●過去だより1126〜1150
2020.6.13(土) 1150 梅雨の合間に
【日録】亮月製作所園芸部。
昨年庭に植えた紫陽花が今年も花を咲かせてくれました。手前は市販のもので、奥は友人に譲ってもらったものです。
5年前に挿し木を譲ってもらった紫陽花は元々室内で鉢植えで育てていました。しかし一向に花が咲かず、昨年に庭で地植えにしても咲かず、この個体の花を見ることはないだろうと思っていました。庭に植えて以来水や肥料は殆どやらず、寒い冬も特に対策をせずにきましたが、こうして咲いてくれたということは、ここの環境を気に入ったということでしょう。苦節5年、長い間育ててきてよかったです。友人によい報告ができそうです。
昨日(12日)は梅雨の合間を縫うように庭づくりをしました。
午前中に常緑ヤマボウシ(ホンコンエンシス)を植え、周りをアンティーク調の煉瓦で囲いました。
常緑ヤマボウシはちょうどこの6月頃に白い花のような総苞片(葉)を沢山つけるのが美しく、秋には食べられる赤い実がなるということで選びました。
午後はヤマボウシの周りにラベンダー、チェリーセージ、ローズマリーを植えてミニハーブ園に。ついでに草が生えないよう花壇の周りを真砂土で鋪装しました。
今回も思い描いていた通りのものが出来上がりました。しっかり設計して充分に準備をし、イメージトレーニングを繰り返したということもありますが、どの資材を用意してどういう工程で作業したら完成形に辿り着くかが直感で何となく分かるのです。庭づくりは最近まで全くやったことがなかったのですが、自分の中に眠っていた感覚が目覚めたような新鮮な感じがします。
先週は草刈りをしました。間違って刈り払ってしまったラベンダーの枝は長さを揃えてドライフラワーにして台所に吊り下げました。爽やかな香りが漂います。
薔薇の蕾が付いた新枝も刈り払ってしまったので、花瓶に挿して玄関に飾りました。うまく咲いてくれるとよいのですが。
2020.6.7(日) 1149 ジーナと旅に出る
【日録】果てしなく続く名曲発掘の旅。
松尾ジーナさん唯一のアルバム『気ままなジーナ』(1972.8.5発売)です。
昨年11月に彼女の存在を知り、その魅力に取り付かれて半年。極めて入手が難しいと思われるこのLPに、幸いにも巡り逢うことができました。
シングルAB面の4曲の他、当時人気があった和洋楽のカヴァーが収録されています。忌野清志郎『ぼくの好きな先生』が異色です。
ジャケットは裏表・外も中もカラー写真で、クレジットによると『non-no』から提供を受けているものです。雑誌の海外ロケで撮影されたものなのでしょう。レコードの歌の世界を盛り上げてくれます。
本作は曲間に波の音や教会の鐘の音、汽車の走行音と汽笛、街の賑わいなど海外で収録されたと思われる音声が収録されていて、森田公一氏によるソフトロック路線の編曲と相俟って、ジーナと海外旅行へ出掛けたような気分を味わえます。ジーナの歌声は『月影のメロディー』のシングルを引き継ぐもので、声色を作らず甘さ控えめの自然体でした。
A面2曲目『結婚しようよ』は地声で愛嬌たっぷりに歌い、「キュート」という言葉がよく似合います。3曲目『ハチのムサシは死んだのさ』は上ずり気味のダブルレコーディング。ハーフ特有の投げるような発音が可愛い。5曲目『愛するハーモニー』は汽車の音で始まり、青空の下でのんびりと旅をするような開放感。ジーナの無邪気な笑顔がレコードの向こうに見えるようです。6曲目『悪魔がにくい』はマイナー調の曲の中で“しゃくり”を入れながら一音ずつ丁寧に歌っているのでそれほど暗さは感じません。
B面2曲目『オー・シャンゼリゼ』は楽しげな街の様子から始まり、このアルバムのテーマの軸になるような曲。編曲に力が入った伴奏からは景色が見え、ジーナの発音もはまっています。3曲目『チョット・マッテ・クダサイ』はセンチメンタルなジーナを聴くことができます。英語の発音も滑らかで、2曲目と同じくジーナの魅力が引き出されています。4曲目『わたしの好きな先生』はカヴァーされているのが珍しいと思われる曲。ジーナのユーモラスさと投げ気味な歌い方が歌の世界に合っています。
最後の曲『月影のメロディー』はA面1曲目と同じものですが、この曲だけ横内章次氏による編曲です。テンポを抑えた穏やかな雰囲気はシングル版の力強い印象と全く異なります。波の音から始まり、ホーンの温かな響きやふわっと包み込むようなストリングス、12弦ギターの優しいオブリガートなど、月の光に照らされた浜辺の風景が脳裡に広がり、ジーナとの旅もこれでおしまい。曲が終わると落ち着いた充実感とともに心地良い眠気がやってきます。
選曲や演出がよく練られて世界観に没入でき、編曲も丁寧で、聴き終わりの印象も快いという、とてもよくできたアルバムでした。このレコードに巡り逢うことができて本当によかったです。夏の始まりによく似合う、爽やかな一枚です。
2020.6.3(水) 1148 AKG K701 イヤーパッド交換
【日録】とても気に入っているヘッドフォン「AKG K701」の音が最近それらしく聴こえないと思っていました。音の細かな部分が潰れてダマになり、高域も伸びていないようで、安いイヤフォンのような籠った聴こえ方であまり心地の良いものではありませんでした。
聴こえ方がおかしいということは……やはりイヤーパッドが劣化していました。本来ならドーナツのように厚く張りつめていないといけないイヤーパッドが潰れて中身がぐじゅぐじゅになっているようです。2012年1月にこのヘッドフォンを購入したので8年半経っていたのです(→2012.1.19の記事参照)。新しいと思っていたのに、もうそんなに経ってしまったのか……。
サウンドハウスで純正品を取り寄せました。2個で送料込み5236円でした。
使用してきたイヤーパッドと新品を並べてみました。8年半で半分くらいに薄くなってしまいました。私はこのヘッドフォンを入浴後にしか着けないことにしているので、世に言われる黄ばみはありません(笑)。なお、新しいイヤーパッドは色が若干薄く、青みが少ない(無彩色)ようです。
裏面の構造はほぼ同じでした。
ヘッドフォン本体についているイヤーパッドは周辺部を握って半時計回りにねじると簡単に外れます。写真では取り除いてありますが、中心のドライバーを囲う薄いドーナツ状のスポンジは再利用します。
新しいイヤーパッドに付け替えました。こんなにふかふかだったとは!
