亮月だより
写植に関する催しのお知らせ

2018.8.9 掲載

株式会社文字道の伊藤義博さんが、写植機の実演を行われます。
同日13:00-13:50には、書体設計師の今田欣一さんが 「活字書体をつくるひと」と題して講演されます。

學のまち kawagoe  講演&ワークショップ
「文字のこと、本のこと。」

■写植機(スピカ)の実演!
日時/8月17日(金)12時~16時30分
場所/ウエスタ川越 多目的ホールA・B
  川越市新宿町1-17-17  Tel. 049-2449-3777

◎会場の関係上、薬品を使用する事ができないので暗室はなく
現像や体験しませんが、少しでも写植文字を知ってもらえばと思います。
以下関連のHPです。ご参考ください。
https://manabinomachi-kawagoe.jimdofree.com/

●お問い合わせ/
文字道
Tel: 090-4963-0599
E-mail: info@mojido.com


2018.7.28(土) 1079 もっと早く再会すれば 

【日録】今年はできるだけ多くの人に会いたいと思っている。

 10年程前に3年位たいへんお世話になった方と再会した。
 ある事業のために方々(ほうぼう)から集められたメンバーのうちの一人だった。10人くらいの集まりで、事業を進めるに当たり、皆で真剣に議論し、叱られもし、何度も遠くへ行き、打ち上げは必ずカラオケで盛り上がる仲間達だった。初めは嫌々だったが、最後には別れ難くなるほど一体感があった。しかし、再会を誓ったまま全員で集まることは叶わなかった。
 この方とは歌の好みの傾向から個人的に仲良くなり、随分ご指導いただき、可愛がっていただいた。当時は「○○(この方)チルドレン」だとか「可愛がりという名の×××(自主規制)」なんて茶化して言っていた。それでも許される間柄だった。結婚式にも皆で出席した。しかし事業の任を解かれてからは年賀状だけのやり取りになってしまい、不義理を重ねてしまったと気に掛けながらも年月だけが経っていた。

 今回たまたま事務連絡を頂き、それをきっかけに再会することになった。「LINE のアカウントが乗っ取られた」という深刻なものだった。今でも私のことを気に掛けてくださっているのだと思い、「会いませんか」と声を掛けてみたのだ。
 約束の場所で待つと何故か緊張した。何故かではないかもしれない。遠くの人と会うときは必ず緊張する。その待っている間の浮き立つような感じは心地良いものでもある。前回会った時の記憶を辿りながら、今回はどんな感じなんだろうと楽しみで堪らなくなる。
 ……あの方だ。奥さんと成長したお子さんもご一緒だった。その長い時間を共にすることができなかった無念さが込み上げてきたが、同時に無事に暮らしてこられたことも分かった。「お父さん、お母さん」と日本語で呼ばれているのを聞いて、心の中でうんうんと頷いた。私が親になるとしたら、きっとそう呼ばせる。
 容姿も人柄も全く変わっていなかった。お互いにそうだと言った。話のやり取りの調子もかつてと変わらなかった。話を進めるにつれ、数年間の空白がどんどん満たされていくようだった。もっと早く再会すればよかったと思った。
 数年間の来し方を語り合うだけでは足りず、定番だったカラオケに出掛けた。好きな歌、歌声、歌う時の振り付け。かつては本気で歌う様子を皆笑っていたが、私は内心凄いと思っていた。そんなことを思い出していると心の中は10年前に戻っていた。
 お子さんが、私も知らないような1980年代のマニアックな歌を暗譜で歌う。親の好みは子供に強く反映されるものなのだと改めて思った。子供が自分の鏡のようになっていく姿はきっと愛おしいだろうなと思う。それは親が自分自身のコントロールができてこそでもあるのではないか。良いものも悪いものも子供は吸収してしまうから。

 空白が続いたとしても、こうして人間関係が復活することもあるものなのだと感慨深かった。これから再び時間を共にすることができる。たった数時間でも、再会が叶ったことでこれからの世界の広がり方は大きく違ってくるだろう。Tさんとご家族の皆さん、ここを見ていないとは思いますが、本当にありがとうございました。


2018.7.18(水) 1078 秋風の気分で 

【日録】毎日の日課になった『半分、青い。』の鑑賞。鈴愛達が住んでいた「秋風ハウス」の調度品の雰囲気が良く、特に玄関に灯るペンダントライトが電話の場面などで度々映り、ずっと気になっていた。
 そして、見付けてしまった。

『半分、青い。』秋風ハウス風ペンダントライト

 実物はどんなに探しても見付けることができなかったが(10年前に購入した人の未確認情報はあり)、限りなく近いものを探し出して購入してしまった。ジャパンブリッジという照明店が取り扱う「アンダルシアコレクション CHALO」。上の青いステンドグラス部分の横線が省略されて高さが短くなっていることと、底面の折り返しがない以外は「秋風ハウス」のものとほぼ同じに見える。ただし、大きさは二回り程小さく、縦横十数センチぐらいである。

『半分、青い。』秋風ハウス風ペンダントライト

 造りは本物よりも雑で、黒い金属部分はガタガタ、白い部分はガラス製ではないが、近寄って見るようなものではないので気にならない。これはこれで手作り感があってなかなかいい雰囲気だ。

『半分、青い。』秋風ハウス風ペンダントライト

 点灯。ソケットはE17で60Wなので暗めで玄関でも2灯必要だが(それを見越して2灯買いました・笑)、現代的ではなく過度に装飾的でもないので古臭くならず、程良いシンプルさと可愛らしさ。これで我が家も秋風ハウス(違う)。

 最近の『半分、青い。』はというと、秋風羽織先生の下を離れてしまい、あまり面白くなくなってしまった。6月辺りから鈴愛は(作者から)さんざんいじめ抜かれて泣きっぱなし、新天地では取っ散らかった展開で何を言いたいのか分からない。登場人物全員頭がおかしい。必要がないように思えるだらだらとしたやり取り。100円ショップの考証はするのに時代考証は相変わらずしない。「早く次回が観たいでしょ?」という臭い演出とその割に大したことがない翌日冒頭のオチ。まるで違う作品になってしまった。いや、敢えてダメな展開・ダメな人達を描き、こういう感情を持たせるために計算された演出であって、最後の最後には莫大なカタルシスが得られるに違いない!

 という訳で、秋風塾が恋しくてたまらない。少なくとも同じような灯りを買ってしまうほどに……。


2018.7.14(土) 1077 古時計 

【日録】大変な酷暑の季節が一足早くやってきた。
 暑さから逃れるために訪れたのは、

守山区古時計

 名古屋市守山区の小幡駅近くにある喫茶店「古時計」。
 その名の通り店内の壁にはぜんまい式の時計が沢山掲げられ、その多くが生きていていた。入店した瞬間、常連さんらしき人達の注目を浴びた。入ってはいけない店だったのかと思ったが、親切な方がマスターに声を掛けてくださり、よい席を頂いた。
 長い時間を帯びた調度品に包まれた店内にはジャズのスタンダードが流れ、とても落ち着く。人懐こくて親切なマスターが一人で切り盛りされている。丁寧にコーヒーを入れてくださり、色々サービスしていただいた。古くからこのお店を知っているかのような錯覚に陥るほど、自然に心を開く感じがした。
 コチコチと時計の動く音がする中でゆっくりしていると、突然ボーン、ボーン(音色としてはジャーン、ジャーンが近いか)と気ままに時報を告げてびっくりさせられる。それでも電子音と違い、物理的に出される音は全く耳障りではない。この古時計達には血が通っていると思った。人間の手によって作られ、大切に手入れされ、今日まで生きてきたのだ。
 常連さんが多かったが、若い人が一人で入ってくることもあった。本当に落ち着ける場所とはどういうものなのかを、ここに来る誰もが知っているかのようだった。


2018.7.12(木) 1076 消せる色鉛筆 

【日録】

消せる色鉛筆

 仕事で使っている硬質色鉛筆。自宅用にも購入してしまった。普通の色鉛筆は消しゴムで消えないし、フリクション色ボールペンだとすぐに乾いて駄目になってしまう。細かな色文字を書いたり消したり……ということが多いので、消せる硬質色鉛筆に落ち着いた。
 名古屋に出掛けたついでに、初めに見付けたのは三菱の「消せる色鉛筆 2451」と「同 2453」(朱色と紺)。そして本命、同じく三菱の硬質色鉛筆「7700」の赤、橙、黄緑、水。2015年に赤以外の生産終了が謳われるも、アニメーション業界からの要望により4色だけ生産が継続された、あの色鉛筆だ。
 普通の鉛筆と同じ感覚で書けて消せるのがいい。簡単なお絵描きができてしまうのもいい。中学生時代から色ボールペンを使い潰してきた(使い切れないまま乾いてしまうことの繰り返し)が、ようやく色文字用の筆記具が落ち着いた。


