亮月写植室

写植室日報

2017.2.19(日)

 先週、写植の自家印字に失敗してしまいました。

現像液入れ替え前の印画紙

 印字した印画紙を現像液に何分漬け込んでも文字が現れないのです。写植機が故障したのか、印画紙の表裏を間違えたのか、それとも……。
 寒くて真っ暗な現像室で15分ほど粘りましたが、文字らしい文字は確認できませんでした。それでも希望を捨てきれず、通常通りの工程で、水洗い→定着→水洗い→乾燥と進めました。

現像液入れ替え前の印画紙

 結果、うっっすらと(誤字ではない)しか文字が出ていませんでした。
 文字が一応出たということは、原因は写植機の故障でも印画紙の裏返しでもありませんでした。そうなると印画紙が古過ぎるのか、いや、現像液が疲労しきっているのか……と思い、現像液を新たに作ることにしました。
 現像液を作るのは、亮月写植室を設立してから3度目です。2年に1回の計算で、とても長いスパンのように思うかもしれませんが、個人で自家印字する程度の使用頻度ならこのぐらいなのです。
 亮月写植室で使用している現像液は富士フイルムの「パピトール」です。

パピトール袋

 近隣にはどこにも売っていないので、家電量販店の通販サイトで取り寄せました。今後入手困難になった時の備えで3袋購入。
 密閉できるポリ瓶に熱湯を入れ、A剤・B剤の粉末を順に少しずつ溶かしていき、これを所定の濃度(8倍稀釈)に薄めて出来上がり。
 早速、先週失敗した内容と同じものを印字しました。

現像液入れ替え前後の印画紙

現像液入れ替え前後の印画紙

 くっきりとした黒い文字が浮き上がりました。印画紙全体が黒っぽいのは、かぶっている(感光している)古い写植用の印画紙を使っているからです。印画紙そのものでなくデータで納品するものは、スキャンして補正後に納めるのでこうしています。それでも鮮明さやコントラストは保たれているので充分です。写植用の印画紙はもう製造されていないため貴重なのです。
 これまで通りに印字できるようになってほっとしました。写植に関する資材は年々手に入りにくくなっています。二度と印字できなくなったらどうしよう、とヒヤリとした一週間でした。


2016.12.18(日) 

 年賀状に使う写植の印字をしました。
 今回は、電算写植でも使える書体はアウトラインサービスを発注し、手動写植機専用の書体は自家印字することにしました。殆ど忘れ去られてしまったであろう、非常に美しい細身の書体です(ナールではありません)。
 亮月写植室の気温は数度。以前、石油ファンヒーターを焚いたら写植機の金属部分や基板が結露して大変なことになったため、上着を着込んで電気ストーブで足元を温めながら印字を進めました。
 年賀状用以外の印字も含めて約2時間。現像に取りかかりました。
 通常は1分も経てば印画紙に黒い文字が浮かんでくるものですが、全然文字が現れません。裏表を間違えて印字してしまったのか、いやそんな筈はない……と我慢すること数分。じわ〜っと文字が浮かんできました。現像液の温度は適正よりやや高い25度でしたが、マガジンの金属製のドラムが冷えきっていたため、印画紙も冷たくなり、化学反応が進まなかったのかもしれません。
 現像と定着を終え、乾燥を進めると、印画紙は紫に変色してしまいました。
 昨年の秋には真っ白なまま真っ黒な文字が印字できた写真用の印画紙です。確かに亮月写植室は夏は暑く冬は寒い過酷な環境ですが、写植用の印画紙よりも写真用の印画紙の方が足が早く、使用限界は2年程度のようです。尤も、今回使った「フジブロWP KM4」は、パッケージに記載された使用期限が2014年7月でしたが……。
 年賀状は毎年枚数を限って送っています。届いた方はご笑納くださいませ。


2016.11.13(日) 

 写植機の持ち主の方に、引き取れない旨のご連絡をしました。
 社長さんは怒りも悲しみも表されず、「建物の解体が迫っていますので、処分の手続きをします。自動写植機の中に残っている文字盤はまだ使えますから取り出しておきます。その時また連絡しますので引き取ってください。写植機や建物がなくなっても今後ともよろしくお願いします。」とおっしゃいました。たいへん恐縮でした。
 自分の意志で写植機を使えないようにする(ようなものだと私は思っている)のでとても悔しいし、勿体ないことだと思います。それでもどうしようもなかったとも思います。ご縁はあったもののタイミングが良くなかったのかもしれません。
 都合が付けば写植機が欲しいという方が日本にどれだけいらっしゃるかは分かりませんが、できればそういった方にこのような写植機を使っていただきたい。その方法をよく考えていきたいと、今回の活動を深く反省しております。