3本ヘッドフォンを持っていて、用途によって使い分けています。左の K701 は音楽の世界に浸りたい時。中の MDR-Z900 は低音を楽しみたい時や気分を盛り上げたい時(作業など)、右の MDR-CD900ST は音楽を一音一音聴き込みたい時や録音のモニターをする時。3本とも高解像ですが、表現の傾向は全く異なります。
さて、イヤーパッドを交換した K701 ですが、新品の時の音の印象へほぼ戻ったように思います。ユニゾンでも楽器の聴き分けが完全にでき、音の粒が全て見渡せて、高域はどこまでも伸びやかで、女性ヴォーカルは目の前で歌っているように澄み切っていて、録音の良し悪しまでシビアに反映させてくる。音楽が持っているものを全て音として描き出してくれる。本当に素晴らしいヘッドフォンです。これでまたしばらくの間、安心して音楽の世界に浸ることができそうです。
2020.5.16(土) 1147 じゅんのすべてがキミのもの
【日録】果てしなく続く名曲発掘の旅。
五十嵐じゅんさん唯一のLP『ファースト・アルバム』(1973.3.25発売)です。
2020.1.18の記事で探していたそのアルバムです。探し続けてようやく手にすることができました。今までで一番手に入れるのが難しかったかもしれません。
30cm四方の大きな笑顔が素敵。LP盤を所有する醍醐味です。「これでじゅんのすべてがキミのもの」という帯のコピーに思いが重なります。
お洒落なお店のショウウィンドウの前で、赤いベストに濃紺のパンタロン(ベルボトム)で決めた五十嵐さん。並んで点滅する電球や写り込んだ消火栓の看板などの風景からも、1970年代初頭の匂いがします。
ジャケットの内側にも大きく映った五十嵐さんのお顔が。
ジャケットサイズのミニポスターが附属していました。真っ白なドレスを纏い人形を抱いて出窓に佇むその様は、「深窓の令嬢」と呼ぶに相応しい。五十嵐さんのレコード群はヴィジュアル面の世界観が確固としています。
レコードそのものも奇跡的に盤質が良く、レーベルの穴の周りに見られがちな「ヒゲ」(レコードをターンテーブルに置く時に回転軸がレーベルをこすった傷)もありませんでした。これまでの所有者に大切に聴かれていたのでしょう。その心情にとても共感できます。
という訳で緊張しながらレコードに針を落としてじっくり鑑賞しました。
個人的に名曲だと思う『垣根の向う』が1曲目。鮮明に聴けるのがまずとても嬉しいです。この湿度のある雰囲気に心ゆくまで浸れます。「ポン、ポン、ポン、ポン」とストリングスのピチカートでエレガントに始まります。泣きのエレキギターとグロッケンシュピールに深いリバーブのストリングスが叙情的で、野薔薇の垣根の向こうを通る誰かの様子を気にしながらお部屋で「あなた」を待つ「私」の寂しさが胸に広がります。この歌のキメである「♪左目とじて 右目をあけて あなたを見るの」のリタルダンドで奏でられる響き(複雑で採譜を諦めた)が日本古来のものでその情緒溢れる景色を決定づけています。
このアルバム全体の傾向としては、写真のヨーロピアンな世界観とは異なり和の雰囲気を前面に出した純歌謡曲が大勢を占めていました。『愛の時間』(『垣根の向う』と同じ作家陣)は明るく素朴なキャッチーさがあり、『雪』は吉田拓郎作詞作曲で、それぞれ曲調にも特色があるのですが、他のオリジナル曲は『垣根の向う』の延長線上にあるマイナー調で、竜崎孝路氏の編曲は定型化していて面白味にはやや欠けるように思います。桜田淳子さんの1枚目のアルバムが思いの外和風だったように(→2019.1.30の記事参照)、当時の女性観を音楽で表現するとこのようになったのかもしれません。
五十嵐さんの愛らしい歌声で叙情的な和の世界を味わう、というのは予想していなかった感覚でしたが、何度でも録音したものを聴いてしまうほど(レコードは勿体なくて何度も再生できないので)、聴き込むほどに味が出てくるアルバムでした。
2020.5.9(土) 1146 透きとおる爽快。
【写真植字】久し振りにテレビで写植書体を見掛けました。
写研の「石井中ゴシック体KL」です。
キリンレモンのテレビコマーシャル「晴れわたろう。」篇(→YouTube)に使われています。4月下旬頃から見掛けるようになり(4.21放映開始とのこと)、夏を先取りしたような作風が目と耳を惹き込みます。
お馴染みの「キリン、レモン」を連呼する三木鶏郎の名作CMソング、上白石萌歌さんの澄み渡る歌声、真っ青な背景、キリンレモン。そしてその爽やかな映像の中でさりげなく現れるこの言葉。書体を感じさせない自然な形なのに、どこか緊張感があって情緒たっぷりの石井中ゴシック体はこういった清澄な雰囲気を表現するには最適だと思います。
2020.5.5(火祝) 1145 煉瓦の花壇を作ろう
【日録】亮月製作所園芸部。煉瓦の花壇を自作してみました。
造園屋さんに依頼すると大掛かりで高額になってしまうので、家主自ら施工することにしました。簡単な設計図と必要な資材、植えたい植物をメモして仕様を固めました。設計をしっかりしておけば必要なものが決まり、その通りに現場で作業をすれば自然に設計通りのものが完成するという考えです。
アンティーク風の煉瓦と目地用のインスタントセメント、それに水を加えて混ぜる為の受け皿、培養土、腐葉土を用意しました。おおよそ資材と土代が8000円、植物代が6000円、合わせて14000円ぐらいです。
殺風景な施工前の軒先。
煉瓦を積んで目地をセメントで埋め、花壇の形が出来上がりました。
このような作業は生まれて初めてしました。セメントの水分の量や目地の埋め方、仕上げ方などは全く分からず、現場の勘で進めましたが、煉瓦がアンティーク風でそれほど精度が必要ではなかったことも手伝って、いい感じに仕上がりました。壁からの距離を一定にすることと左側の曲線にとても気を遣いました。