2018.7.11(水) 1075 眼を大切に 

【日録】ここ1ヶ月ほど目がごろごろし、ピントが合っている気がしなかった。暗い所で明るい光を見ると、その周りに明るいものが漏れているように見えて見にくくなっており、白内障なのではないかと思った。そこで9年前に左目のレーシックを受けた名古屋市内の眼科で、その経過観察も兼ねて検査を受けた。
 結果、視力は左1.5、右2.0でレーシック施術時と変わらず。白内障の症状はなく、ドライアイだと判った。1ヶ月分のドライアイ治療目薬を頂いたが、白内障でなくて安心した。

 名古屋に出たついでに、かねてから調子が悪かったレンズをニコンへ持って行き、修理に出した。「AF-S DX NIKKOR 16-85mm f/3.5-5.6G ED VR」と「AF-S NIKKOR 24-120mm f/4G ED VR」である。どちらも手ぶれ補正機能付きのズームレンズだが、肝腎の手ぶれ補正機能が故障してしまった。
 前者は D80 用の常用レンズとして日常から遠方の取材まで何でも使い、酷使した。シャープネスが高く気に入っていたが、単焦点レンズの魅力に取り憑かれてからはあまり使わなくなっていた。購入したばかりの頃からピントリングが0.8〜1.5m辺りで引っ掛かる感じがあったが、とうとう回らなくなってしまった。
 後者は D800 と同時に購入し、旅行や取材のお供にしていた。世間の評判はぱっとしないが、この個体はピントがキレキレで、絞り f/4 開放で何でも撮っている。しかしカメラのシャッターボタンを半押しすると「ガタン!」と音を立ててファインダー像が大きく揺れるという目立った症状がある。ネットで調べた限りは、どちらのレンズも“持病”らしい……。

 自分の眼も機械の眼も早く良くなってほしい。今後はよく労りながら大切に使いたい。(2018.7.20修理完了!)


2018.7.7(土) 1074 本当の味方 

【日録】朝に聞いた言葉が胸を打った。

「褒めてくれる人を敵と思いなさい。教えてくれる人、注意してくれる人を味方と思いなさい。」

 先日亡くなった落語家の桂歌丸さんの言葉だという。師匠からこう言われて苦しい時期を乗り切ったのだそうだ。
 今の自分は困難な状況に置かれていると思っている。自分自身の力不足なのは間違いないが、逆境に陥っていると思う。半ばやる気を失い、それでも表面上は大丈夫なように振る舞おうとし、また失敗し、注意を受ける、ということを繰り返している。あまりの不調ぶりに自分でも「おかしい」と思う。
 この年齢になると、注意してくれる人は少なくなってくる。それでも少しはいる。歳を取ってからの注意はかなり堪える。頭から離れなくなるほど辛いときもある。
 そんな状況だから、歌丸さんの言葉を聞いて救われたと思ったのだ。褒められてばかりでは成長しない。悪意を持って利用しようとする人もいる。しかしわざわざ嫌な気持ちになってまで注意してくれる人に、その相手をやっつける意図はない筈だ。その注意をどれだけ受け止め、自分のものにできるか。そこに逆境を乗り越えるための糧があると信じたい。


2018.7.3(火) 1073 かたくな かたくな 

【日録】母が今日付けで、携帯電話をスマートフォンに変えていて驚いた。頑なに変えようとしなかった母だが、その動機を自ら語ってくれた。「孫の動画が私だけ見られないから」だった。
 今年の頭まで、父も母も従来型の携帯電話だったのにとうとう二人とも、とショックを受けた。しかし、必要であれば新しいものも受け入れるという柔軟さがあることに、何だか安心した。
 風の便りで、頑なにスマートフォンに変えなかった後輩がとうとう変えたようだと知った。何だか戦友を一人失ったような気持ちに勝手になって、少し寂しかった。

 そういう私はスマートフォンに変えるつもりはないし、変えることができない。
 人付き合いは必要最小限にしているので、リアルタイムで連絡を取り合うのを半強制させられるのはあまりにも辛い。必要であればどんな方法を使ってでも連絡を取り合うものだから、無理に繋がらない方がいい。
 道具としても、機能を1台に集中させるのではなくそれぞれの道具に分散させておきたい。凝り性が災いして中途半端では駄目で、性能の高い専用機でないと満足できないのだ。
 そして何よりも、私の指は静電容量式のタッチパネルがうまく反応しないのでそもそも使えない!! 物理ボタンのない電話機だけになったら本当に困ってしまう。
 ……そんな人はごく少数なんだろうなぁ。
 でも同行人氏も同じようなことを言って、スマートフォンにしないでいる。だからこそこの人なのだろうと思う(?)。

 時代の流れを相手にせず自分の必要なものだけを選んで生きることは、無駄がなくて爽快でもあり、時々不安にもなる。
(BGM:早坂好恵『かたくなかたくな』/1990年作品)


2018.6.30(土) 1072 さようなら写植。その後 

【日録】今年はできるだけ多くの人に会いたいと、年の初めから思っていた。胸騒ぎというか、会わずにはいられないという焦りのような衝動がある。

 今日は私が一番古くからお世話になっている名古屋の元写植屋さんに会いに行った。中学生の時に見学に行き、写植機と写植オペレータという職業の恰好良さに衝撃を受けた、亮月にとっての原点だ。
 写植レポートとして1999年に第1作『写植屋さんに行こう』、2003年に第2作『さようなら写植。』を執筆した、その写植屋さんである。写植業を廃業されてからも、他のオペレータの方の多くがそうであったようにDTPに転向され、15年経った現在でも娘さんとお仕事を続けていらっしゃる。
 今回数年振りにお会いしたが、お二人とも変わらず明るく前向きで、忙しいながらも楽しく過ごしていらっしゃるようだった。こちらも本当に色々な事があり、現在進行形で大きな変化の局面を迎えつつある。それでもこうして会って話をすると、それぞれの芯になっているものはぶれていないし、その中で一緒に年を重ねることで醸されるものがあると思った。2003年の写植機を解体した晩に「歳の全然違う人と飲めるのは嬉しい。」と語っていた、社長のオペレータ仲間の方を思い出した。やっとその意味が分かるようになってきた。私は写植を媒(なかだち)にして今まで全く見ず知らずだった方達と出逢い、そして写植以外でも交流を深めることができた。その醍醐味をあの時初めて知ったから、今まで活動を続けることができたのだ。
 社長は最近になって初めてこのサイトを見てくださったようで、記事や資料の多さに驚いておられた。「PAVOあるんですか? 懐かしいですね。今度写植打ちに行かせてくださいな」と、社交辞令かもしれないけれど、これまでの活動を認めてくださったようでとても嬉しかった。

 20年近く前、足繁く会社に通って写植機を使わせてもらう“写植学生”だった。
 本通りから少し離れた小さなビルの一室、写植機が数台並んでいて、FMラジオが流れる中で印字している社長と何人かの社員さん。大抵誰かが印画紙を受け取りに来ていた。話し好きの個性的な人ばかりだった。サボりに来ていたのかもしれない。来客には必ずコーヒーを入れてくださる。社会の出来事から下世話な話まで、軽く笑い飛ばす軽妙なやり取り。そういった「大人のコミュニケーション」を見ているのが好きだった。学生が居るのは珍しかったのか、よく話しかけてくださった。会話に少し加わるだけでも、大人の一員になれたような気がして快かった。少しごちゃごちゃしているけれど、何時間でも座っていたい場所だった。
 印字に集中する時の社長の真剣な姿。写植機の軽快な採字とシャッターの音。テンキーで何かを打っている。何をしているのか、どうしたらあんなに綺麗な文字組ができるのか分からなかった。「できた!」と言って暗室に入り、しばらくすると酸っぱい匂いとともに濡れて光沢がかった印画紙が出来上がってくる。新聞広告やカタログ、交通機関のサインなど、見慣れた文字が綺麗に組まれていた。何とも言えない、心ときめく瞬間だった。お客さんのために、私には到底できないことを成し遂げる様子の一部始終を見た。これがプロフェッショナルなのだと思った。心底恰好いいと思った。
 お客さんへの納品が終わると、「○○さんも打ってみますか?」と写植機の前に座らせてもらえた。プロの仕事を見たすぐ後で印字をさせてもらえるのは気分が昂揚したし、同じ道具を使うという緊張感もあった。たった数文字だけでも、印刷物で見る書体を使って、大きな機械を操作して、文字を自分の好きなように形のあるものにすることは至福の喜びだった。分からない文字があると、一緒に文字枠のバーを握って「この辺りにあるよ」と教えてくださった。ほんの少しだけ写植機を操作できるようになり誇らしかった。

 あれから長い時間が流れた。生きた写植は当時に増して少なくなり、職業にはできなかったが、多くの方に導いていただいて今でもあの頃の気持ちを失わずにいる。社長のNさん、心から感謝しています。