2016.11.3(木祝) 

 進行中の写植機引き取りについてです。
 伝(つて)を辿って写植機を引き取っていただけないか打診するも、どなたも都合が付きませんでした。自分達で運び出して保管することも考えましたが、現状の写植機は埃や汚れが酷く、今回は動作を確認できた仮の保管先へ移動させたとしても次に写植機が動作する保証が全くないこと、私自身写植室の拡大は当分見込めないこと、そもそも運び出す日程を取ることができないことなどにより、この写植機は自分達で引き取ることができないことが確定してしまいました。(そのためもありこのサイトでも引き取り手を募集しましたが、問い合わせは1件もありませんでした。書体デザイナーの佐藤豊様、メールマガジン「タイプラボ・フォントNEWS」第155号で取り上げてくださってありがとうございました。)
 依頼主様には引き取りを期待させておいて本当に申し訳ない思いです。写植機がどこかで復活すればという希望があったと思うと本当にむごい。そして、日本中で今すぐどうしても写植機を使いたい人は誰もいないということが分かってしまいました。勿論、引き取るには場所や金銭の都合をつける必要があり、その為には時間がかかることは承知しているのですが……。
 写植機を引き取って使うには、その状態を把握することが必要です。このことについて、ある写植経験者の方は「写植機が大切にされていたかは、文字盤を見れば分かるよ」と言っていました。文字盤が綺麗に磨いてあれば、大切に使われて仕事も丁寧にしていた証であると。そういう会社に置いてある写植機は状態が良かったのだそうです。確かに私が今使っている PAVO-JV は画面以外は完動です。大きな印刷所から頂いたもので、分厚い保守点検の納品書が付いていて、大切に綺麗に使われていたのです。
 今回の件はとても残念ではありますが、写植機を残すことの過程やその困難さ、何を準備すべきかや、写植機の需要のなさなどがよく分かり、今後の活動の大きな糧になりました。


PAVO-KYゆずります(終了しました)

2016.10.17 掲載
2016.11.13 募集終了

「父が会社を廃業したのですが、建物も老朽化し取り壊すことになりました。内部に手動写植機や電算写植機、文字盤が残っています。ゴミとして捨てられる前に引き取っていただけませんか。」とのおたよりを頂きました。
 そこで、手動写植機を今後使用される方・動態保存したい方等、ご活用いただける方を募集します。詳細は下記のとおりです。

〆切:(2016.11.13 募集は終了しました。)
※置かれている建物は12月上旬に解体されます

機種 写研 PAVO-KY(1989年10月製)→主な仕様

現況写真(クリックすると拡大します)

PAVO-KY PAVO-KY
PAVO-KY画面 PAVO-KY操作パネル

現況動画(2016年6月25日撮影)
→起動の様子(MOV形式、42MB)
→画面の様子(MOV形式、107MB)

動作状況 
★本機の完動は確認できておりません。
キー入力・主レンズ選択・縦横送り・印字キーの動作確認済。
・主レンズ・JQレンズ・コンデンサーレンズ・反射鏡は要清掃(ユーザで可能)。
光源ランプおよび採字用の蛍光灯点灯。
ディスプレイはやや薄暗いが点灯し、写研の方によれば明るさは調整可能とのこと。
・ 本体のバックアップ電池切れのため起動時に画面が乱れるが回避方法あり。バッテリー交換で復旧可。
コメント1と2は正常表示。
空印字スポット罫線等種々の機能の動作は未確認。
・マガジン及び本体光学系の光線漏れや光軸のずれ等は未確認。

機器の所在 岐阜市中心部

その他
・譲渡希望のご連絡やお問い合わせは亮月写植室までメールにてお願いします。
・譲渡希望のご連絡を頂いた場合、現所有者に亮月写植室からその旨連絡し、その後は現所有者と直接連絡を取り合っていただきます。
・現状有姿の引き渡しとなります。必ず事前に現物をご確認ください。
・使用による傷や汚れ、約10年間使用されなかったことによる埃があります。
・印画紙及び現像用の薬品はありません(どちらも写真用で代替可・新品で購入できます)。
・文字盤多数及びキャビネットが数台あります。こちらも譲渡可能です(文字盤は亮月写植室が引き取っております)。
・機器はビルの1階の奥に設置、クレーンを入れることはできません。
・機器の搬出や輸送その他、及びそれに関する費用負担や日程等については現所有者とご相談ください。
・亮月写植室は写植機の動作や譲渡に関する一切の責を負いません。悪しからずご了承ください。