ユーカリグニー、ライラック、コニファーの苗を植え、周りにアイビーを添えて完成です。若干大雑把な感じになりましたが、植物が馴染んでくれれば元からこうだったかのように落ち着いてくれるでしょう。
花壇の施工で2時間、植え込みで1時間ほどかかりましたが、思ったよりも短い時間で完成させることができました。ほぼ想像通りのものが出来上がって嬉しいです。
2020.4.30(木) 1144 今年も園芸部
【日録】亮月製作所園芸部。今年も活動を始めました。
昨年好評だったサツマイモの栽培をすることにしました。
固まった土を耕し、新しい土を混ぜ、畝を立て、形を整え、マルチを敷き、苗を植える。昨年は試行錯誤したので3時間かかりましたが、今年は休憩を入れながら2時間程度でここまでできました。半袖でも汗が止めどなく落ちるような暑い日でした。
昨年植えた「金時」はオーソドックスで強い品種ですが、収穫した芋は甘みがあまりありませんでした。その反省を活かし、今年は少しだけ奮発して(といっても10本100円も違わない)「安納芋」にしました。甘くてねっとりした芋が穫れるのを期待しています。
2020.4.19(日) 1143 いつの間にか、春真っ盛り
【日録】
散歩をしていると、名前は分からないけれど、真紅の花びらを持つ花が沢山咲いていました。
新緑との美しい対比。いつの間にか、春真っ盛りだったんだなあ。
2020.4.19(日) 1142 石井細明朝体の初期の字形!
【亮月写植室】写研の写植機「SK-3RY」用の文字盤(スタンダード文字盤)を譲ってほしいとのご連絡を頂きました。
しかし重複して持っているものはなく、お譲りすることはできない為、写真に撮ったものを提供しました。当方の Nikon D800 は古いカメラではあるものの、3600万画素あるため資料として充分に高解像度の画像を差し上げることができました。
そこで見付けたことがありました。
(画像をクリックすると拡大します。写真は撮影した文字盤の画像を反転しています)
「細明朝」の促音の文字盤に、改訂前の仮名が収録されていたのです!
石井細明朝体は発表当初と現行のものでは字形が異なる文字種があります。そのことを確認できる資料は細明朝体発表時のカタログ(?)が『文字に生きる』に掲載されているくらいで、まして該当する文字盤そのものを見る機会は全くなかった(気付かなかった)のです。
残念ながら平仮名と片仮名は文字盤コード制が施行された1965年以降のもの(LM-KS1、-KS6)だったので現行の字形でしたが、これだけでも大きな発見でした!
2020.4.18(土) 1141 ねぎ坊主
【日録】
庭で昨年の秋から放ったらかしになっているねぎが成長して花が咲き、沢山のねぎ坊主ができていました。尖った葉の先端が綿毛のようになっているのは何度見ても不思議です。
2020.4.8(水) 1140 レコードのパチパチノイズは消えるか?
【日録】長い間レコード鑑賞をしてきましたが、“パチパチノイズ”にずっと悩まされてきました。
歌謡曲に入門した学生の頃は好みの音楽が自分でも分からなかったので、1970年代後半以降の有名どころの作品を購入していました。そのためか状態の良い盤が多く殆どノイズが入らないので気になりませんでしたが、聴き込んでいくにつれ珍しい盤や古い盤に手を出すようになりました。そういったものには酷いノイズのものも多くあります。ベルベットで拭うだけではどうにもなりません。レコードスプレーなるものがあることは知っていましたが、「マニアでもないのにそこまでするか……」という変な先入観があり、導入しませんでした。最近入手したレコードは、大抵困るほどノイズが酷いので、試しに使ってみることにしたのです。
ナガオカの「クリアトーン558(SP-558)」です。
新曲がレコードで提供されていた時代には当たり前のように使われていたという、ごく一般的なレコードスプレーです。レコードが衰退した今でも生き残っているということは効果がある証だと信じたいのですが、果たしてどうでしょうか。早速使ってみました。
パチパチノイズだらけで聴けたものではなかった、中村晃子さんのLP『アッコはうたう』(1970.2発売)で試してみました。
レコードに直接スプレーしてからベルベットで拭い、再生してみると、確かにパチパチノイズは減っていました。しかし再生が進むにつれ、ノイズと音割れが増えていきました。
おかしいと思い針先クリーナー(オーディオテクニカ AT607a)でプレイヤーの針先を清掃してみると、茶色い埃がごっそり取れました(写真の白いブラシにある黒っぽい点と線)。盤にこびりついていた埃がレコードスプレーによって浮き、針ですくい取ったということでしょう。
もう一度再生したら、パチパチノイズも音割れも殆どなくなっていました。他のレコードでも試しましたが、レコードスプレーを使って一度再生してから聴くと音がひと皮剝け、7〜9割ノイズが減る印象です。そもそも盤質が良くないものはあまり改善しませんが……。
何故もっと早く導入しなかったのだと思いましたが、ともかくも快適にレコード鑑賞ができるようになりました。CD化されたアルバム作品が定価の何倍にも高騰することがある中、安価で手に入るオリジナルのレコードを殆どノイズなしかつCDを超える生々しい音で聴けるようになったのはとても有難いです。
2020.4.2(木) 1139 SONY MDR-CD900ST の修理・再び
【日録】愛用しているヘッドフォン「SONY MDR-CD900ST」のイヤーパッドがぼろぼろになってしまった為、部品を取り寄せて交換しました。2009年6月に購入し、2016年9月にも交換しているので(→2016.9.1の記事参照)、今回は3年半の寿命でした。新居に移る前は湿度が高い所に置かざるを得なかったので劣化が早まったのでしょう。