2018.6.23(土) 1071 根を下ろす場所 

【日録】自分が根を下ろす場所はどこなんだろう、と思いながらずっと暮らしてきた。

「ここだったらいいな」と思える場所があった。根を下ろしたその後を、ずっと遠くまで見渡せるような場所だ。想像するだけで気持ちが穏やかになった。しかし現実的な制約は当然あり、本意ではない場所を選ぼうとしたら、心配事で頭がいっぱいになり、体調を崩した。

地鎮祭

 様々ないきさつがあり今日を迎えた。「ここだったらいい」場所で。
 今にも雨が降りそうな曇り空に強い風。それでもぎりぎりもってくれた。
 普段たいへんお世話になっている神職の方が丁寧にお祓いしてくださった。
 工務店の社長さんとともにご近所の皆さんへ挨拶に廻ると、口々に「おめでとうございます。社長さん、この人達のためにええもの作ってあげてください。」と我がことのように喜んでくださった。
 仮設の電力が必要ということで、電気工事を生業にしている親戚が早速駆けつけてくれた。
 残された椿と無花果がかわいそうだから切らずに残してほしいとお願いしたら、快く応じてくださった。
 両親もこの場所に来てくれて、お祝いにと美味しいものをご馳走してくれた。

うな丼

 自分一人だけでは何もできない。それでもこうして自分のことを思ってくれる人が大勢いる。本当に人に恵まれているんだと思った。私も誰かの力になるような人でありたい。

 お店を出ると強い雨が降ってきた。神様に思いが通じた、と思えるようなタイミングだった。


2018.6.16(土) 1070 それが大人になるということ 

【日録】先週行った隣県の山小屋喫茶店をいたく気に入ってしまい、早起きして出掛けた。田舎暮らしゆえ住まいの近くに喫茶店はなく、「モーニング」というものは生まれて初めてだった。

某山小屋喫茶店のモーニング
Nikon D800・AF-Sニッコール 35mm f/1.4G(以下同じ

 テラス席には少しだけ冷たい乾いた風が吹き抜け、高原の朝のようだった。
 せっかく隣県にまで足を伸ばしたのだからと、行ったこともないような場所へ行ってみた。

国営木曽三川公園

 江南市にある国営公園。広い広い芝生を取り囲むようにして季節の花を楽しむことができる。が、携帯電話を手にして猫背になりながら歩き廻る人がとても多かった。画面の外にしかいない私には不気味だった。

くすんだ色の紫陽花

深みのある色の紫陽花

 くすんだような、深みのあるような色味の紫陽花達に惹かれる。子供の頃は赤紫か水色ぐらいしか分からなかった。それが大人になるということなのだろうか。

フラワーパーク江南のハートマーク

 展望台にいる人のために描いたんだと思うと、何だか微笑ましい。

 私の車はマニュアル車。今日だけで何キロ運転したか分からないほどだったけれど、知らない場所を運転するのはとても楽しくて疲れなかった。帰り道、同行人氏はうつらうつらとしていたが、安全運転の証と思いたい。この車でも随分穏やかな運転になったと我ながら思う。


2018.6.9(土) 1069 フルーツ詩集 

【日録】梅雨入りの貴重な晴れ間、少しだけ足を伸ばしてみた。

 名古屋市守山区の「東谷山フルーツパーク」。子供の頃にここへ連れて行ってもらえると分かった時、とてもわくわくした。県境の川谷を抜ける有料道路だった愛岐道路を走る特別感、そして「名古屋市」の標識を見るととても気分が昂(たかぶ)ったことを覚えている。今でもフルーツパークと聞くと少し特別な思いを抱く。

東谷山フルーツパーク
Nikon D800・AF-S ニッコール 24-120mm f/4G ED VR・絞りf/4開放〜f/5.6・AE(以下同じ)

 梅園には梅の実が沢山落ちていた。園全体に花の時期が終わり閑散としていたが、人が少ない方が自分のペースで歩けて好きだったりする。

東谷山フルーツパーク

 東谷山フルーツパーク

 世界の熱帯果樹温室には甘い匂いが漂っていた。親切なボランティアさんが熱帯の果物について詳しく説明してくださり、植物達が何者かを知らないまま何となく見ているだけよりずっと愛着が湧いた。そしてお腹が空いた。

東谷山フルーツパーク

 昼食はフルーツカレーとフルーツサラダのセット、さらにフルーツ盛り合わせ。どことなく懐かしい、私達が子供の頃大好きだった、昭和の果物の風味。

東谷山フルーツパーク

東谷山フルーツパーク

東谷山フルーツパーク

 園の端を廻れる遊歩道には沢山の紫陽花が咲いていた。でも誰も来ない。もっと評価されていいと思うけど、今のまま静かに独り占めできる方がいいかもしれない。

東谷山フルーツパーク

東谷山フルーツパーク

東谷山フルーツパーク

東谷山フルーツパーク

東谷山フルーツパーク

 梅が青く実る時期、華やかではなくとも命を育んでいる姿を心ゆくまで見られた。

 日差しの強い中歩き廻ったので、少し離れた街にある山小屋風の喫茶店へ。迷わずデッキの席を選んだ。お客さんは親世代と思われる人達が殆どで、程良く静かで落ち着いている。行列のできる店や同世代以下の人の多い店にはあまり行かない。いつもこういうお店を本能的に選んでしまう。ケーキセットには、偶然にも果物が沢山ついてきた。

 少しずつ涼しくなっていく西の風。
 何も考えず、その場の光と空気を感じているだけでいい。今年に入った辺りから、休日も打ち合わせが多く心から休まることが少なくなっていた。心の底から休まったのはいつ振りだろうか。しばらく風に身を委ねていると、同行人氏は夢と現を行き来していた。
 果物とともに自分達だけの穏やかな時間を過ごせた一日。快い疲れが少しずつ眠りの世界へ連れて行ってくれそうだ。

 今日のお供として Nikon D800 と、あまり使ってこなかった AF-S 24-120mm f/4G ED VR を連れ出した。
 友人が新しいカメラを買い、その立体感と深みに感動した反面、D800 の油絵のようで平坦な絵作り(かつてこれでいいと思って設定したもので、このカメラの傾向ではない)は何とかならないものかとあれこれ設定を模索していた。
 今回新しい設定(スタンダード、コントラスト−1、アクティブD-ライディングオート)で撮ってみたら、すっきりとした透明感と立体感のある写真が撮れたと思った。今までの設定は色味を肉眼の印象に近付け、なるべく暗部も階調を出そうとした、コントラストと彩度をかなり抑えた設定(スタンダード、コントラスト−2、彩度−1、アクティブD-ライティングより強め)だったのだ。写真にはコントラストと彩度もある程度は必要だと分かった。
 24-120mm は手ぶれ補正機構が不調なのか、シャッター半押し時にファインダー像がカツンと大きく揺れるだけで補正が効いていないようだ。世の中の評判と異なりこの個体は絞り開放でもキレキレで写りは気に入っている。しかし普段は35mmの単焦点レンズばかり使って、しまいっぱなしにしていたからへそを曲げたのかもしれない。修理に出さなければ。
(BGM:大場久美子『フルーツ詩集』/1979年作品)


2018.5.31(木) 1068 聞こえてくる 

【日録】残り時間が決まった。きっと今の毎日は戻ってこない。今まではここへ積極的に残してこなかったけれど、大切な毎日であることには変わらない。だから今のうちに残しておきたいと思った。

 食器洗いを済ませてからの約1時間、机で作業をしながらPCMレコーダーとヘッドフォンで音楽を聴くというのが毎晩の楽しみだ。やはり落ち着いて作業をするには生演奏で牧歌的な歌謡曲がいい。最近は「ザ・リリーズ」の初めから4枚のアルバムを行ったり来たりしている。ヘッドフォンの隙間からは湯船の音が聞こえる。雑音の筈が、たまに聞こえてくると何となく安心する。残り時間を気にしながらも没頭していると、そのうちドライヤーの音と、その中からかすかに鼻歌が聞こえてくる。来し方を振り返り、何度でも納得するのである。……ああ、今日も終わっていくんだ。でも少し昨日よりも進んだ。この積み重ね方にも随分慣れた。かつては日を跨いでも作業を続け、翌朝重い頭のまま出掛けるような毎日だったというのに。実働時間は短くなってしまったけれど、時間の使い方は上手になったと自分でも思う。毎日1時間を好きに使えることは、とても有難い。こうして何とか亮月は生き長らえることができたのだ。
「お風呂どうぞ」
(BGM:ザ・リリーズ『春風の中でつかまえて』/アルバム『思春期』/1978年/太田裕美作曲)