2016.10.8(土)

 頂いた文字盤は、その日のうちに写植室へ運び込み、ある程度分類しました。

頂いた文字盤の山

 メインプレートとサブプレートを合わせて自分の車のトランクと後部座席にいっぱいになるほどありました。
 どのような文字盤があるのかをリストアップするため、全ての文字盤に目を通したところ、非常に貴重なものがありました。

スタンダード文字盤の箱

 機械式手動写植機「SK-3RY」等に使用する「スタンダード文字盤」のケースに、使用頻度が少ない四級漢字の文字盤などが収められていました!
 貴重なのものにも拘らず保管状況はここに書けないほど悲惨なものだったので、ケースも含めて丸洗いしました。

スタンダード文字盤丸洗い

 例によってお風呂に入ってもらい、浴槽用洗剤とスポンジでよく磨きました。(※私は一緒に入っていません・笑)
 ついでに、所有していなかった書体のかな集合文字盤のサブプレートも見付かったので、まとめて洗いました。

スタンダード文字盤洗浄後

 素手で触るのが嫌なぐらい汚れていた文字盤が、新品の輝きを取り戻しました。

スタンダード文字盤ケース洗浄後

 よく乾かし、同じく洗っておいたケースに収納し直しました。昭和30年代から40年代の写植の風情です。
 幸いスタンダード文字盤をサブプレートの枠に嵌めて使用できるアタッチメントも多数頂いたので、これらの文字盤も印字が可能です。

 岐阜の元写植屋さん、お譲りいただきありがとうございました!


2016.10.8(土)

 以前取材した、岐阜市にある廃業した写植屋さんに行ってきました。(→2016.6.25の記事を参照
 前回に引き続き文字盤を頂くということで、今回を以て全ての文字盤を運び出すことができました。メインプレートが65枚、サブプレートが877枚ありました。前回伺った時に探していなかった場所に文字盤が埋もれていて、大幅に枚数が増えました。
 会社には動作が確認できた写研の手動写植機「PAVO-KY」とリョービの自動写植機(手動機の文字盤を使用する方式)「LP250U」とその入力校正機「EP220K」が複数台あります。
 82歳になる社長さんは「ここにある機械は全部償還したんですよ。名古屋にも会社があるんだけど、そこだけじゃなくて全国と仕事してました。写植機はこのままにしておきますから、好きにしてくださいね。全部持っていっていいですよ。リョービは高かったよ。1500万円ぐらいしました。随分仕事させてもらいました。だから勿体ないです。これは多分使えるよ。持ってってください。」と、リョービの自動写植機にお気持ちを傾けていらっしゃいました。けれども、この機械に掛けるロール状の印画紙も、入力校正機で使う5.25インチのフロッピーディスクも、もう作られていない……。それを社長さんに伝えることはできませんでした。
 社長さんから大切なことを告げられました。
「この建物ね、12月上旬に壊すことになったんです。それまでに持っていってくださいね。
 2階には製版カメラも現像機も残ってます。これも処分するんです。写植機はまだ使えるから、特にリョービのはもう日本のどこにもないでしょう? だから持っていってくださいね。持って行けなかったら、建物と一緒に潰してしまうので……。」

 この写植機たち、あと1ヶ月半の命かもしれないのか……。

 特に PAVO-KY は生きているので何とかしたい、でも、自分は既に1台 PAVO-JV を持っていて写植室に入れることはできない。どうしたらいいのだろうかという気持ちが駆け巡り、大きな焦燥感と無力感に包まれました。
 一方で、この廃墟のようになった社屋に取り残されていた写植機や文字盤は、私が見る限り長い期間使われた形跡がなく、埃を被り、書類に埋もれ、ここに書けないような状態になっているものもありました。私から見れば、全然大切にされていないじゃないか、と思うことは簡単です。しかし、ある意味で執着を離れ、価値はあるけどもう惜しくないから放っておかれ、私にくださると仰っているのかもしれません。
「もし私がいなくなっても、これ私の息子ですから、息子に全部任せますから、よろしくお願いします。今後も、建物がなくなっても、連絡してきてください。」と息子さんを紹介してくださいました。
 取材当日は文字盤の搬出で気を張っていたのですが、こうして文字にしてみると、社長さんのお気持ちがとてもよく分かり、どうしようもなく寂しい気持ちになりました。

