文字盤【もじばん】 ●“フォント”にあたるガラス板 写真植字の文字盤はコンピュータでいうフォントにあたり、ガラス板にネガ(黒地に透明)になった文字や記号が整然と並べられています。この文字盤に光を当てて文字の形を透過させ、印画紙を感光させるという仕組みで印字しています。 以下、写研の文字盤について解説します。
縦22.4cm×横38.4cmで、最大2862種類の文字や記号を収録できる大きな文字盤です。主に和文書体の使用頻度が高い文字が収録されています。 SK型等旧来の手動写植機では、1書体が「スタンダード文字盤」と呼ばれる269文字収容の文字盤に何枚かに分けて収録されていました。この方式では書体変更の際は複数枚を交換しなければならず非常に煩雑でした。 メインプレートに和文書体が収録されている場合、漢字が一寸ノ巾によって配列されています。中央手前は仮名・英数字や約物・使用頻度が非常に高い漢字(一級文字)が並び、その三方を使用頻度がやや高い漢字(二級漢字)が取り囲むようにして並んでいます。 収録文字数は次の通り(『写研31』p.57から引用)。 一級 漢字543、俗字19、ひら・カタカナ147、促音28、洋数字30、欧文52、約物記号45 数式用や楽譜用、中国語用の簡体字・繁体字のメインプレートもあります。 →PAVO・SPICA 一寸ノ巾式文字配列表(1983.3改訂版)メインプレート
大きさは7.3cm×13cmで、最大269種類の記号や文字を収録できる小さな文字盤です。サブプレートにはメインプレートを補完する役割があります。 ・仮名書体(かな集合文字盤、つめ組み用文字盤) 等が収録されています。 →PAVO・SPICA 一寸ノ巾式文字配列表(1983.3改訂版)第一外字(三級漢字) →PAVO・SPICA 一寸ノ巾式文字配列表(1983.3改訂版)四級No.19〜27 細かな改訂の差分用としてもサブプレートが製造されました。「沖縄那覇文字盤」(『写研28』p.52、1972.11.18発行)、石井中教科書体の字体変更「PB-48」(『写研47』p.40、1978.11.25発行)、常用漢字対策文字盤「PB-60」(『写研51』P.43、1981.9.15発行)、新・人名漢字「PB-61」(『写研51』P.44、1981.9.15発行)等があります。 ●PAVO用とSPICA用 写研の近年の手動写植機用の文字盤にはPAVO用とSPICA用があります。 ●製造年による違い 写研のメインプレートとサブプレートはそれぞれ新旧問わず寸法と孔の位置に完全な互換性がありますが、製造年により若干外観に違いがあります。以下は筆者が手持ちの文字盤を調べたものです。写研の正式な製造年代を示すものではありません。 1 製造年月(西暦下2桁+月2桁)のスタンプなし 2 製造年月のスタンプあり 3 製造年月のスタンプあり・裏面の右下に数字の刻印あり 1992年7月製よりも新しいメインプレートを持っていないため充分な考察ができませんが、手持ちのサブプレートは製造年月が豊富なため、裏面の右下に数字の刻印されるようになった時期を探ってみました。 写真は「石井横太明朝体」のつめ組み用文字盤です。縦横・ひらがなカタカナの全4枚です。一度に購入したのか、製造年は近接していました。 1枚は1991年12月製(9112と表示)、残り3枚は1992年1月製(9201と表示)でした。1992年1月製のものには文字盤の右下に「14」の刻印があります。その後製造されたサブプレートには全て右下に数字の刻印がありました。「14」と刻印されるようになった経緯や理由は現在(2011年11月)のところ不明です。
●文字盤はいつまで作られていたか? 筆者が持っている一番新しい文字盤を探してみました。 タイポス1212のかな集合文字盤です。ビニール袋に入ったままで、前所有者によると購入したまま使わずじまいだったそうです。 文字盤に記された数字は「0206」です。2002年6月ってこと!? そんなに最近まで写研が文字盤を作っていたという話は聞いたことがありませんが、それを否定する資料も手許にはありません。外観は昨日買ったと言われれば信じてしまいそうなほど綺麗で経年劣化がありません。 写真はサブプレートの角付近を撮影したものです。手前が1997年製の楽譜組み用文字盤、奥が問題のタイポス1212の文字盤です。 写真植字機メーカーは数十年をかけて品質や利便性の向上を図ってきました。 ○文字品質改良記号「A」 写研の書体見本帳『写真植字』1ページに「和文のコード名」について解説があります。例えば「石井中明朝体オールドスタイル大かな」の場合、「MM-A-OKL」となります。この「A」について「文字品質を改良した記号」としています。文字盤見本帳には「その文字盤の字体やデザインが全体的に変更になったことを示します。」とあります。 では「文字品質の改良」とは具体的にどういったものでしょうか。文字盤から検証してみます。 BG 上は「太ゴシック体」(BG)のメインプレートです。書体コードに仮名の大小の区別がなく、筆者が譲り受けた1972年製の SPICA-QD に附属してきたので、おそらく1970年代前半までに製造されたものと思われます。下は「石井太ゴシック体」(BG-A-KL)のメインプレートです。日本語を示す「J」や改訂記号の「丸a」がある事からも、近年に製造されたものと判ります(この個体は1988年製)。 BG 上は「太ゴシック体」の「文」周辺を拡大したものです。文に“ひっかけ”が付いていることが判ります。下は「石井太ゴシック体」のものです。“ひっかけ”はありません。 これらの文字盤を使って実際に印字したものを見てみます。
品質改良後の石井太ゴシック体(BG-A-KL)は輪郭に丸みがなく鮮明になっていることが判ります。この二文字では確認できませんが、レンズの精度の低さに対応する為の過剰な「角立て」が抑えられています。漢字交じりの文を印字してみると判りますが、品質改良前の太ゴシック体(BG)は画線の太さのムラが文字毎にあります。
品質改良に伴って文字盤の配列が変更される場合もあります。 「大見出しアンチック体」の文字盤の配列は「KE」と「KE-A」とでは大きく異なります。詰め込まれていた数字や記号を減らし、採字し易いよう整理されました。
このように、書体によっては大幅な品質改良が行われており、それが「A」という記号として書体コードに残されているのです。 ○改訂記号の丸入りアルファベット 文字品質の改良に至らないまでも、採字の際の使い易さに配慮して配列や収録文字を変更することがあります。写研の文字盤見本帳によれば、「a、b、c……等の記号は改訂記号です。この記号が付いているものは内容が一部改訂されたものです。」とのことです。 「タイポス411A」の改訂記号 a と b を比較してみます。上が a(1981年以前製?)、下が b(1984年11月製)です。 一目見た感じでは全く同じに見えますが、「ヽ」「ヾ」がや行の空欄に追加されています。 逆に、改訂記号が異なるのに収録文字や配列に変化が見られない場合もあります。 「石井太明朝体OKL」のかな集合文字盤(K-BM-OKL)を比較してみます。上が無印、下が b(どちらも1981年以前製?)です。 何度も見比べましたが、収録されている文字や配列に違いを見付けられませんでした。強いて言えば赤色の線の長さが僅かに違うぐらいでしょうか……。 このように、手動写植機用の書体は不変のものではなく、大小の品質改良や配列の改訂を行っていたため、その内容によっては印字物に影響を及ぼすものもありました。 |