2018.5.28(月) 1067 人生の半分は、亮月でできている 

 亮月製作所のサイトは2018年5月26日で19周年を迎えました。
 開設した時はまだ10代でした。当時の自分は、この歳になってもまだ活動を続けているとは思っていなかったと思います。まだ充分に若く、19年後の自分を想像することは全くできませんでした。写植は好きでした。でもこれを活動の主軸にし、全国の方達と関わりながらかけがえのないものを積み上げていくような存在になるとは思っていませんでした。そして……

 私の人生の半分は桂光亮月なんですね。

 生まれてから亮月以前と、亮月を名乗り写植の活動を始めてからの長さが同じ19年間です。長い長い道のりを歩いてきたんだと自分でも思います。
 世の中の時間の流れの速さと、身の周りに起こる様々な出来事に翻弄され、あるいは頑なに流されず、今もこうして活動を続けていられることは、本当に有難いことだと思います。よく無事に、楽しく、人に恵まれ、辛いことを乗り越えて、続けてこられたと思います。19年間の毎日の積み重ねに綻びがあったら今はありません。
 今後の展望は、サイトを始めた頃の私がそうであったように、やはりよく見通せません。しかし、写植を追究するというベクトルがより強まったということだけは分かります。より深く、より濃く、しかしマイペースに活動していくのだろうと思います。いや「思っていました」。

 ……あと9ヶ月ほどで、活動を休止することになるかもしれません。タイムリミットが到来した後、どうなるのかは私にも分かりません。これまでと同じように「だより」や記事が紡がれていくのか、ある日を最後に止まってしまうのか、減速しつつも復帰するのか、全く分かりません。病や余命宣告、仕事の高負荷、国家試験など非亮月での新たな挑戦ではありませんので、ご心配なさらないでください。
 私はこの「だより」上で、日常の愛おしさ、日々を丁寧に生きることの大切さ、意志を持って選択することの尊さと残酷さ、そして人生の短さを明に暗に繰り返し訴え、自分に言い聞かせてきました。残り時間内では表現しきれないかもしれません。その成果はサイト上に現れないかもしれません。しかし画面の向こう側には、確かに生身の人間がいて、毎日を生きているのです。
 少なくとも「その日」までは、桂光亮月でありたいと思います。何とか桂光亮月がその先に辿り着いたならば、一緒に亮月製作所の20周年を祝ってやってください。(※2018.5.30 表現を一部修正しました。)


2018.5.13(日) 1066 キープ・コンセプトの難しさ 

【日録】果てしなく続く名曲発掘の旅。
 昔の歌謡曲ばかり聴いていると、最近の音楽を聴きたくなってきます。

さよならポニーテールCD

さよならポニーテール」という女性ヴォーカルのユニットがここ2年ほど気になっていて、それでも何故か購入することはなく、ようやくCDを買い揃え始めました。ひとまずはアルバムを古い方から『モミュの木の向こう側』『魔法のメロディ』『なんだかキミが恋しくて』『青春ファンタジア』とシングルの『新世界交響楽』(2011〜2014年作品)を。
 1枚目のアルバム『モミュの木の向こう側』は、くぐもったヴォーカルと湿り気のあるメロディー、ゆったりとしたリズム、別れを主軸とした歌詞で、ユニット名やCDジャケットの可愛らしさとは裏腹のくすんだ色味を感じました。もう少し明るいものを想像していたので初めは違和感があってあまり耳に入ってきませんでしたが、メロディーはコード感が強く叙情的で、ほぼ生楽器に占められた演奏も非常に丁寧なので、段々とその甘酸っぱくも切ない世界に惹き込まれていきました。その繊細さは良質なオーディオでじっくり聴き込んでしまうほどで、レベルオーバーで音割れが発生するなどミキシングがやや雑なのが残念ですが、それを差し引いても素晴らしい一枚です。最近のポップスの主流に背を向けた硬派な作品だと思います。『ねぇ、ずっと好きでいてもいいかい?』では聴きながら涙が出そうになりました。

さよならポニーテール『モミュの木の向こう側』

 しかしアルバムが進むにつれて楽曲の雰囲気が明るくというかポップというか、近未来的かつアニソン的になっていき、『青春ファンタジア』ではその方向性が圧倒していました。アニメ声のヴォーカル、シンセサイザーのキラキラした音色、生演奏主体から打ち込み主体への変化……など、まるで違うユニットの作品のようになっていました。以降のアルバムを購入するかどうか悩みます。
 いや、音楽として悪くはないんです。決して悪くはないんですが、『モミュの木〜』で感じた独自性が少なくなって、他にこういう音楽あるなぁという印象を受けたのです。このユニットを聴く意義が薄らいでしまった。デビューから最後までコンセプトを維持することは難しいことではありますが、根幹となる部分は変えないでほしかった……。
 商業音楽である以上、より売れるための方向性を追求することは必要ではありますが、それによって元々の持ち味が薄れ、多数派の為のありふれたものになってしまうのは、音楽の多様性のためにも、聴き手のためにも幸福な結末ではないと思うのです(何度かここで取り上げた吉澤嘉代子さんも牙を抜かれた猛獣のように大人しくなっていった。乙女をこじらせたような世界観が好きだったのに)。しかしそう思うのは私が少数派の中にいるからなのでしょう。残念ではありますが甘んじるしかありません。


2018.5.4(金祝) 1065 思い出に「する」 

【日録】所属している写真サークルで名古屋市内の某公園へ撮影に行ってきました。
 朝晩は冷え込むものの、日中は半袖で居られるようなちょうど良い気候でした。

名古屋市某公園
Nikon D800・AiAFマイクロニッコール60mm F2.8D・ISO 100・絞りF2.8〜5.6・AE(以下同じ)

名古屋市某公園

名古屋市某公園

名古屋市某公園

名古屋市某公園

名古屋市某公園

 今日はフィルムでも撮りました。

名古屋市某公園
Nikon NewFM2・フジカラースペリアプレミアム400・AiAFニッコール35mm F2D・マニュアル露出(以下同じ)

名古屋市某公園

名古屋市某公園

名古屋市某公園

 フィルムでは主に人物を撮りましたが、やはりデジタルカメラよりも「時間の流れ」を強く意識させるものがあります。見た目と異なる色彩の出方もそうですが、枚数に限りがあり、写真にするにもお金がかかるので一枚一枚に思いを込めて大切に撮ります。そして昨日写したものであっても、その瞬間がフィルムに感光し、自分の手元から切り離され、時間をかけて写真という「物」になったことで、既に今とは異なる時間のもの、つまり「思い出」になっているのだということを五感で感じることができるからです。
 だからこそ、今日はフィルムで撮りたかった。

 写真サークルの皆さん、楽しい時間をありがとうございました!


2018.4.30(月振) 1064 「けなるい」は言わんて! 

【日録】NHK連続テレビ小説『半分、青い。』17〜18話に見たことがある風景が映っているのではないかと思い、現地に行ってきました。

 瑞浪市の万尺公園前です。17・18話冒頭、鈴愛はここでバスを待っていました。

 落ちたカセットテープを拾って追いかけようとした場面。

瑞浪市万尺公園前

 そのすぐ後、鈴愛が自転車を追いかける場面で見えた、横断歩道に高圧線の鉄塔、川の対岸に公園の並木が見える……というところでピンと来ました。

 カメラが切り替わって、鈴愛「あなた、ちょっと、これ落としました!」の位置です。

 小林少年が18話で「おーい! カセットテープ拾ってくれた人!」と呼びかける場面の後、二人が再会して話した位置。

 見掛けた同好の士は一組だけ。現地は何でもない住宅地の片隅ですが、確かにここで撮影されたのだと思うと、分かる人だけの為の特別な宝物のように思えました。

 ところで作中に出てくる「岐阜ことば」が所々変で、話の内容よりも気になってしまい、集中するのが大変です。

・東濃の名物名所が五平餅ぐらいしか出てこんくて、この作品の舞台が東濃でなけなかん(なければならない)必然性が伝わってこん
・岩村がロケ地やのに東濃東部の言葉やない
・子役のイントネーションが関西弁っぽいで直しといてほしかった
・東濃では「いい」やなくて「ええ」と言う方がおおよ(多いよ)
・「居る」は「いる」やなくて「おる」
・念押しの「な」(「綺麗やな」など)が多くて関西っぽかった。「な」はあまり言わん。大体「ね」で、場合とか込める感情によって、「に」「て」とか色々変わるに!
・同意を求める「○○やろ?」は岐阜弁なので違和感がすごーある。東濃では「○○やらー?」、東濃でも東部で動詞に付く場合は「○○らー?」って言う
・形容詞の語尾は完全に伸ばさなかん(あつー、さむー)
・「きみか先生」のアクセントは「か」やなくて「き」やよ(名前の語尾が上がるのは東京弁?)
・東濃独特の方言はよーけあるのに、なんでか字幕付きで出てきたのは「けなるい」(羨ましい)だけやった。「けなるい」は1971年生まれの人から聞いたことなーて! 私も知ってはおるけど一度も使ったことがない。なんでこの言葉を選んだんやろー?
・字幕付けて解説するんやったら、もっと日常的に使っとる言葉にしなかんて。「えらー」(疲れた)「たるー」(残念だ)「かんかなー」(しょうがない)「たーけらしー」(馬鹿みたい)「とろくさー」(しょうもない)「ごーがわく(ごがわく)」(腹が立つ)「どったなー」(大したことはない)「○○(動詞)+っからかす」(しまくる)「○○(動詞)+やあす」(敬語)「○○(動詞)+まあ」(○○しましょう)「しよーる」(しつつある)「○○げな」(○○らしい)「だちゃかん」(駄目)「えか!」(いいですか、子供を言い聞かせる時の念押し)「ばっかな」(驚きの言葉) ……などなど。特に年配の人の台詞に多用してほしかった。うちのおばあちゃんが話しとった感じとは全然違っとって、懐かしい感じがしんかった。
→多治見弁の部屋 東濃弁全体をまとめたものではありませんが、大いに参考になると思います。)

