書体のはなし 本蘭ゴシック

●写研/多田信之(仮名) 1997年・1999年

●本蘭書体のあらまし

 写研には、創立者である石井茂吉氏が制作した「石井明朝体」ファミリー(細、中、太、特太)があり、石井細明朝体(LM-NKL/-NKS)が書籍の本文に使用されました。しかしこれらの書体を本文に使用すると画線に表情があり過ぎて印字が飛んだりちらついて読みにくかったりするなど、難点もありました。
 そこで、自動写植機での使用に対応すべく、1970年には「石井細明朝体縦/横組み用かな」(LM-KPT/KPY)を発表しました。やや骨太の画線が仮想ボディ一杯に広がるようなモダンなデザインでした。

 しかし LM-KPT/KPY は文字毎の字面の大きさが揃えられていて長文にはあまり適さなかったため、新たに自動写植機用の本文向け明朝体を開発することになりました。1975年に発表された「本蘭細明朝体」(現在の本蘭明朝L)です。石井細明朝体に比べて字面が大きく懐は広めで画線の強弱が整理された現代的なデザインです。自動写植機の高速回転する文字円盤とフラッシュランプによる短時間の露光でも印字が飛ばないよう骨太の画線とし、始筆部を強調し、画線が交わる太い箇所はぼけ足が出ないよう切り込み処理をするなど光学的な配慮がされた設計で、写研の自動写植機・電算写植機の標準搭載書体となりました。

本蘭細明朝体見本
本蘭細明朝体の見本(写研『文字に生きる』/1975年)
自動写植機用の文字円盤のために開発されたので、画線が鋭角に交わる箇所には、ぼけ足防止のための切れ込みがあることが分かる。この切れ込みは、電算写植機用のアウトラインフォント(Cフォント・タショニムフォント)では埋められた。

 その後、同社の創立60周年である1985年には見出し用として本蘭明朝M、D、DB、B、E、Hを発表しました。これらも石井明朝体ファミリーとは性格がかなり異なり、広めの懐にメリハリのある画線を持ち、硬質で現代的なデザインです。こうして本蘭明朝ファミリーが完成しました。

●本蘭明朝に合うゴシック体を

 本蘭明朝Lは漢字・仮名とも石井細明朝体よりも懐が広めで字面が大きく、骨格も異なるため、石井ゴシック体ファミリーを小見出しや強調文字として使用するとゴシック体の方が小さめに見えてしまうという難点がありました。
 そこで写研は、自動写植機サプトンに於ける岩田細明朝体による本文での混植用として開発された「石井中太ゴシック体」(DG-KS:1970年)の字面を大きくした「石井中太ゴシック体L」を1981年に発表しました。本蘭明朝Lに対して字面の大きさに関しては違和感がなくなりましたが、石井中太ゴシック体のデザインであることには変わりがないため、文字の外観の統一感はあまりないままでした。

本蘭明朝と石井中太ゴシック体の混植
本蘭明朝Lと石井中太ゴシック体の混植例(『写研』52号/1982年2月25日発行/p.60)
従来の石井中太ゴシック体(DG-KS)では本蘭明朝Lよりも字面が小さく、見出しや強調文字として目立たなかったが、石井中太ゴシック体L(DG-L)は本蘭明朝Lに負けない字面の大きさである。

 そのような状況下、本蘭明朝ファミリーと統一感があるデザインのゴシック体として開発されたのが「本蘭ゴシック」ファミリーです。
 元々は本蘭明朝ファミリーのように写研創立70周年(1995年)に合わせて開発されていたようです。(→詳しい経緯は今田欣一さん「文字の星屑」「[見聞録]第5回 本蘭明朝、本蘭ゴシックの10年」を参照)。

●幻の?「本蘭ゴシックU」

 1997年、写研創立70周年から2年遅れて発表されたのが「本蘭ゴシックU」(書体コードUHG)です。極太のU以外のウェイトは発表されませんでした。手動写植機の時代は既に去って文字盤は発売されず、電算写植システム用のデジタルフォントのみが発売されました。


石井ゴシック体ファミリーと並ぶ字形改訂前の本蘭ゴシックU(UHG)

(写研『O・タショニム・フォント見本帳』No.3/1999年)
UHG は石井ゴシック体ファミリーと混植しても違和感がないほど字形がよく似ている。

 それまで写研の極太ゴシック体はモダンスタイルの「ゴナ」しかなく、文字本来の形を保った極太ゴシック体はモリサワの「特太見出ゴシック体MB101」(B、H、U)の独擅場でしたが、こういったゴシック体を写研の電算写植システムでもようやく使用できるようになったのです。
 当時の本蘭ゴシックUは、仮名は石井ゴシック体ファミリーの特徴のまま太くしたようなデザインで、極太でありながら柔らかく穏やかという独特な雰囲気を持っていました。

 本蘭ゴシックU(UHG)は一部の印刷物に使用されました。音楽専科社『hm3』(1997年8月創刊、2008年5月終刊)は2000年代前半まで大半のページが写研の電算写植による組版で、一部の号の記事に使用されていました。集英社『るろうに剣心・剣心華伝』(1999年12月発行)は全て写研組版で見出しの至る所に UHG が使われており、この書体の組見本として非常に貴重な存在です。

本蘭ゴシックU(UHG)の使用例
音楽専科社『hm3』9号(1999年8月5日発行)p.100

るろうに剣心 剣心華伝
るろうに剣心 剣心華伝 見出し拡大
集英社『るろうに剣心・剣心華伝』(1999年12月22日発行)p.50
本書の見出し書体は、本蘭ゴシックUと特太見出ゴシック体MB101(モリサワの写植機による印字)が混在している。20〜30ページ単位で切り替わっているので、分業で版下制作を行ったのだろうか。