 写植機たちをどうしたらいいのか。それだけで頭がいっぱいです。


2016.8.27(土) 

 活字書体設計師の今田欣一さんから写植の印字の依頼を頂きました。

亮月写植室のPAVO-JV

 午前の涼しいうちに、頂いた原稿を基に印字の指定を作りました。

写植の印字指定

 バラ打ちは何度も現像するのが大変なので、大抵の場合は一体印字で済ませてしまいます。私の場合、原稿が印画紙に収まるよう割り付けた後は、各行の縦横の座標値を指定紙に書いておき、印字中に逐次点検できるようにしています。こうしておくと、採字のミスはともかくとして、印字位置の間違いはなくすことができます。

PAVO-JVのレンズと文字盤

 PAVO-JV の緑色に浮かぶ文字。PAVO-KY の白よりも気に入っています。

PAVO-JVの点示板

 点示板に並んだ印字位置を示すインクの点。位置は正しく印字できたようです。誤字なく印字できたかどうかは現像してからのお楽しみ……。

印画紙乾燥中

 現像から上がったばかりの濡れた印画紙は、文字の黒さに深みと艶があってなんとも美しいのです。
 誤字もなく、完全な状態の印画紙を作ることができました! 写植室を始めた頃は採字ミスやレイアウトのずれがよく起こりましたが、最近は一発で仕上げることができるようになりました。

 この印字された内容は今田さんが主宰する typeKIDS の特別セミナー「和字書体のたゝずまい」の後半戦である申刻ノ部(15時30分~16時30分)「石井書体のアナザー・ストーリーから」の資料として使用されるとのこと。とても興味深い講演テーマです。
 今田さんの Facebook にこの印画紙のスキャンデータが掲載されていますので、よろしければご覧くださいませ。


2016.7.30(土)

 暑さがとても苦手な管理人にとって、梅雨明けから8月一杯までは慢性的な睡眠不足と集中力の欠如により活動休止期間としています。ただ、今年の夏はまだ暑くない方のようで、朝晩は涼しく、日中も外出できなくもないという、子供の頃のような穏やかな夏を過ごしています。
 とはいえ、記事の執筆のような集中力をかなり必要とする作業は殆どできないため、文字盤の精査を行いました。
 2013年7月に保有している全ての文字盤をリスト化し、分類して書体順・コード順に収納しましたが、文字盤の所在とリストが1対1になっていませんでした。そのため、使用頻度の低い文字盤が急に必要になった際に探し出せないなど、印字に支障が出ていました。

 そこで、今月の用事のない休日を利用して、写植室にある全ての文字盤の所在を丸2日(文字通り朝から晩まで)かけて確認の上、文字盤コード・文字盤に記載された丸Cの年・製造年月・写植室内での所在・譲渡元をリストとして書き出し、平日の夜に2週間かけて手書きリストを入力しました。
 亮月写植室が保有する文字盤は、メインプレートが310枚、サブプレートが3021枚と判明しました。思ってもいなかったようなとんでもない枚数で驚きました。
 今迄も法則性を持って収納していましたが、「大体ここにしまった筈だけど……」と迷うこともありました。これでようやく、「品質改良前の石井中ゴシック体の MG-KL で改正記号cの文字盤はどこにある?」と思った時に「暗室のキャビネットの中にある」とすぐに取り出せるようになりました。
 自己満足かも知れませんが、文字盤の一枚一枚がどこにあるかを把握し、すぐ使える状態にしておくことは、多くの写植屋さんから託された大切な文字盤を死蔵せず活かすために必要なことだと思ったのです。


2016.6.25(土) 

 進行中の案件である、某県某市の廃業した写植屋さんに行ってきました。

廃業した写植屋さん

 現像液の匂いがまだ残る中、沢山の機材や書類、文字盤をそのままにして全てが終わってしまったかのような社屋の片隅に、写植機はありました。

埃をかぶった写植機

 この PAVO-KY は10年以上使用されていなかったとのこと。時の過ぎゆくままに、文字盤や本体は厚く埃をかぶっていました。私にとって一番見たくない、しかし何度も何度も見てきた風景です。
 今回は手動写植機のメンテナンスに通じた方から、長年放置されてきた写植機の点検方法を事前に教えていただいていたので、正しく動作するかどうかを確認しました。
 これだけ放置され、無惨な状態になっている PAVO-KY。果たして動くでしょうか……。

