文字盤【もじばん】


●“フォント”にあたるガラス板

 写真植字の文字盤はコンピュータでいうフォントにあたり、ガラス板にネガ(黒地に透明)になった文字や記号が整然と並べられています。この文字盤に光を当てて文字の形を透過させ、印画紙を感光させるという仕組みで印字しています。
 文字盤は書体(または太さ)や用途毎に製造され、印字する書体を変更する時は写植機に装着した文字盤を交換することになります。
 形状や製造方法はメーカーによって異なりますが、一般的にはガラスで文字のネガフィルムを表裏から挟み、それを金属の枠で固定しているものと言われています。但し写研のPAVO用の文字盤の場合、文字のフィルムごと割れるためフィルムのみを取り出すことは不可能で、独自の製法によるものと考えられます。
 文字盤には文字枠に固定するための孔が開けられ磁石が埋め込まれており、文字枠の激しい移動によるずれを防ぎ、出来る限り寄り引き(印字される文字の位置のずれ)の原因とならないようにしています。
 主要な手動写植機の場合、感材を収めるマガジンは機械の上部にあります。光源を下に置き、下から上に向けて光を当てることになります。その為文字盤は裏文字の状態で写植機に装着します。
 写研の文字盤の場合、文字盤のガラス面の四隅には文字盤コード、写研ロゴ、著作権表記と西暦下二桁が寄り引き調整のための十字とともに記載されていますが例外も多々あります。

 以下、写研の文字盤について解説します。

●メインプレート

メインプレート
ナールDのメインプレート

 縦22.4cm×横38.4cmで、最大2862種類の文字や記号を収録できる大きな文字盤です。主に和文書体の使用頻度が高い文字が収録されています。

 SK型等旧来の手動写植機では、1書体が「スタンダード文字盤」と呼ばれる269文字収容の文字盤に何枚かに分けて収録されていました。この方式では書体変更の際は複数枚を交換しなければならず非常に煩雑でした。
 のちにそれを解消するため「中枠交換方式」と呼ばれる機構が写植機に搭載され(SK-3R、1957年)、中枠に収められた複数枚の文字盤を一度に交換できるようになりましたが、嵩張ったり立てて保管できなかったりと依然として不便さがありました。
 一方でこのメインプレート方式は1書体=1枚で、正字や使用頻度の少ない漢字は引き続きスタンダード文字盤と同じ収録文字数のサブプレートに収めるようにしたため、通常の印刷物の印字なら書体変更が格段にしやすくなりました。

 メインプレートに和文書体が収録されている場合、漢字が一寸ノ巾によって配列されています。中央手前は仮名・英数字や約物・使用頻度が非常に高い漢字(一級文字)が並び、その三方を使用頻度がやや高い漢字(二級漢字)が取り囲むようにして並んでいます。

メインプレートの一級・二級

 収録文字数は次の通り(『写研31』p.57から引用)。

一級 漢字543、俗字19、ひら・カタカナ147、促音28、洋数字30、欧文52、約物記号45
二級 漢字1948
合計 2862

 数式用や楽譜用、中国語用の簡体字・繁体字のメインプレートもあります。

●サブプレート

サブプレート
「ファニー」3級漢字S1サブプレート。写真は裏面です

 大きさは7.3cm×13cmで、最大269種類の記号や文字を収録できる小さな文字盤です。サブプレートにはメインプレートを補完する役割があります。

・仮名書体(かな集合文字盤、つめ組み用文字盤
・使用頻度の少ない漢字(三級7枚、四級15枚、正字2or3枚、汎用外字2枚、補充漢字)
・記号A(各書体共通の記号類)
・記号B(各書体別記号類)
・数字
・外国文字(E欧文、R欧文)
・ルビ
・地紋や飾り罫
・罫線
・その他特殊な記号等

等が収録されています。
 サブプレート特有の機能として、仮名や外国文字のプロポーショナル送りを実現する「つめ組み用文字盤」「E欧文」や、任意の長さの罫線を引ける「スポット罫線」があります。

 細かな改訂の差分用としてもサブプレートが製造されました。「沖縄那覇文字盤」(『写研28』p.52、1972.11.18発行)、石井中教科書体の字体変更「PB-48」(『写研47』p.40、1978.11.25発行)、常用漢字対策文字盤「PB-60」(『写研51』P.43、1981.9.15発行)、新・人名漢字「PB-61」(『写研51』P.44、1981.9.15発行)等があります。
 サブプレートでも大袈裟になる場合は、ナールファミリーの「才」の変更(『写研47』p.41、1978.11.25発行)のように1文字分のフィルムが提供されることもありました。