 まあ、これだけ言いたいことがあるということは、地元への愛着の裏返しでもある訳で。話も大きく動き始めたので、今後も楽しみに見てみたいと思います。


2018.4.15(日) 1063 半分、青空の日曜日。 

【日録】雨降りの日曜日。少し遠出をして買い物。昼食を済ませると晴れてきたので、急遽、NHK連続テレビ小説『半分、青い。』の舞台になっている恵那市岩村町へ行ってきました。

 岩村振興事務所に車を止め、商店街に入りました。
 が、番組のような賑やかな飾り付けはなく、観光客も取り立てて多くはありません。普段通りの岩村です。と思っていたら。

恵那市岩村町 土佐屋
Canon PowerShot N(以下同じ)※画像によりプログラムAE・トイカメラモード併用

 藍染めの商家だった「土佐屋」の2階軒下にポスターが!

恵那市岩村町

 岩村では、まだ桜が何とか花を保ってくれていました。

恵那市岩村町 半分、青い。展

 近くの「勝川家」では番組展を開催中。登場人物のスタンドポップ(?)が置いてあり、我々も一緒に記念撮影しました。建物の奥には巨大なメインヴィジュアルが掲示してあったので、こちらでも記念撮影を。しかし浮かれ過ぎてそれ単独では撮ってないという(笑)。

恵那市岩村町(ふくろう商店街)

「案外ロケ地色は少ないんやなぁ」と思いながら商店街を西に進んでいくと、見覚えのある風景が。「ふくろう商店街」は下町桝形の西側でした。商店街の飾り付けは作中ほどではないものの、それと分かるように残してあって雰囲気を味わえました。殆どのお店がほぼそのまま(看板や什器を変えるなどはして)番組中に登場します。撮影に使われた建物にはロケ中の写真が貼られていて、現実の風景と見比べることができました。

ふくろう商店街の写真

 休憩所に掲げてあった「ふくろう商店街」の写真。実際の風景よりも広くて、大きくて、鮮やかで、賑やか。それでも「確かにこの場所で撮ったんや!」と感慨深かったです。

恵那市岩村町(ふくろう商店街)

 撮影に使われた建物には、手作りのふくろうが提げられています。

恵那市岩村町(ふくろう商店街)あしざわや

 店名も作中にそのまま登場する「あしざわや」さん。店頭に『半分、青い。』マグカップ(お菓子付き500円)があり、記念に購入しました。
 店主のおばさんが話しかけてくださいました。「ほんでよぉ」(それでね)「するらー?」(するでしょ?)「食べりぃ」(食べなさい)などなど、番組では使われていない本来の東濃東部の言葉でした。おばさん、親切にありがとうございました。

恵那市岩村町 カステラcafeカメヤ

 ロケ地巡りをたっぷり楽しみ、近くの「カステラ cafe カメヤ」でひと休み。

恵那市岩村町 カステラcafeカメヤ

 座敷には真っ赤なお膳が据えられていて、美しい器に入った珈琲とカステラ、乾燥いちじくと小さなこんぺいとうを頂きました。

 帰り道の青空に包まれた国道257号の爽やかさ。夕日を追いかけながら走る国道19号。岩村まで足を伸ばして本当によかったです。

半分、青い。マグカップとガイドブック

 本日の戦利品。恵那の書店でガイドブックも買ってしまいました。

半分、青い。マグカップ

 マグカップにはうさぎの形をした可愛いチョコレートと桜の落雁、米菓子が入っていました。 「あしざわや」のおばさんの心遣いです。

 番組が始まった今でも、普段とあまり変わらなかった岩村。変に色が付いたりせず、元々持っていた魅力を保っていたのが嬉しかったです。


2018.3.31(土) 1062 春爛漫の渥美旅 

【日録】3月最後の土曜日、渥美半島まで行ってきました。
 田原市の公園「サンテパルクたはら」で催されているチューリップフェアと、同市赤羽根町の「渥美半島菜の花まつり」です。

Nikon NewFM2・富士フイルムスペリアプレミアム400・Ai ニッコール 35mm F2S(○印)/Ai ズームニッコール 80〜200mm F4.5(●印)・マニュアル露出

サンテパルクたはらのチューリップ

サンテパルクたはら

サンテパルクたはらのチューリップ

サンテパルクたはらのチューリップ

サンテパルクたはらのチューリップ

渥美半島菜の花まつり

渥美半島菜の花まつり

渥美半島菜の花まつり

 この冬から春先は寒さがかなり厳しく、また所用も多くなかなか出掛けられませんでしたが、ようやく春を満喫できました。


2018.3.24(土) 1061 最近見掛けた写植書体 

 たいへんご無沙汰しておりました。
 亮月/非亮月問わず多くの案件を進めているため、ここへの書き込みが疎かになってしまいました。

 4月からの NHK 連続テレビ小説『半分、青い。』の舞台が、私が住む岐阜県の東濃(とうのう)地方ということで嬉しく思っています。こちら地元での盛り上がりは今ひとつですが、どの場所が画面に登場するのか、癖が強い東濃弁は再現できるのか(しかも東濃西部と東濃東部ではやや異なる)、1970年代から現代までの時代の雰囲気を描けるのかなど、とても楽しみにしております。
 本作は『東美濃市』という架空の都市が舞台になっていますが、地元の人間がこちらの地方のことを「東美濃」と呼ぶことはありません。農協のいち本店や中津川市のふれあいセンターの名前という認識です。
 それはそうと、亮月がどんな所に住んでいるのかと思いを馳せて頂けたらと思います(そんな人はおらんか)。

【写真植字】2017年からこれまでに見掛けた写植書体を記録しておきます。

 まずは地元スーパーのだしの素の袋です。マルトモの OEM でした。

マルトモかつお風味だしの素

 これは最近使われ始めたのではないと思いますが、ようやく採取できました。

マルトモかつお風味だしの素のツデイ

 なんとモリサワの「ツデイ」でした。ネオが付かない正真正銘の写植書体です。デザインを変える必要がないこのような用途の場合、写植書体が生き残っていることがあります。

 次はテレビコマーシャルです。写研書体がたっぷり登場して驚きました。

BINGO5 CM

 宝くじ「BINGO5」のコマーシャルです。2017年春頃に発見し、2018年3月現在もシリーズで放映されています。

BINGO5 CM

「♪ビンゴ〜、ビンゴビンゴ」とCMソングが始まる辺りで石井太ゴシック体のメインコピーが現れました。

BINGO5 CM

 ロゴにも、下の説明コピーにも。

BINGO5 CM

 最後は「新聞特太ゴシック体」で締め括りました。15秒間にこれだけ写研書体が使われたテレビコマーシャルを見たのは2000年代初頭以来かもしれません。

 次の使用例もとても驚きました。

宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たちロゴ

宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』(2017年2月公開)のロゴです。他書体(DFP中太丸ゴシック体など)と見間違えたのではないかと思いましたが、ナールDでした! アニメ映画の新作ロゴに使われるなんて、感涙です。
 本作は1978年に公開された『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』をリメイクしたものということで、おそらくそのロゴのイメージを尊重したのでしょう。

さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち ロゴ
『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』ロゴ

 この使用例は、かつて使われた書体を意志を持って選び、作品のイメージ維持を達成した好例で、拍手を送りたいです。写研書体だからということではなく、表現したい印象のために特定の書体を選ぶのが本来の姿であり書体の役割だと思うからです。
 ドラマなどでは書体の時代考証は全くと行っていいほどされておらず、その時代に存在しない書体が使われてしまっているのが現状です。昔のものや印刷物を再現したとき、静かに違和感を訴えかけてくるのが書体なのです。せめてできるだけ近い書体を使ってもらいたいものです。

 最後は、本当に写研書体なのか疑問なのですが……。

『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』ゲイリー・オールドマン インタビュー映像より

 映画『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』の、ゲイリー・オールドマンのインタビュー映像(→YouTube)です。テレビで放映された時、ナールDが字幕に使われているように見えてとても驚きました。

『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』ゲイリー・オールドマン インタビュー映像

 全体としてはナールDそのものだと言いたいところですが、「て」「で」「ー」がナールDのそれではなく、寄り引きがおかしい文字もあります。映像の冒頭ではヒラギノ角ゴシック体と併用されていました。他社の酷似したデジタルフォントか、ナールDのアウトラインデータをフォント化したものでしょう。
 とはいえぱっと見た感じはナールなので、この映像を見る度にドキッとしてしまいます。心臓に悪いです(笑)。


2018.1.12(金) 1060 デジタルデンスケがやってきた! 