●写研渾身の「2000年ゴシック」

 1999年、写研は本蘭ゴシックのファミリー化を発表し、2000年に電算写植システム用のデジタルフォントを発売しました。当時の広告やパンフレットによると10年かけて開発したとあります。

本蘭ゴシック写研広告
写研「本蘭ゴシック発表」雑誌広告(『デザインの現場』1999年12月号)
浅葉克己氏が掲げている幟に書かれている文字のようなものは、エレメント(文字の構成要素)を示したものである。

本蘭ゴシックファミリーパンフレット
本蘭ゴシックファミリーパンフレット本文
本蘭ゴシックパンフレット(写研/2000年発行)

 この時初めて発表されたウェイトL、M、D、DB、B、E、Hと、既発のUも含めて書体コードには文字品質改良記号「A」が付されました(つまり本蘭ゴシックLであれば「LHGA」というように、初出なのにA付きである)。
 先行したウェイトU(UHG)の柔らかい仮名は一新され、全てのウェイトが本蘭明朝ファミリーの骨格を踏襲した懐がやや広く硬質の骨格となり、従来の UHG は写研の書体見本帳から削除されました。

字形改訂後の本蘭ゴシック見本
写研『タショニム・フォント見本帳』No.5A(2001年7月1日発行)p.38

字形改訂前の本蘭ゴシック
字形改訂前の本蘭ゴシックU(UHG)

字形改訂後の本蘭ゴシックU
字形改訂後の本蘭ゴシックU(UHGA)※

本蘭ゴシックU・字形改訂前後の比較
本蘭ゴシックUを字形改訂前後で比較
字形改訂により、多くの文字のデザインが変更された。一部の仮名は本蘭明朝ファミリーに合わせた字形に変更された。また漢字は、UHG では懐が絞り気味である一方で縦横画の輪郭は直線的だったが、UHGA は懐が広くなり、角立てが追加されて外へ広がるような輪郭になり、文字本来の形を尊重していることが分かる。

※UHGA の文字は株式会社シンカ様のアウトラインサービスにより取得しましたが、「い」「さ」「な」「の」などが UHG の字形のままであることが判明しましたので、原因を同社に照会中です。

 写研としては大々的に発表したものの、当時も DTP 化の波は着実に押し寄せており、電算写植でもこの書体を出力できる会社は限られているため(印字可能なウェイトと会社は本稿末尾に記載)、大手出版社の印刷物であってもこの書体を見掛けることは稀ですが、目立たないながらも継続的に使われました。
 筆者は「アリナミンA」の新聞広告('00年代前半)や白泉社『花とゆめ』内の雑誌広告(2002年)で見かけました。JT『大人たばこ養成講座』の駅貼りポスター(2006年)にも使用されました。

JT『大人たばこ養成講座』ポスター本蘭ゴシック部分の拡大
JT『大人たばこ養成講座』ポスター(2006年4月筆者撮影・右は本蘭ゴシックE部分の拡大)
石井ゴシック体ファミリーに似たUHGとは字形が異なることが分かる。
なお、「た」は加工してある模様で、本蘭ゴシック本来の字形ではない。

 雑誌では『ブリオ』(休刊する2009年8月号まで使用されていた)『花時間』『週刊新潮』にも少なくとも2000年代中盤までは使われていました。これ以降も注意深く印刷物等を観察していますが、本蘭ゴシックファミリーを見掛けたことはありません。(新しい使用例を見掛けられた方は、筆者までお知らせください。)

ブリオ2007年3月号表紙
光文社『ブリオ』2007年3月号表紙
休刊する最後の号まで、表紙を始め雑誌全体に本蘭ゴシックが使われていた。

花時間2007年3月号
角川マガジンズ『花時間』2007年3月号 p.36〜37
当時の『花時間』は誌面の99%が写研組版で、表紙や広告などのみがDTP制作だった。本文ページの使用書体は、見出しに本蘭ゴシックH(一部ゴシックMB101B)、本文は石井中/太明朝体OKL、キャプションは石井中ゴシック体KLで一貫していて、本蘭ゴシックの押し付けがましさのないすっきりとした穏やかさが花の雑誌の爽やかさを演出している。虚飾を排した誌面デザインは執筆現在(2018年)でも古さを全く感じさせない。誌面の美しさもさることながら、本蘭ゴシックの組見本としても貴重である。

 写研最後の書体だけに使用例が少なく、活躍を見ることができる印刷物は限られていますが、写研の書体開発チームは解散してしまったと聞き及んでいます。今後この書体が多くの人の目に触れる時は訪れるのでしょうか。

●本蘭ゴシックを印字(アウトラインサービス含む)可能な会社

→NET-DTP(株式会社シンカ)
 本蘭ゴシックU(字形改訂・UHGA)のみ印字可能

→株式会社タイプアンドたいぽ 
 本蘭ゴシックU(字形改訂前・UHG)のみ印字可能

→本蘭ゴシックを使ってみませんか(株式会社ステーションエス)
 本蘭ゴシックファミリー(字形改訂後)全ウェイトを印字可能

●ファミリー

書体名
発表年
本蘭ゴシックL/LHGA 1999
本蘭ゴシックM/MHGA 1999
本蘭ゴシックD/DHGA 1999
本蘭ゴシックDB/DBHGA 1999
本蘭ゴシックB/BHGA 1999
本蘭ゴシックE/EHGA 1999
本蘭ゴシックH/HHGA 1999
本蘭ゴシックU/UHG(字形改訂前) 1997
本蘭ゴシックU/UHGA(字形改訂後) 1999

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