の勢いを感じさせ、ふにゃふにゃとしたユーモラスな表情のあるデザインです。「誰が読んでも文字情報を理解しやすい」ことが重要なサインシステムには、特定の表情がなく機能的なゴナが最適だと考えます。

名古屋市営地下鉄駅名標の再現
 名古屋市営地下鉄のサインシステムはゴナB長体1番ツメツメ+小さめの Helvetica による抑制の利いた美しいデザインでしたが、上図後者のように当初のサインシステムは崩壊してしまいました。ただし、文字や記号それぞれの要素の「見やすさ」は現在のものの方が高いように思います。
 しかし現在のものは、要素が多くごちゃごちゃしていて、それぞれが主張しすぎていて、左右非対称であるなど、ぱっと見た時に理解しやすいかは疑問です。また、洗練の度合いは当初のものの方がずっと上だと思います。
 ゴナ時代のサインシステムを無理矢理踏襲してデザインが破綻するよりは、シンプルで見てすぐ理解できるような新たな設計が必要だと思います。ゴナが使えないのであれば、他書体を活かせるようなものを考えればよいのです。

●ゴナの類似書体について

 ゴナには、一見見分けがつかないような類似書体が多く存在します。
 それらの書体にはゴナではないことが判る特徴がありますので、書体毎に挙げていきます。印字物や看板などでゴナかどうかを見分ける時の参考にしていただけたらと思います。
 これらの書体で組んだ時の印象は「ああ、ゴナの偽物なんだな。」以上でも以下でもありません。

1 LSN太角ゴシック体

 1997年辺りから、テレビ用の字幕に「ゴナE」のように見えるフォントが使われていますが、ゴナではありません。
ラムダシステムズ」というテロップ送出機の会社が同社のシステムに搭載している「LSN太角ゴシック体」という Windows 用フォントです。本物のゴナEと比較すると、

・「あ」の3画目の始筆部分が微妙に突き出している
・「う」の1画目がおかしい(上に凸である)
・「や」の2画目の終わりがおかしい(1画目を貫通している)
・「八」「船」等の「八」の部分に「はちやね」がついている
・「%」「?」の字形がおかしい(ゴナ特有の角張ったデザインではない)
・数字が妙に角張っている(特に全角数字は読みにくい程に)

……等が挙げられます。
 こういったゴナと混同しかねないようなデジタルフォントが堂々と世間に姿を現していることに強い疑問を感じます。番組でこの“ニセゴナ”を見る度、嫌な気分になります。

2 カッティングマシンに搭載された書体

 JRの駅名標や看板の文字にゴナらしき書体が使われているのを見掛けますが、カッティングマシンに搭載されていたゴナの類似書体であることがあります。(※2016.2.9 本稿掲載当初、メーカー名を明記しましたが、筆者は真偽を確認できていませんので削除しました。)

・「か」の3画目が濁点が欠落したように短い
・「で」など仮名の濁点の位置が本来の位置ではない
・「た」の2〜4画目が不自然な形状である
・各文字の鉤状に曲がった箇所の輪郭の角が斜めに面取りされている

…… と、ゴナにはない特徴が目立ちます。
 この書体を使用したインスタントレタリングが販売されていたようです(2000年頃、名古屋市内の大手雑貨店で確認)。

→参考:街で見かけた書体『ゴナか否か』

3 TA風雅角ゴシック

 前者2件はゴナと比較して明らかに異なる点がありますが、「TA風雅角ゴシック」という書体は重ねるなどしない限り見分けることが非常に難しいほど酷似しています。
 しかし、実用上多くの不備があります。

・縦組み用の拗促音を横組み用拗促音として収録しているものがある
・音引き「ー」や英数字などが漢字仮名のデザイン・ウェイトと合っていない
・寄り引き(文字の重心のバランス)を調整していない

……などです。組んだ時の体裁を全く考慮していない書体で、ある意味類似書体の中で一番致命的な欠陥を持っています。

 2009年、この書体の発売元だったテクノアドバンス社へ電子メールにて取材しました。先方の談を文意が変わらない程度にまとめます。
 1996年、同社が自社のカッティングマシン用ソフトの専用フォントとして制作したのが「風雅書体」シリーズでした。字母はこのソフトのユーザーが描き起こした原字で、了承を得て原字からデジタイズしたものでした。
 現在パーソナルコンピュータ上で使用できる風雅書体は単に上記を変換したものではなく、同社の文字自動生成ソフトウェアを使って、500文字程度の文字エレメントをJIS第一水準の文字に増殖したものとのことでした。
 同社としては、独自に作成した字母を独自のフォント製作方法によって製作したフォントの知的所有権は、外見上の判断ではなく、その製作者に帰属するとの見解でした。
 この見解そのものに違法性や異論は特になく、釈然とはしませんでしたが引き下がりました。

4 その他
 リコー「HGTE角ゴシックU」のほか、同「HG重ね角ゴシック」「HGインライン角ゴシックH」「HGメタル角ゴシックE」やダイナコムウェア「DCPクリスタル」など、ゴナを基にしつつ装飾したような書体もあります。

●“パクり”は優れた意匠の証か?

 前章『ゴナの類似書体について』に挙げた書体の制作者は、「ゴナとは全く異なる過程でデザインを考案し、異なる設計思想に基づき制作し、偶然これほどにも似てしまった」と論理的に証明できるのでしょうか。ここに挙げただけでも8書体、それぞれが独自に辿り着いた結果がゴナのデザインだというのでしょうか。非常に疑問です。
 しかしながら筆者は、ゴナを模倣していると反証できるだけの材料を持っていませんので、これ以上はコメントできません。

 よって以下は筆者の個人的な思い(模倣したことが前提)としてお読みいただけたらと思います。
 類似書体が多数出現したことやそれらの書体が使われていることは、ゴナに需要があり、書体の意匠として優れていることの証でもあります。これだけ多くの類似書体が存在し、現に使われている様子を見ることができるのですから。
 しかし、既にある意匠を模倣したものをさも自分がゼロから創ったかのように振る舞い、商品とすることは、志の低い幼稚な行為です。
 他人が考えて創ったものを「複製せずに作ったのだからオリジナルのデザインだ」と言い張り、そして利益を得ようとする倫理観のない作り手(※私の主観です)には対価を払いたくありません。ゴナを明らかに模倣して書体を作ること、そして使うことは、多くの労力と資金を費やして何もないところからゴナを作った写研や中村征宏さんが得られたであろう利益を奪い、侮辱する行為だと思うからです。
 このデジタル時代に於いてこそ、「本物」を求めることが大切だと思うのですが……。

●ファミリー

 ●は手動写植機専用書体です 

書体名/書体コード
発表年
ゴナL/LNAG 1983
ゴナM/MNAG 1983
ゴナD/DNAG 1983
ゴナDB/DBNAG 1983
ゴナB/BNAG 1983
ゴナE/ENAG 1979
ゴナH/HNAG 1985
ゴナU/UNAG 1975
ゴナO(アウトライン)/ONAG 1979
ゴナOS(アウトラインシャドウ)/OSNAG 1981
ゴナIN(インライン)/INNAG 1985
ゴナLB/LBNAG● 1985
ゴナL〜UかなO(オーソドックスタイプ)/K-_NAG-O 1989
ゴナL〜UかなW(ワイドタイプ)/K-_NAG-W 1989
ゴナL〜UかなC(コミックタイプ)/K-_NAG-C 1989

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