【日録】ソニーのリニアPCMレコーダー「PCM-D100」を購入しました。

PCM-D100とPCM-M10、TC-D5M
PCM-D100(右下)とPCM-M10(左下)、TC-D5M(奥)
TC-D5Mはカセットデンスケの最終形。中古で購入した。金属製の黒い本体は少しもすれがなく、いつでもひんやりと冷たい。角の白っぽい傷が歴戦を物語る。製造から30年は経過しているだろうに、今でも動作は確実で、滑らかかつ鮮明に録音してくれる。

 ポータブル録音機は子供の頃から好きで、カセットテープ(3台)、MD(1台)、Hi-MD(2台)、リニアPCM(1台)と規格が変わる度に導入してきました(→過去の導入履歴は2011.7.18の記事参照)。今回は2台目のリニアPCMレコーダーです。型番に「D」が冠された“デンスケ”モデルを、録音歴25年にして初めて新品で手に入れました!

 これまでは「PCM-M10」という機種を使ってきました。Hi-MD のディスク生産終了を受けて、代替として導入しました。メインは練習や合奏などの長時間録音・たまに友人のライヴやカセットテープ等のデジタル化などでリニアPCM録音をするためです。当時M10より高性能な「PCM-D50」も発売されていましたが、録音形式はWAVのみでMP3には対応しておらず、録音媒体がメモリースティック PRO-HG Duoのみということで、気軽な用途には大袈裟すぎ、将来性が心配ということで見送っていました。

TC-D5M、PCM-D100、PCM-M10大きさ比較
(左から)TC-D5M、PCM-D100、PCM-M10大きさ比較
D5MはB5に近いサイズ。今の感覚ではかなり大きく、D100の小ささが分かる。M10はiPodサイズ。D100をM10と比べると、本体もマイクも大きくがっしりしていて、重使用に耐えるデンスケモデルなんだなぁと思う。

 PCM-D100 の存在や高性能ぶりは2013年の発表当時から知っていましたが、かなり高価であることと、M10を既に持っていることから見て見ぬふり(我慢)をしていました。今回購入に踏み切ったきっかけは9ヶ月間集中して取り組んだ事案の無事成功の記念だったのですが、それ迄も自作CD作成や市販の音楽作品のダウンロード販売の隆盛などを通して、本機が気になり続けてはいました。私にとっては下記の長所が購入の決め手でした。

・録音再生音質が非常に良い
 私は賑やかな場所で会話を聴き分けることがとても苦手で、雑踏や電車の中、大勢がいる場所での会話などでは押し黙ってしまいます。電話もかなり集中しないと言葉を聴き取れず、電話中に横から話しかけられても何を言っているのかが分かりません。誰からかかってきたのかもあまり判りません。そういう耳のため、再生状態が悪い音楽は曖昧な部分を聴き取ろうとして疲れてしまうので、できるだけ鮮明に聴こえるようにしておく必要があり、自分が納得いく限りで高性能な機種(レコーダー・プレイヤー・ヘッドフォン)を揃えてきました。
 元々音楽の整理のために中古のiPodを検討していたのですが、記憶容量の割に価格が高く(しかも増設・交換不可!)、折角なら最高の音質で聴きたい(結局本機を買うことになる)という思いもあり、本機にとても心惹かれました。
 また、今後音楽の販売がデータ配信のみになってしまったとしても、本機で高音質に聴けるのではないかと考えました(パソコンやスマートフォンに入れてじっくり鑑賞しようという考えは元々ない)。将来を見越して導入しておこうということです。

・媒体の汎用性が高い
 ようやく普通のSDカードに対応してくれました。M10はマイクロSDHCで機種側の上限は16GB、D50のメモリースティック PRO-HG Duoでは媒体の最大容量が32GBしかなく、リニアPCM録音ではすぐに一杯になってしまうので、大容量かつどこでも購入できるSDカードを使用できるのもとても好印象でした。私は256GBのものを用意したので、自分の使い方では何年分かを録音できると思います。

・SBM(スーパービットマッピング)が可能
 SBMは大雑把に言って画像処理でいうディザのような、聴感上のダイナミックレンジ(信号の最小値と最大値の比で、階調の幅)を拡大する高音質化技術です(→ソニー公式の解説はこのぐらいしかない。波形の概略はこのページの最後にある)。私の場合、汎用性が一番高いと思われる CD-DA で音声を保存しているので、16bit/44.1kHz のフォーマットかつできるだけ音質が良い状態で残しておきたいとずっと思っていたのです。SBMはD50にも搭載されているのですが、先述の理由で見送っていました。
 SBMは高校生時代にDAT録音機のカタログで初めて知って以来憧れ続け、市販のCDでSBM録音されたものを聴いてその効果を味わっていました。SBM録音されたCDは低中域はより滑らかでノイズが少なく鮮明になる印象で、高域は音色が変わって若干ざらつく感じ(ハイハットがシャンシャン、シャラシャラ鳴る)ですが、生楽器の演奏や女性ヴォーカルをよく聴く身としてはより実物に近いと感じます。

PCM-D100のウィンドジャマー
マイクにウィンドジャマーを装着した状態。微風でも録音してしまうので、付けっぱなしにしている。マイクの大きさに比べてかなりふさふさで、家人は「モコちゃん」と呼んでいる(笑)。

 実際に内蔵マイクで録音してみましたが、これまで使ってきたどの録音機材よりも鮮明で、自分の耳で聞いている音に近く、M10のような低音不足感や音の遠さもありませんでした。つまり低音から高音まで色付けなく平等に収録できているような、私好みの音でした。
 再生もおそろしく鮮明で、録音されているデータをどんなに細かく小さくても残さず忠実に音として描き出しているような、ごまかしのない音だと感じました。高性能な録音機だからこそ、録音した音をチェックするため忠実に再生する必要があり、そのような音が出るのは必然なのだと納得しました。再生機器としてその音色を一番信頼できるかもしれません。
 手持ちの機器で一番忠実だと思ってきたCDプレイヤー「CDP-XA30ES」(1997年製)も十分高音質だと思い満足していました。そちらも高解像度で艶やかなのですが、音楽として上手に聴かせるような音作りだったことが判りました。
 CDP-XA30ES と本機では音づくりの方向性が全く違うとはいえ十数年間の発売時期の隔たりはやはり大きく、PCM-D100 では今まで聞こえなかった音が本機では聞こえてきます。きちんと録音されたものはその場で演奏して音を出しているような鮮明さで、「こんなに小さな音でリズムやコード感を盛り立てていたのか」「この気持ちがいいフレーズはこうやって演奏しているのか」と新たな発見や感動がありました。反対に録音状態や演奏ミスもどこが悪いかを遠慮なしに再生し、生録音ではマニュアル録音かAGC録音かを明らかに区別でき、古い曲ではマスターテープのヒスノイズやリバーブの途切れ、FMからの録音では「サーッ」という雑音が演奏から浮いて聴こえ、MP3ではどこをごまかして圧縮しているかが判るほどでした。

TC-D5MのVUメーター

 けれども、操作を全て自分の手で行え、機械が確実に動いているのを目で見ることができるカセットデンスケもいい……。ぼんやりと光り、緩やかに動くVUメーターにうっとりとしてしまいました。いくら技術が進歩しても、人間の感覚に直接訴えかけるものに敵うものはありません。


2018.1.10(水) 1059 音楽でつづる2017年 

【日録】果てしなく続く名曲発掘の旅。
 2017年に出逢った音楽の中で、気に入ったものを記しておきます。

羊毛とおはな(2007〜2014年作品、ほぼ全てのアルバムを購入)
 出掛けた先の店頭でかかっていた穏やかで心が温まるような音楽。誰の何という曲か分からず、勇気を出して若い女性の店員さんに訊いたところ、『LIVE IN LIVING ’09』のCDジャケットを出してくださった。にわかにほんわかとした空気に包まれた管理人。存在や作風は9年前から知っていたものの(→2008.12.16の記事参照)何故かCDは購入したことがなく、満を持して巡り逢ったのだった。できればご存命の時に生でお聴きしたかった。