毎日使っているとあまり気になりませんでしたが、直視に耐えないほどぼろぼろになっています。
部品をサウンドハウスで取り寄せました。MDR-CD900ST の部品は全て単品で購入することができ、完全に自力で修理できるようになっています。業界標準の業務用機器の強みです。イヤーパッドが1個1100円、ウレタンリングが1個121円。占めて2442円でした。
まずは古いイヤーパッドを取り去ります。銀色のドライバーの周りに付けてあるウレタンリングが柔らかくなって歪んでいるのが分かります。これも取り除きます。シールでくっついているだけなので、シールごと剝がすようにするとうまくいきます。
新しいウレタンリングを取り付けます。真ん中を取ってから貼り付けるのではなく、まるごと貼り付けてから真ん中を取り去ると綺麗に仕上がります。
新旧イヤーパッド。こんなにも劣化した状態で音楽を聴いていたのか……。
イヤーパッド交換後。さらさらでふわふわの感触が戻り、音質も本来の CD900ST の持ち味が甦りました。交換前はもやもやした音でしたが、どんなに細かな音もきちんと分離して聴き取れるようになりました。
前回は「約45分でできた」とありましたが、今回は試行錯誤しなかったので20分ほどでできました。
気に入った道具とは長く付き合いたいし、どうしても重使用してしまいます。そうすると大切に扱っていても劣化していくものです。CD900ST は高性能なのに部品が全て安価で供給され、自力で修理できるのが大きな魅力です。「もう直せないから使うのは少しにしておこう」などと気にせず、安心して毎日使い倒すことができます。また何年か後に修理レポートをここに載せることでしょう。
2020.3.31(火) 1138 焼け野原に立って
【日録】長かった今年度が最後の日を迎えました。いや、今まで居た職場での3年間と言った方がよいかもしれません。今日でこの職場を後にすることになりました。本当に長い長い3年間でした。一言で言うと、
無念
……やるべきことは無理矢理何とかやりましたが、失敗が多いですし、達成感や清々しさはありません。身も心もぼろぼろです。例えるならば、私の心の中は一面焼け野原です。何もかもが滅茶滅茶になってしまった感じがあります。身体にも影響がありました。分かりやすい所では、眉間の皺が消えなくなり、真っ黒だった髪に白髪が見られるようになり、体重が50kgを切りました。
周りの人は「大変な中でよくやってくれた」と労ってくださいますが、自己評価としてはそうは思えません。知らないことを教えてもらいながら身に付け(痛い目を見ると自分のものになる)、何とか自力でやったのは確かですが、自分に投げかけられる前向きな言葉を素直に受け取れなくなっています。
この3年間、理不尽さと不合理さがまかり通る中、萎れるように段々と自信を失っていくとともに色々な事がうまくできなくなり、何度も何度も注意や叱責を受けてもそれを思い出せずにうまくできずまた叱られ、理由を聞かれては頭が真っ白になって何も話せなくなり、頼まれたことを「分かりました」と返事をしてもどうしても着手できなかったり放置したりしてしまうことが多々ありました。重ねて人員が定員より少ない状態が1年以上続き、それなのに仕事の全体量が大きく増えて処理しきれなくなり、周りの人達に迷惑をかけ、信頼を失ったと思っています。振り返っても明らかにおかしいし、昨年末にようやくそのような診断を受け、病院へ通って薬を貰っています(現在進行形)。「底が抜けた」のです。
そのような状況に耐えられるか否かのぎりぎりの所で助けていただき、何とかここまで辿り着きました。自分を見捨てない人がいたことが救いでした。感謝しかありません。
何よりも無念なのは、一人の人(仮にAさんとしておきます)との人間関係がおそらく終わってしまったことです。初めの年はあたたかな思い出も多くありました。自分の分からないことや欠けていることを沢山教えてくださいました。これから繋がっていけたら前向きに展開したであろう、自分にとっては重要な、とてもいい人でした(※私には同行人氏がいるのでそういう意味ではない)。私が仕事をうまくできなくなったばかりに、Aさんに大きな迷惑と負担をかけたのだと思っています。今自分がこうして何とか仕事ができているのはAさんのお蔭だと思っているので、一番感謝を伝えなければならない人だったのに……。
きっとAさんはここを読んでいないと思いますので正直に書きますが、こうなってしまった今、自分の心の中には、Aさんがいた筈の場所に大きな穴が開いていて、その痛みが消えないままでいます。仲直りする夢を何度も見ています。感謝や後悔やあらゆる気持ちがぐじゃぐじゃに入り混じっています。もう人間関係が戻らないなら、振り返っても仕方がないのに。
3年かけて焼け野原になった私の心には何もなくなってしまったけれど、大きな無念さと引き換えに、苦しみの中で得られた知識や経験という自分だけのものが残されました。それはこれからずっと役に立つものです。
この3年間のことは一生忘れないと思うし、心に開いた穴も埋まることはないと思います。だからこそ、そのような中で得られたものを、これから関わる人達へ前向きな形で返していかなければならないと思っています。失われたものは還ってこないけれど、せめてこれからだけでも、大切にしていかなければ。
2020.3.28(土) 1137 写植資料画像化計画
【亮月写植室】所蔵している資料の整理の為、スキャナを購入しました。
富士通の非破壊スキャナ「ScanSnap SV600」です。
