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2024.1.21(日)
久し振りに、写植室へお客様がいらっしゃいました。
東京の高校3年生で、新年度から美術系の大学へ進学されるというとても若い方でした。どうして写植に興味を持たれたか不思議でしたが、同行されたご両親のお仕事がデザイン関係で、幼い頃から書体などに馴染みがあったとのことでした。
ご自身でも印刷物を制作する中で写研書体に魅せられ、作品にどうしても写研書体を使いたく、写植機を使わせてほしいということでした。
機械を操作しながら写植機の原理を説明し、早速印字作業に入っていただきました。私のサイトでかなり予習されたようで、写植機の操作や採字(一寸ノ巾配列)をすぐ理解されました。

6時間のご滞在の中で印画紙を2枚印字。滑らかな手つきはとても初めて写植機を触ったようには見えませんでした。若い人の覚えの早さに目を瞠りました。
一方で私も写植機で印字することは久し振りでしたが、一寸ノ巾配列の感覚は忘れておらず、文字盤上の文字の位置を聞かれた時、『画引き索引帳』を使わなくてもおよその位置を伝えることができました。

印字が終わってからは時間の限り語り合いました。写植の魅力、写研書体の素晴らしさなどなど……。中でもとても印象的だったのは、「亮月さんにお会いして、年齢に関係なく、書体について初めて通じ合えたと思いました。」という言葉でした。
写植が衰退して30年。写植のことをもっと知りたくて我武者羅にやってきた私もいつの間にか若者ではなくなり、次の世代へ引き継ぐ立場に入りつつあります。私がやってきたことが若い人にも理解されたと分かったことは、私にとってもこれからの活動の自信になりました。

今回の出会いを作ってくれた写植機たちに心から感謝。
2023.9.8(金)
モリサワのMD型用の文字盤を譲っていただきました。

MD型用はその小型な本体に合わせ、文字盤が縦3枚×横4枚に並べられています。MC型用よりも個体数は少ないように思います。

こちらはMC型用のWサイズ文字盤です。Wサイズというのは、本来縦4枚×横3枚に並べられている文字盤について、縦2枚分を1枚のガラス板にしたものです。桟だった部分にも文字が収録されているため収録文字数はWサイズではない文字盤よりも多くなっています。
今回頂いたメイン文字盤は、ABB1、MB31、BBB1、BDB1、CB1、行書1、E1でした。相手方は印章店様だったため必要最小限のラインナップでしたが、貴重なMD型用の文字盤を頂いて嬉しいです。
サブ文字盤で目を惹いたのは……

ルビ文字盤(写真はL1)でした。一見地味な存在ですが、

細明朝体AC1のようでいて異なる独特な字形でした。初期のモリサワ書体らしいやや稚拙な明朝体の字形がそのまま遺されているとは……! 積極的に使いたくなるものではありませんが、写植史の1ページに必要な存在だと思います。
モリサワの写植書体は、写研のそれと比べて公に知られていない領域が多く、文字盤に出会う度に新鮮な驚きがあります。これからもモリサワの写植書体も積極的に保存と活用を進めていきたいです。お手元に使わなくなった文字盤をお持ちの方、是非ご連絡ください!
2023.8.27(日)
モリサワ用の文字盤を譲っていただきました。
主にディスプレイ書体を頂き、モリサワの手動写植機用書体の全体像が徐々に見えてきた気がしました。
他にも頂いた中で気になった文字盤は……

K4は地図記号ということになっているのですが、四角や丸に囲まれた漢字や学参ものの記号、略字や異体字、特殊な字形など雑多に収録されていました。

「缶」や「第」の略字、「近鉄」などは画線の抑揚が強く、現行の書体という感じがしません。もしかしたら太ゴシック体B1や中ゴシック体BB1だったりして……。いつかはこの字以外だけでなく全体を文字盤で拝みたいものです。
そして大本命は……

太明朝体A1のかなつめ文字盤!!
A1様のことはずっと捜していました。私の憧れの書体。仮名だけとはいえ、私の許へやって来てくださったことにとても感激しました。学生時代、広告の名作集の書籍でその存在を知って深い味わいに感銘を受け、2005年のDTP用フォント化の際は発売日直後に購入しましたが、かなり改変・加工されてしまい残念な思いを背負ったまま今日まで生きてきました。オリジナルのA1様を自分で活用できる日が訪れたことは本当に感慨深いです。