 電源プラグは差し込まれっぱなしでした。電源を投入します。
「ガシャン!」という文字枠固定の音。通電はしました。
 ファンの回転が高まる音がし、光源ランプと採字用の蛍光灯が灯りました。
 ウイーン、ウイーンという PAVO-KY 特有の少しふにゃっとした原点復帰の音がしました。
 操作パネルの赤いLEDも点灯しています。
 起動は成功したようです。

 画面は……。

動作したPAVO-KY

 生きていました! この PAVO-KY は生きていたのです!!
 最初の起動では画面表示が出鱈目な砂嵐のような画面でした。写真は「長年放置されてきた写植機の点検方法」に従って処置した後のもので、メインの表示スペースも画面下部のコメント欄も正常に動作しました。

動作したPAVO-KY(近景)

 送りボタン各種も印字キーも正常に動作しました。Q数選択のキー入力をすると、初回はモーターが唸って主レンズターレットが回転しませんでしたが、手で介添えしたら動き出し、次の回からは介添えなしで動くようになりました。
 レンズに埃が大量に積もっているようで、画面に表示される文字は掠れ気味でしたが、綺麗に掃除すれば正しく表示されることでしょう。(※いずれも完全な動作を確認したものではありません。)

 放置されて動かなくなってしまった写植機も沢山見てきましたが、それでも PAVO-KY という機種は(画面以外は)丈夫だという印象です。こんなに過酷な状況に10年以上置かれていながら、それに耐え、生きていたのですから。
 写植機も機械なのでこう言うのも何ですが、人が操作すると音を出しながら一連の動作をするのを見ていると、写植機には血が通っているのではないかという気持ちになります。

 写植機の動作確認だけでなく、様々な出来事がありました。今後もこの元写植屋さんの取材を続けていきます。


2016.5.21(土)

 故・布施茂さんの『技術者たちの挑戦 写真植字機技術史』が届きました。

『技術者たちの挑戦 写真植字機技術史』

 発売日から10日以上経っての到着でした。表紙には自動写植機の文字円盤や手動写植機・電算写植機の写真が使われています。
 邦文写真植字機の発明から写研が開発した手動写植機・電算写植機までについて殆どを網羅し、その歩みを主に技術的な面から詳しく解説した本です。写研の機関誌などの公式な印刷物にもそれらの記録は残されており、かなりの部分は判るのですが、本書では更に踏み込んで解説されています。誰でも入手できるという意味でも、本書は写真植字史を探る上でたいへん貴重な存在です。
 自費出版だったようで、本文ページはMS明朝とMSゴシックが使われた Microsoft Word によると思われる組版で、図版の縦横比の改変や解像度の低さ、不足などがあちこちにありますが、巻末に記されている他の既存資料によって十分に補うことができます。
 私の立場としては、これまで研究してきた内容が、写研の開発者ご本人の著書によって正しさを保証できたり、足りなかった部分を明らかにすることができたりと、非常に有用でした。
 布施茂さんの長年のご活躍に心から敬意を表するとともに、ご冥福を深くお祈り申し上げます。


訃報

4月28日に布施茂さんが亡くなられたとの報がありました。

写研で常務取締役・開発本部長として写真植字機や電算写植システムの開発にご尽力され、退職後もタイポグラフィを技術的な面から支え続けてこられました。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

なお、布施さん最後の著書『技術者たちの挑戦 写真植字機技術史』が5月9日に発売されるとのことです。 →Amazonの該当ページ

4月上旬に布施さんから「写植の記事を読ませていただき、大変参考になりました。ありがとうございました。亮月写植室を読ませていただいたお礼に、同書をお送りいたします。今後ともよろしくお願いいたします。」とご連絡を頂いたばかりでしたので、とてもショックです。

情報を提供くださった今田欣一さん、ありがとうございました。


写植展のお知らせ(終了しました)

2015.3.6 掲載

moji moji Party No.12 「接点」
マカオ 渡(と)長崎 写真 渡(と)写植

moji moji Party No.12 会期 2016年328日(月)〜42日(土)
 会場 表参道画廊+MUSÉE F
     〒150-0001 東京都渋谷区神宮前四丁目17番3号
      アーク・アトリウム B-02+B-03
 時間 正午~19時(最終日は17時まで)
 主催 株式会社文字道(→moji moji Party 公式サイト

 今回も手動写植機「SPICA-AH」を提供させていただきました。
 会場ではこの写植機を使って写植の印字体験ができます!
 詳しくは moji moji Party 公式サイトをご確認ください。


→2015年
→2014年
→2013年
→2012年
→2011年
→トップページ
 

© 亮月写植室 2011-2017 禁無断転載