●PAVO用とSPICA用

 写研の近年の手動写植機用の文字盤にはPAVO用とSPICA用があります。
 文字盤が現在の形状(メインプレート方式)になったのは1963年10月に発表された「SPICA-S」からです。つまりSPICA用が先に誕生しました。
 SPICA用の文字盤は高速印字を考慮しできる限り軽量化を図りました。カバーガラスは表のみとし、裏面はプラスチックによる保護膜としています。
 その後1969年に発表されたPAVO型でもメインプレート方式を採用しましたが、酷使を想定してか裏面にもカバーガラスをかけ金属枠を滑らかな梨地加工としています。

PAVO用・SPICA用文字盤の表面の違い
PAVO用・SPICA用文字盤の裏面の違い
左:SPICA用(タイポス37A) 右:PAVO用 (タイポス45A)
SPICA用は枠の表面が砂地状でざらざらしてより黒っぽく、
裏面のガラスが省略されていることが判ります

●製造年による違い

 写研のメインプレートとサブプレートはそれぞれ新旧問わず寸法と孔の位置に完全な互換性がありますが、製造年により若干外観に違いがあります。以下は筆者が手持ちの文字盤を調べたものです。写研の正式な製造年代を示すものではありません。

1 製造年月(西暦下2桁+月2桁)のスタンプなし
 SPICA・PAVO製造開始〜1981年頃 (メイン・サブとも)

2 製造年月のスタンプあり
 1982年頃〜不明:少なくとも1992年7月まで(メインプレート)
 1982年頃〜1991年12月(サブプレート)

3 製造年月のスタンプあり・裏面の右下に数字の刻印あり
 該当なし(メインプレート)
 1992年1月〜現在(サブプレート)

 1992年7月製よりも新しいメインプレートを持っていないため充分な考察ができませんが、手持ちのサブプレートは製造年月が豊富なため、裏面の右下に数字の刻印されるようになった時期を探ってみました。

石井横太明朝体つめ組み用文字盤

 写真は「石井横太明朝体」のつめ組み用文字盤です。縦横・ひらがなカタカナの全4枚です。一度に購入したのか、製造年は近接していました。

石井横太明朝体つめ組み用文字盤裏

 1枚は1991年12月製(9112と表示)、残り3枚は1992年1月製(9201と表示)でした。1992年1月製のものには文字盤の右下に「14」の刻印があります。その後製造されたサブプレートには全て右下に数字の刻印がありました。「14」と刻印されるようになった経緯や理由は現在(2011年11月)のところ不明です。

ゴナかなCサブプレート
 この数字の刻印は「14」と「15」が確認されています。
 写真は「ゴナかなC」のウェイトEとBのかな集合文字盤を重ねたものです。製造年はどちらも1994年1月ですが、右下の刻印はそれぞれ「15」と「14」です。1993年4月製のサブプレートでも「15」の刻印を見ることができるため、この二つの数字の使い分けの理由を文字盤から推測することはできません。

●文字盤はいつまで作られていたか?

 筆者が持っている一番新しい文字盤を探してみました。

 タイポス1212のかな集合文字盤です。ビニール袋に入ったままで、前所有者によると購入したまま使わずじまいだったそうです。
 外観は普通のかな文字盤です。しかし詳細を見てみると、

タイポス1212文字盤拡大

 文字盤に記された数字は「0206」です。2002年6月ってこと!? そんなに最近まで写研が文字盤を作っていたという話は聞いたことがありませんが、それを否定する資料も手許にはありません。外観は昨日買ったと言われれば信じてしまいそうなほど綺麗で経年劣化がありません。
 他の文字盤と見比べて状況証拠を探ります。

 写真はサブプレートの角付近を撮影したものです。手前が1997年製の楽譜組み用文字盤、奥が問題のタイポス1212の文字盤です。
 どちらも「15」という刻印があり、かなり最近になってから製造された証であると言えます。つまり、今回見付かった「0206」はやはり2002年6月を意味すると推測できます。
 以上から、写研では手動写植機用の文字盤を21世紀に入ってからも製造していたのではないかと考えています。

●文字品質改良記号の「A」と改訂記号の「丸a、丸b、丸c」

 写真植字機メーカーは数十年をかけて品質や利便性の向上を図ってきました。
 その為、同じ書体や記号の文字盤であっても製造された時期によって品質や配列が異なっている場合があります。写研の書体コードに付された文字品質改良記号の「A」や、文字盤の隅に表記された改訂記号「丸a」等の丸入りアルファベットで判別することができます。