一般的なフラットベッド式ではなく、本体のきのこの傘のような部分に撮像素子があって、映画のカメラワークのようにチルト(上下に振る)して撮影するものです。本を伏せて→スキャンして→本を取ってページをめくって→本を伏せて……とやらなくても、ページをめくるだけでスキャナが自動的に読み取ってくれる為、時間をかけずに画像化できます。単行本のようにある程度厚みがあるものでも半自動で歪み補正ができ、実用上問題ありません。A4見開きも、見開いた状態(A3)でスキャンできます。これもとても有難いです。
これをやりたかったのです。写植に関する資料がとても沢山あるので、フラットベッドスキャナで1ページずつスキャンするのはとても面倒なのです。
(画像をクリックすると拡大します)
写真植字機研究所『写真植字』(1964年頃発行)を SV600 でスキャンしてみました。歪み防止のため市販の3mm厚のアクリル板を被せたこともあり、線の歪みや色調の崩れは殆どなく、画面で見る為の資料としては全く問題ありませんでした。
全ての資料を画像化してデジタルアーカイヴとして活用したいのですが、どのくらい時間がかかることやら……。気長に取り組もうと思います。
2020.3.22(日) 1136 春の訪れ
【日録】
桃の花が咲き始めていました。
外へ出掛けてゆっくり花を見るような時間はあまりありませんが、こうして春の訪れに気付くことができました。
2020.3.9(水) 1135 全く知らない人だったのに
【日録】果てしなく続く名曲発掘の旅。
岩渕リリ、本田路津子、牧葉ユミのいずれも『ゴールデン☆ベスト』とじゅん&ネネ『愛するってこわい/じゅん&ネネの世界』(LPのCD復刻版)です。 本田路津子は透明感溢れる歌声のフォークに心が洗われるようです。牧葉ユミはよく通る声で独特なポップス感を出していて癖になります。『貝がらの青春』の「♪今日もいつかは 過ぎ去る昔 でも若さの中に居る」という歌詞が心に沁みます。じゅん&ネネはねっとりとするような一体感があるヴォーカルデュオで、その歌唱力と1960年代終盤から1970年代初頭の歌謡曲らしさに聴き入ってしまいます。
中でも特に気に入ったのは岩渕リリさんでした。
僅か18曲、これが彼女の活動の全てです。1972年3月25日レコードデビュー、1973年3月最終シングル発売でほぼ1年間という短い活動期間でした。ですが、ソフトロックとフォークを軸とした楽曲は多彩な曲調でいずれも完成度が高く、岩渕さんは“うたのおねえさん”とアニソン歌手の中間のようなとても可愛い歌声の持ち主で、しかも抜群の歌唱力でした。全く知らない人だったのに、アルバムを通して聴いて大好きになってしまいました。
全曲解説をしたいくらいです。青空が見えるような牧歌的で伸びやかな作品ばかりで、歌声の可愛さと歌の世界に身を委ね、現実の嫌なことは忘れてしまうほどです。
1曲だけ挙げるのは難しいですが、『失恋』はその時の気持ちを思い出させてくれるような朴訥な歌詞とメジャー調なのに悲しみが含まれた優しい曲が心の奥にしまい込まれたものに染み込んでいくようで、それなのに岩渕さんの歌声は可愛らしくて、叶わなかったあの人への気持ちをゆっくりと癒してくれるような歌です。「♪あの人のことは過ぎたことなのに」……。
岩渕リリ、とてもお薦めです!
2020.2.19(水) 1134 空中から電源を
【日録】台所のカウンターに電気ポットを置いているのですが、子供がコンセントに触りたがるので、天井のダクトレールから電源をとることを考えました。
勤務先でリーラーコンセント(吊り下げ式の延長コードのようなもの)を使っていたので、近くの家電量販店に売っているだろうと思ったら、そういったものは扱っていませんでした。どうやら家庭用ではなく商店や会社など向けの業務用だったようです。やむなくネットで購入しました。
パナソニックのリーラーコンセント「DH 8550」です。箱には施工店向けの説明が記載されています。
コードが螺旋状になっていて、コンセント部分のボタンを押すと伸縮する、お店でよく見るあれです。以前は橙色と白の2色使いで角張っていましたが、モデルチェンジしていたようで、すっきりとしたデザインです。
台所のダクトレールに取り付けてみました。
業務用ということでかなりごつく、景観を守るために備品を厳選してきた我が家では目立ってしまいますが、簡単に壊れてしまうことは決してなさそうです。これで空中から電源を取れるようになり、子供が床で動き回るのを気にせずによくなりました。
2020.2.19(水) 1133 未熟者の証・4
【日録】新しい腕時計に付けられてしまった傷。自力で研磨して一応許せる程度になったので、仕事や休日に着けて出掛けています。美しい文字盤に見惚れてしまうこともしばしば。
しかし。
出掛けた先で突然腕時計のバンドが切れてしまいました。こんな写真しかありませんが、腕時計の金属製のバンドは基本的に輪の状態を保っているものなので、外れてはいけない箇所で外れていることが分かります。2月1日に時計店へ駒の調整に出した時、外してはいけない箇所から力ずくで駒を外されたからでしょう。
別の日、この時計店へこのことと傷をつけられたことについて苦情を言いに行きました。80代後半の店主の言い分は、「そんな文句を言われたのは50年やってきて初めてや。駒なんか抜ければどこでもええ。矢印の書いていない所でもピンは抜ける。最初から傷をつけるつもりでやっていない。バンドを調整してほしいと言われたから、お客さんの為に一生懸命やったんや。多少の(発言ママ)傷ぐらいつく。弁償はしない。」というものでした。客の持ち物を大切に扱うという社会人としてごく基本的なこともできず、長年時計職人をしてきたとも思えぬ時計への愛情のなさ、そして自分の腕が衰えていることを認めようともせず、開き直ったかのような言葉に呆れました。運転操作を誤り事故を起こした高齢ドライバーの言い訳のようで、情けない気持ちになりました。