・夏木マリ『夏木マリIV』(1974年作品)
 2016年の夏、旅行先で借りた車を運転中にラジオで聴いた『夏のせいかしら』を忘れられず、その当時の楽曲が網羅されているこのアルバムを発掘。他の曲もパワフルで熱く、そして気怠く色っぽい。血がたぎるようで、聴いていて気持ちがいい。ジャケットのインパクトが強く、それに恥じぬ名盤だと思うのに中古でしか出回っていないのが残念。

・坂本スミ子 ゴールデン☆ベスト(1971〜1972年作品)
 元々『夜が明けて』のフォルクローレのような感じが、故郷に帰るような印象で好きだったので、筒美京平作品が多いということもあり購入。中でも『浮雲』『女と言う名の汽車』がすばらしい。当時のアイドル歌謡曲もどこまでも透明感があって好きだけれど、当時の大人向けのこういった音楽は本当にお洒落で酔いしれてしまう。
 年齢だけは相応しくなった今、同時代的に聴き込める大人の音楽が少ないのは本当に残念。未だに打ち込みのダンス音楽と山へ捨てられるようなCDがチャートを支配しているなんて。音楽的に新しい試みがされた、独創的な歌詞とメロディーの曲が聴きたい! 最近興味を惹いたのは椎名林檎+トータス松本『目抜き通り』(→YouTube)ぐらいか。

Chay『ハートクチュール』(2015年作品)『chayTEA』(2017年作品)
 元々メロディー重視の作風が気になっていたので、今の音楽を聴いてみたいと思ったタイミングで購入。歌詞は若い女性の心境なのに、編曲は松田聖子風あり、尾崎紀世彦『また逢う日まで』(ほぼそのままでイントロの引用も!)ありで非常に濃厚。しかし歌謡曲の後追いに終わるのではでなく、作風も多彩で新しさがあるところもいい。デビューアルバムの『ハートクチュール』は制作費が少なかったのか打ち込みによる楽器の再現が多かったのが、『ChayTEA』は生演奏が増えて聴き応え増大。

日向美ビタースイーツ♪(2013〜2017年作品)
 友人の熱いお薦めで私の耳にも入ってきた。
 アニメやゲームの音楽を聴き込むのは3年振り。ササキトモコ氏の作品が秀逸で、言葉遊びに溢れた歌詞と、1970年代から渋谷系までを知り尽くした上で狙ったかのような作編曲に、「そうそう!」と共感してしまう。『今夜はパジャマパーティ』(→YouTube)の1980年代感が詞曲ともすばらしい! 2017年で一番脳内再生した曲かも。
 ササキ作品でないものも、『とびっきりのふわっふわ』『琥珀のくちづけ』が特に良い。好みはあるものの、音楽ゲームだけあって全体としての音楽の完成度は高いと思う。
 他のアニメやゲームのササキ作品も少し追いかけてしまった。『アイドルマスターシンデレラガールズ劇場』の2017年4月分エンディング主題歌『キラッ!満開スマイル』(→YouTube)は、1970年代アイドル歌謡曲風と思わせておいて打ち込みの音源は2000年前後の若干安っぽい音色を敢えて使い「ちょっと懐かしい」感も出しつつ(私は『おジャ魔女カーニバル!!』を思い出した)、それなのにストリングスアレンジは非常に丁寧で、サビのキメ(♪キラッ キラッ キラッ キラッ キマッタ!)は聴いたこともない斬新なフレーズで度肝を抜くという、一筋縄ではいかない曲。開き直ってここまでやってしまうとかえって新しい。

 そんな訳で、どんなに忙しくても音楽を聴くのだけはやめられませんでした。いつも未知の音楽に出逢いたいと思っています。


2018.1.8(月祝) 1058 写真でつづる2017年 

【日録】ここに書くことができなかった2017年4月から12月までの出来事を写真でお送りします。

多治見修道院の春
 2017.4.8 多治見修道院の春。

Powershot Nと桜の花びら
 2017.4.15 PowerShot N を中古で購入、早速友人と写真散歩へ。
 手の平よりも小さいのにピントも露出も外さないし画も綺麗。よくできた子だ!

國田家の芝桜
 2017.5.4 郡上市明宝、國田家の芝桜へ再び。

東京都内某所のバラ
 2017.5.13〜14 東京都内某所にて、友人知人と再会。
 お互いの状況は変われども、人そのものは変わらない。

稲沢市性海寺の紫陽花
 2017.7.2 稲沢市性海寺の紫陽花園。

写真展
 2017.8.12 所属しているサークルの写真展へ出展。

軽井沢 旧三笠ホテル
 2017.8.13〜15 偶然の出会いが多かった小布施・軽井沢・長野の旅。

岐阜城からの眺め
 2017.8.25 第二の故郷・岐阜へ。

新ゴDBの文字盤
 2017.10.31 初めて「新ゴ」の文字盤と対面。

岡山城
 2017.11.3 家族で倉敷・岡山の旅。

瑞浪90sジャンボリーフェスティバル
 2017.11.5 友人の久々のステージに胸が熱くなる(写真の人ではない)。

付知峡の紅葉
 2017.11.11 付知峡の寒さが沁みた真っ赤な紅葉。

彦根城の濡れ紅葉
 2017.11.18 彦根城の濡れ紅葉。

ガラスポット破損
 2017.12.20 家人が長年大切にしてきたガラスポット(右)を割ってしまうも、色違いの同じもの(左)を奇跡的に入手(すみませんでした)。

写真サークルカメラ引渡し
 2017.12.23 写真サークルの忘年会。オリン派多し、ニコン派は私だけ。

名古屋マリオットアソシアのクリスマス飾り
 2017.12.23 あんなに長かった一年も、こうして無事穏やかに終わる。心から感謝。


2017.12.26(火) 1057 今日の勇気は明日の希望 

【お知らせ】4月から休止していた活動ですが、本日付で復帰しました!
 復帰に当たって、「亮月写植室」の記事を多数書き下ろし、追記しましたので、ご覧いただけましたら幸いです。
 亮月だよりには9ヶ月間の空白ができてしまいましたので、徐々に記録を進めていきたいと思います。
 今後とも亮月製作所・亮月写植室をどうぞよろしくお願いいたします。

 ここからは、どういう9ヶ月間だったか、管理人の内情のお話ですので興味のある方だけお読みください……。

 今年の1月から国家資格の取得に向けて準備を進めていたのですが、無事合格し、昨日登録を受けるに至りました。
 これまでの人生の中で一番長い一年だったと思います。
 1月に思い描いた今の自分の姿は遙か遠くにあってよく見えず、「歳を取ると時間の経過が早くなる」と言われているのに反して、毎日少しずつ近付いているのかも分からないほど日々の経過が遅かったです。
 私の周りにはたまたま資格や免許の保有者がとても多く、新たに取得したという友人の報せも入ったところでした。自分にも何かできるのではないか、一生残るものを得るために頑張ろうじゃないかと奮い立ちました。
 受験を思い立った時は、国家試験の過去問を読んでみてもまるで訳が分からず、テキストだけ買って諦めるつもりでいました。過去問の点数もなかなか上がりませんでした。4月の時点では、受からない恐れが大きいと感じていました。
 しかし一度きりの人生、せっかく挑むなら必ず成功させようと思い、写植の活動ほかやりたいことを自粛して取り組むことにしたのです。来年同じことを繰り返したくないので、全力を注ぎました(「落ちても来年またやればいい」というのは時間の無駄で、自分自身の人生への冒瀆だ。未来の自分の方がもっと時間が貴重になるのだから、時間を使わせたくない)。
 毎日「試験の日まであと何日」と、なかなか減らない残り日数に苦しみながら、「いや、時間が減らないならまだまだいっぱい勉強できるじゃないか」と考え方を切り替えました。
 苦しみは大学受験の比ではなかったと思います。
 まず若さが全然違う。頭になかなか入ってくれません。これはもう何度も繰り返し問題を解き、テキストも全ページ数回丸写しして浸透させるしかありませんでした。しかも一発で合格しなければならないので、学ぶのに必要であると想定される時間(量)だけやるのではなく、その3倍の時間をかけて確実なものにすることにしました。
 そして学生のように時間が無尽蔵にある訳ではなく仕事がある訳ですから、休み時間や帰宅後などに何とか時間を捻出して細切れに確保するしかありませんでした。夜は捗らない(これも学生時代と違う)ので、起床時間を1時間前倒しして取り組みました。早起きしたら一日をかなり長く使うことができるようになりました。
 気持ちを維持するのが大変でした。その度に未来の自分の姿を思い描き、前向きな歌の歌詞を何度も思い出しました(WANIMA『やってみよう』を自分の境遇に重ねた)。何故か特撮の『科学戦隊ダイナマン』の主題歌の一節「♪今日の勇気を 明日の希望を ぼくらに教える そのために」が頭から離れず、それをもじって「今日の勇気が明日の希望」を座右の銘にして、未来の自分のために今頑張ろうと奮起しました。
 目的を達成するために必要なのは、人事を尽くすことだけなのです。誰かを羨ましく思うことでも、その人を邪魔することでも、自身の成功を祈ること(祈るだけ)でも、楽をしようとすることでもありません。地道なことの積み重ねだけです。それを自分自身にやらせるしかありません。
 それでも、何度やってもうまくいかない日々を過ごしていたのですが、学習の効果はどういう訳か徐々にではなく突然現れ、試験の2ヶ月前には「多分大丈夫」という段階に至りました。しかし凡ミスが多く失点の最大の原因だったので、自分自身が最大の敵になってしまいました。これにも悩みましたが、自分を信じないで徹底的にチェックすることで、本試験の直前に何とか克服しました。
 本試験は「周りもみんな仲間だ」と思いながら落ち着いて解くことができ、余裕を持って合格点を超えることができました。そして昨日、資格の登録に至りました。
 1年前からずっと見たかった景色が、今、目の前に広がっています。実に感慨深いです。我ながら本当によくやったと思いました。