仮名:太明朝体A1、「!」:K4
ツメ具合はA1が活躍していた1970年代風(かなりきついツメ)にしました
2023.6.21(水)
書体に関する本が立て続けに発売されたことを風の便りで知り、私の手元にもやって来ました。

(写真左上から時計回りに)『書体のよこがお』、正木香子『タイポグラフィ・ブギー・バック』、高田裕美『奇跡のフォント』、阿部卓也『杉浦康平と写植の時代』です。いずれもとても濃厚で、どんどん読み進めていきました。『タイポグラフィ〜』は書体に興味が全くない家人も興味深く読んでいました。『杉浦〜』は情報量が莫大で、つまみ食い状態です。
これらの本を読んでいて、とても嬉しいことがありました。

『書体のよこがお』の参考文献に、私のサイトの記事が掲載されていたのです!(よく見ると「ことり文字ふぉんと」の「ことりのことり。」さんも一緒に掲載されていて、それも嬉しい。)

更には『杉浦康平と写植の時代』にも私のサイトについて言及がありました。
「その量および質は、現在の日本で、写植研究においてまず参照するべき基礎的データベースと呼びうる規模を有している。」……身に余る光栄です。
私はただ写植が大好きで、それでも詳しく知ることができなくて、自分で調べたり取材したりしたことを纏めてきただけなのですが、このネットの辺境の更に外れにある私のサイトを見付けてくださったことも嬉しいですし、更には専門家の方にとって私の活動が有意義であることを書籍という形のあるもので示していただいたのは初めてでした。
無名かつ匿名で細々と活動してきたので、たいへん恐れ多いです。
専門家の方達がここを見ているかもしれないというだけで身が引き締まります。
これからも誰かのためになるよう、それに耐えうる活動を続けていきたいです。
2023.2.22(水)
「写植レポート」の新作『写研が動いた日2022 石井書体の改刻プロジェクト』を公開しました。
2022年11月24日に印刷機材の展示会「IGAS 2022」のモリサワブースで開催された講演会「写研書体の開発プロジェクト “至誠通天” 受け継がれる石井書体」の聴講レポートです。
この講演会が開催されると風の便りで聞いた時、歴史的な出来事を同時代の者として体験できる貴重な機会だから聞き逃す訳にはいかないと思いました。DTP用に書体を解放しなかった写研がモリサワや字游工房と手を結び、改刻をも許してOpenType化を図るというのですから。俄には信じ難い、夢のような出来事です。
聴講して歓喜し、驚き、そして落胆さえもしました。とても心を揺さぶられる、鮮烈な講演でした。
書体は写研のオリジナルのまま開放されるのではなく、現代的に再設計され、特に石井ゴシック体ファミリーは目に見えて変化することが判りました。時代の流れに抗ってもいられないのですが、長年オリジナルの「あの形」に慣れ親しんだ私にとってはショックでした。そうは言ってもDTP化が進展して写植が衰退したおよそ30年間使用が難しかった写研書体が(対価を払えば)誰でも使えるようになることは悲願と言ってもよいことであり、大きな喜びと疑問が綯い交ぜになった複雑な心境です。だからこそどうしても記事にしたかったのです。
講演の内容を書き留め、私の視点から補足することで、どうしてこのような心境になったのかが整理できました。そして未来の様子も何となく見えました。そういった意味で、今回のレポートはとても有意義なものになりました(私にとっては)。
聴講直後からどうしても記事に纏めたいという気持ちは止めどなく湧き上がっていたのですが、家事と育児をこなすだけで時間も処理能力も限界まで使い切っていて余裕がありません。言ってしまえばほぼ「引退状態」です。亮月としては、もう動けないも同然です。
活動に割ける時間は一日15分程度がやっとで、文章を一段落書けるぐらいです。簡単な図版であっても数日に跨って作らなければならない状況でした。連続した時間が必要な作業は睡眠時間を削ってやらざるを得ませんでした。そのため、執筆に3ヶ月もかかってしまいました。しかし限られた時間を毎日積み重ねてでもこの出来事を自分の言葉で残しておきたかったのです。
どのくらい需要があるかは判りませんが、いち写植ファンから見た石井書体の改刻とはどのようなものなのか、よろしければお読みください。
→写植レポート*写研が動いた日2022 石井書体の改刻プロジェクト |