これ以上相手をしてはいけない人なんだと思い、駒の調整代だけは返してもらって店を後にしました。この店へ調整に出すんじゃなかった。自分の拙速な行動を心から恥じました。
結局腕時計はセイコーへ直接修理に出しました。セイコー「PRESAGE SARY103」は「ダイヤシールド」という表面硬化加工がされているらしく研磨はできず(それなのに傷だらけになったのはどういうことだろう)、バンドは全損扱いでした。駒調整に伴い本体にも傷がついていましたが、こちらは修復不能でした。
3月になってバンドが綺麗になった腕時計が返ってきて、ようやく気持ちの上でも整理がつき、本格供用開始となりました。
この時計からは多くのことを学びました。
・どんなに経験を重ねても謙虚さを失ってはいけない。決して驕ってはならない。
・歳を取ったことにより衰えていることを自覚しなければならない。
・社会人が開き直ると非常にみっともない。
・職業としてすることは責任を果たさなければならない。果たせなくなったときは相手にしてもらえなくなる。
・拙速な行動は損をするだけだ。時間や手間がかかっても確実な方法をとらないと酷い目に遭う。
・ステンレス製品はある程度なら自力で鏡面仕上げができる。
この腕時計は先代のようにおそらく10年以上使っていくことでしょう。己の未熟さの証として、年齢や経験を重ねても決して驕ってはならないことを日々思い出しながら生きていきます。
とはいえ腕時計に罪はありません。元々長く使いたいと思って気に入った意匠のものを選び、私のもとへやって来たのです。気に入っているから長く使い続けたいというのが本質です。意味もなく時刻を見ては「あぁ、美しい」と思うものなのです(変態かもしれない)。
自分にとって初めての機械式時計で精度が気になりましたが、着用して10日間実測した私の個体の平均の日差(一日当たりの誤差)は+4秒程度と、セイコーの高級腕時計・グランドセイコーの基準(−3〜+5秒)に収まっており、機械式時計としては優秀なものでした。時刻が進む側へ多少誤差が出るのは実用上問題ないので、たまに時刻合わせをするのも楽しみの一つとして、長く付き合っていきたいです。
2020.2.2(日) 1132 未熟者の証・3
【日録】昨日傷だらけにされてしまった新品の腕時計を磨いて何とか元通りにできないものかと、ホームセンターで研磨用品を買い揃えました。
自動車整備に使う曲面用マスキングテープで文字盤を保護し、耐水やすりとステンレス磨きクロスで仕上げるという考えです。いきなり新しい時計を磨くと失敗した時に取り返しがつかないので、今まで使ってきた時計で練習することにしました。
ケースは12年半毎日着けたことで傷だらけになっていました。
風防に傷を付けないよう、曲面用マスキングテープで養生しました。
あとは磨きクロスで根気よく磨くだけです。
見事に大きな傷が消えました! 鏡面だった部分は磨きクロスで磨きましたが、細かな傷は消えなかったのでもう少し研究が必要なようです。ヘアライン仕上げの部分(バンド)は耐水ペーパーの2000番を既存のラインと同じ方向にこすって復元しました。
手で磨くのには限界があるのでバフ研磨することを思い付き、翌日リューターとバフ、青棒を買ってきました。
これで慎重に磨きをかけました。
光の角度によっては薄く曇ったように見え、完璧ではありませんが、ほぼ鏡面が甦りました。
バフ研磨の練習は十分できたので、SARY103 のバンドに磨きをかけることにしました。傷がない箇所はマスキングテープで養生しました。
先述のように光の角度によっては曇ったように見えますが、目立つ傷はおおよそ消せました。
とはいえハンマーの打痕は深く、完全には消えませんでした(写真の一番右側の駒が2月1日の記事の最初の写真で一番目立つ傷の位置)。目立たなくはなったので、まあこんなもんでしょうと一応納得することにしました。【つづく】
2020.2.1(土) 1131 未熟者の証・2
【日録】購入した腕時計をすぐにでも着用したいと思い、長い間お世話になっていた中央本線 T 駅前の I 時計店でバンドの駒を自分の腕に合うよう短くしてもらうことにしました。ついでに SBTM003 も長年の使用で腕の太さに合わなくなっていた(腕が細くなっていた!)ので、調整を依頼しました。
すると80代後半の店主、「バンドに矢印(ピンが抜ける位置)が書かれていない」(実際には矢印の表示がある)などと言ってハンマーでバンドを叩き、力ずくでバンドの駒を外していました。
駒抜きが終わって返却された時は気が付きませんでしたが、帰宅して観察すると、沢山の傷が付いていました。長い経歴を信頼して預けたのに、買ったばかりの時計を傷だらけにされて、とても悲しい気持ちになりました。【つづく】
2020.2.1(土) 1130 未熟者の証・1
【日録】12年半振りに腕時計を購入しました。
セイコー「PRESAGE SARY103」(写真左)です。その右は今まで使用してきた 同じくセイコーの電波ソーラー時計「SPIRIT SBTM003」です(→2007.7.24の記事参照)。
腕時計は1本しか持っていなかったので、ずっと「白い文字盤の腕時計が欲しい」と漠然と思っていました。昨年は家を新築した上に家族が増え、年齢的にも節目を迎えたので、記念に購入することを考えました。
それで、白い文字盤でシンプルなデザインの機種を見てみようと思い、近くのアウトレットモールへ出掛けた時に時計店へ立ち寄りました。海外製には全く興味がないので、国産メーカーのうちセイコーとシチズンを覗いてみました。シチズンでは「NJ0091-88A」(→Amazon)という自動巻の逆輸入モデルを見付け、ちょっと気になりました。計測器のようなシンプルな文字盤でチタン製のとても軽い腕時計です。同行人氏も「似合うと思う」と。