 本当に本当に長い戦いでした。それでもこうして良い結果を携えて戻ってくることができ、1年間真剣に取り組んで本当によかったと思っています。
 折に触れて応援してくれた友人、職場の方、お知り合いの皆さんに心から感謝申し上げます。そして何よりも、この苦境を共にし、時間を犠牲にしてくれた同行人さん、ここを読んでいるかは分かりませんが、本当にありがとうございました。


亮月製作所/亮月写植室 活動停滞のお知らせ
(2017.12.26復帰しました)

2017.4.1 掲載

 どうしても集中しなければならない案件が発生したため、亮月製作所および亮月写植室の活動が停滞します。

 期間 2017年4月1日から当分の間(復帰は2017年度内を目処)

 管理人日記をはじめサイトの更新頻度は著しく下がると思います。メールの閲覧はできる限り行いますが、十分なご対応ができない場合があります。完全に活動を停止する訳ではありませんので、写植機の維持は続けますし、取材や聴講等の現地活動に関しては個別に判断したいと思います。

 たいへん申し訳ありませんが、ご理解くださいますようよろしくお願いいたします。

亮月製作所/亮月写植室 管理人 桂光亮月


2017.3.31(金) 1055 お世話になりました  

【日録】今までお世話になった職場を離れることになった。
 思いの外長く居させていただき、その間に様々なことがあった。
 ここで身に付けた知識や経験は、きっと一生の財産になると思う。
 そして、自分自身にも大きな変化があり、とても思い出深い場所になった。
 今年度最後の日である今日、たまたま私が朝礼当番として話すことになった。色々な事が思い出され、少し泣いてしまいそうになった。職場の方達に餞の言葉をかけていただいた。上司が「よく頑張ったな」と労ってくださり、堪らない気持ちになった。
 この職場が入っている建物は、数年後にはもうない。古くて雑然とし、ボロボロで建物として限界を迎えているが、愛着のある場所だった。同じ場所に戻ってくることは、恐らくもうないだろう。
 帰り際に名残惜しくなって、一枚写真を撮っていただいた。「ここに居た」という証を残しておきたいと思ったのだ。 二度とないことだと全身が反応し、何かを残さずにはいられなくなってしまう。

 人生というものは本当に短いと思う。一秒一秒がとても惜しい。
 だから、明日の、そして遠い将来の自分の為に、今の自分が頑張っておこうと思うことができるし、頑張れる。今の自分を振り返る時は、すぐにやって来てしまうのだから。
 それを体現することができ、また、思い知る場でもあった。行いが結果に現れるということは、有難いことでもあるし、残酷でもある。
 新しい場所でも良い日々を送れるよう、積み重ねていきたい。


2017.3.17(金) 1054 一夜限りの夢  

【日録】10年ほど前に遠くのある街で仕事をしていた時にお世話になっていた方が定年退職されるということで、当時の有志で送別会を開いた。
 仕事を終えてその街にある会場へ。「おっ! ○○○! 久し振りやん!」かつて呼ばれていた変なあだ名で声をかけられ、一気にあの頃へと時間が戻った。
 お互いの近況や、当時の思い出話に次々と花が咲いた。私の記憶にないような細かな出来事も詳しく覚えていらっしゃった。人が注文した弁当を知らずに食べたとか、傷つけた社用車をこっそり直したとか、昼寝を寝過ごしたとか……(私ではない)。個性が強くて面白い人達が集まり、お互いにイヤミを言いながらも分かり合って結束していたような、本当に楽しい毎日だった。
 このメンバーで飲むと、飲み過ぎて帰れなくなることが多かったのに、今回は二次会もせず解散となった。皆少しずつ歳を取っていた。そして家族が増えている人が大半だった。それでもあの頃の空気がそのままここにあるような気がした。
 帰りの電車で少しずつメンバーが減っていき、最後は自分一人になった。まるで楽しい夢から醒めていくようで、また散り散りになってしまうことがとても寂しかった。当時の自分にとっては、どのようなことにも必ず終わりがあるのだということを知る場所だった。おそらく私の行動の根底にあるのは、それを惜しむ感情なのだと思う。だから毎日を大切に、一所懸命になれるのだ。


2017.3.12(日) 1053 澄んだ青空、梅満開  

【日録】豊田市平芝梅林公園に行ってきました。

豊田市平芝梅林公園の梅
Nikon D80・AF-S ニッコール 20mm f/1.8G・絞りf/2.8・AE(以下同じ)

豊田市平芝梅林公園の梅

豊田市平芝梅林公園の梅

豊田市平芝梅林公園の梅

 天気は快晴で暖かく、絶好の花見日和でした。梅も満開でまさに見頃でした。それでも人では少なめで、人混みに気を取られることなく梅を楽しむことができました。
 今日は10年前に購入した「Nikon D80」で撮影しました。透明感があって澄んだ色の写真が撮れるので今でもよく連れ出します。カメラの性能は「D800」の方が遙かに上ですが、写真として見た時はD80で撮影したものの方が好みです。


2017.2.26(日) 1052 春はすぐそこ  

【日録】各務原市の蘇原自然公園へ行ってみると、梅が五分咲きでした。

蘇原自然公園の梅
Nikon D800・AF-S ニッコール 35mm f/1.4G・絞りf/1.4開放・AE(以下同じ)

蘇原自然公園の梅

蘇原自然公園の梅

 まだ寒さは残りますが、日差しは強くなっているのを感じます。車の窓を少し開けたくなるぐらい。しかしどうやら花粉が飛び始めているようです。何度もくしゃみをしました。

パグ犬の眼差し

 彼は何か物言いたげに、こちらにずっと眼差しを向けていました。


2017.2.19(日) 1051 打ったのに印字されてない!?  

【亮月写植室】先週、写植の自家印字に失敗してしまいました。

現像液入れ替え前の印画紙

 印字した印画紙を現像液に何分漬け込んでも文字が現れないのです。写植機が故障したのか、印画紙の表裏を間違えたのか、それとも……。
 寒くて真っ暗な現像室で15分ほど粘りましたが、文字らしい文字は確認できませんでした。それでも希望を捨てきれず、通常通りの工程で、水洗い→定着→水洗い→乾燥と進めました。

現像液入れ替え前の印画紙

 結果、うっっすらと(誤字ではない)しか文字が出ていませんでした。
 文字が一応出たということは、原因は写植機の故障でも印画紙の裏返しでもありませんでした。そうなると印画紙が古過ぎるのか、いや、現像液が疲労しきっているのか……と思い、現像液を新たに作ることにしました。
 現像液を作るのは、亮月写植室を設立してから3度目です。2年に1回の計算で、とても長いスパンのように思うかもしれませんが、個人で自家印字する程度の使用頻度ならこのぐらいなのです。
 亮月写植室で使用している現像液は富士フイルムの「パピトール」です。

パピトール袋

 近隣にはどこにも売っていないので、家電量販店の通販サイトで取り寄せました。今後入手困難になった時の備えで3袋購入。
 密閉できるポリ瓶に熱湯を入れ、A剤・B剤の粉末を順に少しずつ溶かしていき、これを所定の濃度(8倍稀釈)に薄めて出来上がり。
 早速、先週失敗した内容と同じものを印字しました。

現像液入れ替え前後の印画紙

現像液入れ替え前後の印画紙

 くっきりとした黒い文字が浮き上がりました。印画紙全体が黒っぽいのは、かぶっている(感光している)古い写植用の印画紙を使っているからです。印画紙そのものでなくデータで納品するものは、スキャンして補正後に納めるのでこうしています。それでも鮮明さやコントラストは保たれているので充分です。写植用の印画紙は製造されていないため貴重なのです。
 これまで通りに印字できるようになってほっとしました。写植に関する資材は年々手に入りにくくなっています。二度と印字できなくなったらどうしよう、とヒヤリとした一週間でした。


 




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