文字品質改良記号「A」

 写研の書体見本帳『写真植字』1ページに「和文のコード名」について解説があります。例えば「石井中明朝体オールドスタイル大かな」の場合、「MM-A-OKL」となります。この「A」について「文字品質を改良した記号」としています。文字盤見本帳には「その文字盤の字体やデザインが全体的に変更になったことを示します。」とあります。

 では「文字品質の改良」とは具体的にどういったものでしょうか。文字盤から検証してみます。
「石井太ゴシック体」(旧「太ゴシック体」)を例に挙げます。この書体に当初与えられた書体コードは「BG」で、後年になって仮名の大小を備えたことにより「BG-KL」、そして最終的には「BG-A-KL」というように文字品質を改良した記号「A」が付されました。

太ゴシック体文字盤隅 BG
石井太ゴシック体文字盤隅 BG-A-KL

 上は「太ゴシック体」(BG)のメインプレートです。書体コードに仮名の大小の区別がなく、筆者が譲り受けた1972年製の SPICA-QD に附属してきたので、おそらく1970年代前半までに製造されたものと思われます。下は「石井太ゴシック体」(BG-A-KL)のメインプレートです。日本語を示す「J」や改訂記号の「丸a」がある事からも、近年に製造されたものと判ります(この個体は1988年製)。

太ゴシック体の「文」 BG
石井太ゴシック体の「文」 BG-A-KL

 上は「太ゴシック体」の「文」周辺を拡大したものです。文に“ひっかけ”が付いていることが判ります。下は「石井太ゴシック体」のものです。“ひっかけ”はありません。

 これらの文字盤を使って実際に印字したものを見てみます。

BGとBG-A-KLの「と」
「太ゴシック体」と「石井太ゴシック体」の「永」「と」を比較
(100Q・画像クリックで拡大)

 品質改良後の石井太ゴシック体(BG-A-KL)は輪郭に丸みがなく鮮明になっていることが判ります。この二文字では確認できませんが、レンズの精度の低さに対応する為の過剰な「角立て」が抑えられています。漢字交じりの文を印字してみると判りますが、品質改良前の太ゴシック体(BG)は画線の太さのムラが文字毎にあります。

BGとBG-A-KLの「と」を重ねる
「太ゴシック体」と「石井太ゴシック体」の「永」「と」を重ねる
(100Q・画像クリックで拡大)
輪郭を鮮明にしただけでなく、始筆部や払い等の長さや角度も微調整がされています

 品質改良に伴って文字盤の配列が変更される場合もあります。

大見出しアンチック「KE」「KE-A」

「大見出しアンチック体」の文字盤の配列は「KE」と「KE-A」とでは大きく異なります。詰め込まれていた数字や記号を減らし、採字し易いよう整理されました。

大見出しアンチック「KE」「KE-A」文字盤比較

 このように、書体によっては大幅な品質改良が行われており、それが「A」という記号として書体コードに残されているのです。

改訂記号の丸入りアルファベット

 文字品質の改良に至らないまでも、採字の際の使い易さに配慮して配列や収録文字を変更することがあります。写研の文字盤見本帳によれば、「a、b、c……等の記号は改訂記号です。この記号が付いているものは内容が一部改訂されたものです。」とのことです。
 具体的な改訂の様子を見てみましょう。

タイポス411A文字盤

「タイポス411A」の改訂記号 a と b を比較してみます。上が a(1981年以前製?)、下が b(1984年11月製)です。

タイポス411文字盤全体比較

 一目見た感じでは全く同じに見えますが、「ヽ」「ヾ」がや行の空欄に追加されています。

 逆に、改訂記号が異なるのに収録文字や配列に変化が見られない場合もあります。

石井太明朝体OKL文字盤

「石井太明朝体OKL」のかな集合文字盤(K-BM-OKL)を比較してみます。上が無印、下が b(どちらも1981年以前製?)です。

石井太明朝体OKL文字盤全体

 何度も見比べましたが、収録されている文字や配列に違いを見付けられませんでした。強いて言えば赤色の線の長さが僅かに違うぐらいでしょうか……。

 このように、手動写植機用の書体は不変のものではなく、大小の品質改良や配列の改訂を行っていたため、その内容によっては印字物に影響を及ぼすものもありました。


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