しかし腕時計は手間がかからず正確な電波ソーラー時計と決めていました。そうではないこの時計でいいのだろうかと、購入を決めずに帰宅して検討し直しました。白い文字盤のソーラー電波時計は確かにいくつかありますが、デザインを心から愛しきれないというか、どうしても妥協する面があるものばかりでした。悩みの渦の中にいる私を見て同行人氏が再びアドヴァイスをくれました。「白い時計も電波ソーラー式にしなくても、正確な時刻が必要な時だけ今まで使ってきた時計を着ければいいんじゃない? せっかく新しく買うなら違う性格のものを持っててもいいと思う。」と。腑に落ちました。
時計の駆動方式を限定しないで条件に合うものを探しました。
・文字盤が白いこと
・日付付きの3針方式であること
・クロノグラフは不可(ごちゃごちゃしてひと目で時刻が読めないから)
・日本製であること(中国製の時計の故障に懲りている)
・10万円未満であること(高価な時計は気を遣って普段使いできないので。私は時計を見せびらかしたいのではなくて、気に入った意匠の相棒が欲しいだけ)
そうして見付けたのがセイコー「PRESAGE SARY103」だったのです。2018年後半に限定発売されたカクテルタイムシリーズの「Fuyugeshiki」(冬景色)というモデルです。何とか探し出し、2月1日に入手しました。
真っ白な箱に入っていました。
実用一辺倒だった「SBTM003」とは全く異なる性格です。実際、SBTM003はプロダクトデザインのパイオニア・渡辺力(わたなべりき)氏が監修し、ユニバーサルデザインを前面に出したデザインでした。
楔形の略字(目盛)や、光の角度によって様々な表情を見せる縮緬状の凹凸が施された文字盤、盛り上がった風防ガラス、強い光が当たると青緑に光る秒針など、細部まで情緒に溢れていていつまでも眺めていられます。その名の通り、雪景色のような凛とした雰囲気の美しい時計です。
【つづく】
2020.1.18(火) 1129 垣根の向うはどこにある
【日録】果てしなく続く名曲発掘の旅。
五十嵐じゅん(現・五十嵐淳子)さんの音楽を少しずつ揃えています。
「美貌と歌唱力は比例しない」(失礼ね!)という文脈で語られがちですが、私は声の可愛らしさと楽曲の良さに惹き込まれていきました。全体にヨーロピアンな雰囲気の繊細で落ち着いた楽曲群で、元気が出るような感じではないものの、その容姿に通ずるものがあります。
『ちいさな初恋』(1971.10発売)は黛ジュン『好きなのに好きなのに』のカヴァーで私も知っているような有名曲。 A-A-B-A のシンプルな構成ですが、切なさが広がっていくようなBメロが特に良い。『ひみつのお別れ』(1972.7発売)はもやっとしてやや暗めではあるもののエレガントさが感じられます。
追加で購入した『愛のシーズン』(1972.5発売)はジャケット写真の美しさがまず素晴らしい。私が前髪ぱっつんの人にとても弱いということもありますが(笑)。それもさることながら両面とも良質なソフトロックで、A面(鈴木邦彦作曲)は軽やか、B面『あふれる愛に』(筒美京平作曲)はしっとりとした味わいの洗練されたポップスでした。『あふれる愛に』はいしだあゆみが原曲で、風雲急を告げるような緊迫感がある演奏を軽くいなしているのに対して、こちらは落ち着いた演奏の中可愛らしい歌声で哀しげに歌っているのが胸の奥を締め付けられるようで良いです(日本語がおかしい)。じゅんに好きになってほしいと思う(←また出た)。曲の良さもあって脳内で何度も再生してしまいます。
未購入の最終シングル『垣根の向う』(1973.3.25発売。→YouTube ※音質悪し)は和の要素と洋楽の要素・メジャーとマイナーが入り混じった作品で、聴いていると景色が見えるような情緒溢れる世界観がとても好みなのですが、収録されたシングル盤・LP盤共に殆ど出回っていないようでずっと探しています。本当に本当にいい歌なのに……。五十嵐じゅん作品の全曲CD化を心から望みます。
2020.1.16(木) 1128 人は遠くから繋がる
【日録】帰宅すると、同行人氏が近所の人からお礼を貰ったと話す。
心当たりがなかったが、午前に同行人氏が出掛ける際、道に何か大きなものが落ちているのが気になって見に行ってみたら人が倒れていたそうだ。道より高い所から足を踏み外して落ちたらしい。すぐに救急車を呼んで病院に搬送され、幸いご無事だったようだ。その人がお礼をくださった人のお父さん(おじいさん)で、何と直属の上司の奥様のお父様だった。
先日もお隣さんが部長の同級生だと判り、そのことをそれぞれからお聞きしたばかりだった。……こうして遠い所から密に繋がる、人の縁の不思議さ。いつでも私達は、丁寧に、真摯に生きていかなければと、心があたたまるとともに背筋が伸びる思いだった。
2020.1.14(火) 1127 私を創る出会いもサヨナラも
【日録】果てしなく続く名曲発掘の旅。
Superflyのアルバム『0』です。
最近の音楽を全く聴かない訳ではないのです。積極的に情報収集しているのですが、いいと思う音楽がなかなか見付からないだけです。
朝の連続テレビ小説『スカーレット』の主題歌『フレア』(→YouTube)がとても良く、明日発売のアルバムを1日前倒しで購入しました。メロディーが軽視される昨今の日本のポップスの傾向の中、「この歌詞ならこのメロディーしかないだろう」と思うほど歌詞とメロディーが有機的に結びついていて、多くの音楽の中で際立って輝いているように感じたのです。
ゆったりとした序盤、静かなサビ前、上昇するクリシェから一瞬の静寂、そしてサビの多幸感が素晴らしい。I メジャーの和音を基調にしつつも、「いたずらな」で一瞬マイナーになったり、「雨に負けるもんか」で拍子毎にコードチェンジをしたりと表情豊かで、「出会いもサヨナラも」ありつつも、それを受け止めながら前向きに強く生きようとする姿に見事重なり合います。音楽的に解決する、それは作曲の基本の筈なのに、これだけ後味の良いポップスの新曲はここ数年なかったなあ。
少し話しがずれますが、同時に『スーパーアニソン作曲家 渡辺宙明大全』という本を購入しました。50年以上に亘り主にアニメ・特撮ソングを作曲されてきた渡辺宙明氏のコメントが多数収められているのですが、最近の音楽に対して私と同じようなことを感じておられるようでした。「今の曲にはリズムを工夫して聴かせる曲が少ない気がします。」(p.52)、「今の若い作曲家はなかなかメロディが書けないという話がありますが」(p.137)、「今の歌は音の跳躍がないものが多いけれど、私の場合は、跳躍することによっていいメロディができるし、印象に残るものになるんです。」(p.168)など、 最近の音楽の傾向についてのコメントがあちこちにあり、自分が最近のポップスに対してずっと感じてきた違和感は間違いではなかった(少なくとも渡辺宙明氏と同じことを感じている)ことが判り嬉しかったです。
2019.12.21(土) 1126 あたたかな時間
【日録】家族三世代揃って、新居で初めてのささやかなクリスマス会を開きました。
飾りや食べ物を持ち寄って。それらしい飲み物で酔ったふり。BGMは湯川潮音さんのクリスマスアルバム『chime』。和気藹々としたあたたかな時間がゆっくりと過ぎていきました。こういう景色や行事が似合う、可愛らしい家にしてよかったです。
2019.12.10(火) 1125 アッコといえば
【日録】果てしなく続く名曲発掘の旅。
LP『虹色の湖』(1968.5.1発売)ジャケット表裏・内側
中村晃子さんの楽曲を聴き込んでいます。
きっかけは動画サイトでたまたま見た映画『進め!ジャガーズ敵前上陸』(1968年)の中村晃子さんが出演された部分を集めた映像集でした(→YouTube)。本作の中で大ヒット曲『虹色の湖』を歌っていたのです。私も小学生の頃からこの歌は知っていたのですが、きちんと聴くのはこれが初めてでした。幸せになれると信じて故郷から都会へ出て味わった喪失感は、大人になってからでないと分かるまい。
「こんなに綺麗な人が歌っていたのか」と中村晃子という歌手を発見したことと、「こんなにいい歌だったのか。他の曲も聴いてみたい」という強い好奇心に駆り立てられ、楽曲集めが始まりました。
中村晃子さんは歌手としては1965年にデビューし、1967年の『虹色の湖』から1970年代前半をピークに活躍していました。提供された楽曲は、和製ポップス、グループ・サウンズ(GS)、ロックと時代の趨勢に合わせて大きく変化しており、『虹色の湖』以降はGSの影響を大きく受けた楽曲が続きますが、『涙の森の物語』(1969.1.1発売)では早くも脱GSが図られていました。 このような多様な音楽性も聴き所です。
歌唱法もかなり独特です。美しい容姿とは裏腹に(?)力強く、小唄のように小節を回すような歌い方がみられ、次第にやさぐれ感が増していくという誰とも似ていないもので、中村晃子最大の魅力です。先述の『涙の森の物語』では「♪その朝は 野あざみが そよ風に 揺れていた」を「その朝わあんが 野あざみひがはんぁ そよ風に 揺れていたはんぁ」と語尾をねじるように伸ばしていて、何度でも聴きたくなってしまいます。
勿論、先から書いているように容姿の美しさも魅力です。ジャケット写真が素晴らしい。当時の雑誌に掲載された写真も、貴重な動く姿も……。
LP『アッコはうたう』(1970.2.1発売)ジャケット表裏(放送局の払下品のためシールの貼付あり)
LP『裸足のブルース』(1971.12.25発売)ジャケット表裏
『明星』1968年12月号の表紙のようにアイドル的な扱いをされることがあったようで、とても可愛いのは間違いないのですが、美しくて恰好いいという方がより相応しい気がします。 シングル盤のジャケットでは『なげきの真珠』『ローマの灯(ともしび)』『いつか愛して』は髪型も含めて全く古臭くなく、50年先の現在でも通用すると思います。
そういったとても魅力的な歌い手さんなのですが、全曲CD化・デジタル化されている訳ではなく、様々なLPやCDを集めることになってしまいました。
デビューした1960年代と1970年代いっぱいのシングル作品は全てCD化されているのですが(『60'sシングル・コレクション』『70'sシングル・コレクション』)、網羅したCD自体が廃盤になり、しかも定価の数倍というとんでもない金額でやり取りされています。かといって無数に発売されてきた十数曲程度が収録されたCDは重複している曲がかなり多い割にそのアルバムでないと聴けない曲があるなど混沌としています。
そこで、効率よく楽曲を入手できるようにする為、中村晃子さんが歌ったほぼ全ての歌をリスト化し、どのLPとCDに収録されているかが分かるような表を作成しました。著作権は主張しませんので、ご自由に活用ください。
→中村晃子レコードリスト(nakamuraakiko.xls)
シングル作品を網羅した『60'sシングル・コレクション』『70'sシングル・コレクション』は潔く諦め、1960年代と1970年代前半の美味しい所を押さえているベストアルバムのCD『ロック天国』を軸に、聴きたい年代や曲目に応じて他のCDを購入するのがよいと思います。あとは比較的入手しやすいオリジナルのLPでもある程度補完できます。
全国に中村晃子ファンがどのくらいいるか分かりませんが、お役に立ちましたら幸いです。 |